第88話 特訓へ向かうハシレンジャー
特訓開始の日——。
俺たちはゆっくりと揺られ、特訓場への道を進んでいた。問題は、何に揺られているかだ。
俺たちが乗っているのは、巨大でロボットのような見た目をし、フルフェイスのヘルメットを被ったもの。そう——。
「おいなんで乗りものがケイシカンマンなんだ!」
「碧ちゃうで。ハシレンジャーロボや」
「どっちでもいい! なんでこんな目立つ移動方法なんだ!?」
「いやだってバスとか車借りるよりロボの方が安いやん。無料やし」
「聞いたことないコスパ術だった! ケチるなそんなところ!」
「こら橋田! コスパは大事なんだぞ! 私だってネイルや美容院にはお金をかけるが、移動手段にはお金をかけたくないんだからな! だからいつも逆立ちなんだぞ!」
「歩いてください! なんで逆立ちなんですか!」
「俺も移動手段は逆立ちが多いぜ!」
「逆立ちコンビの片割れは黙ってろ!」
今ハシレンジャーロボを動かしているのは、紅希、黄花、鳥羽部長の3人だ。俺たちは交代でロボを動かしながら、長野県に向かっている。
ロボだから早いのは早いのだが、そもそもこれは公道を走っていいものなのだろうか……。車両として認識されているのか?
「今更文句を言っても仕方ないわよ。ハシレンジャーロボを使わなかったら、私たち今頃ラクダの背中よ」
「砂漠か! なんでラクダに乗っている前提なんだ!」
「その方が楽だからよ」
「言うと思った! くだらないダジャレのためにラクダを使うな!」
「それより碧、そろそろ交代よ。いい加減腿上げも疲れてきたわ」
「そんな走り方してるからだろう!? 普通に走れ普通に!」
「いいから交代よ。ほら代わって碧」
仕方なく俺は黄花と場所を入れ替わり、その場で足踏みを始める。前に乗った時も思ったが、このロボの中で足踏みをするのはバカみたいだな。子どもの頃見ていた特撮番組だと、歩いたり走ったりは勝手にやってくれていた気がするのだが……。現実はそうはいかないのだろうか。
「しかし……部長は疲れないんですか? ずっと走っている気がしますが」
「私は大丈夫だ! いつもランニングマシンを横目に走っているからな!」
「なんでランニングマシン使わないんですか! え、ジムでずっと足踏みしてるんですか?」
「その通りだ! ランニングマシンを使うと自分のペースで走れないだろ?」
「だとしてもですよ! なら普通に外走ってくださいよ!」
もうジムに行く意味が分からないぞ……。部長のことだから普通に鍛えているわけではないのは分かっていたが、まさかランニングマシンの横で足踏みをしているとは……。
そんな人がいたら集中して走れないだろう!? いつも一体何をしてるんだこの人は。
「おめーら元気だなー! 俺も負けてらんねー! このまま突っ走ってやるぜ!」
「お前もずっと走ってるだろう!? どこまで行く気だ!」
「みんなで力を合わせてベラルーシ辺りまで行くぜ!」
「海を渡るな! 突っ走りすぎだ!」
「おめーら、ちゃんとカスタードは持ってきたかー?」
「持ってくるとしてもパスポートだろう!? なんでカスタードが要る!?」
なんでこいつらは走りながらボケ続けられるんだ……。頭の中と体力がどうなっているのか、図解で説明して欲しいものだ。
「それよりハシレイ、今どの辺りだ?」
「もうすぐ佐渡ヶ島やな」
「おい過ぎてるじゃないか! お前ら、ストップだストップ! 引き返すぞ!」
しれっと海の上を走っていたようだが、どういう仕組みだ? それができるなら自動で進むようにもできなかったのだろうか。ハシレイの技術は意味不明だな……。
「おっしゃー! 引き返すぜ! エンジン全開だー!」
「なんでお前はそんなに元気なんだ! 今無駄に走らされていたのを分かってるのか!?」
「走るのは好きだから大丈夫だぜー! なんなら今から基地まで戻ってまたここまで来るかー?」
「頼むからやめてくれ! もうすぐ長野県に着くんだから大人しく止まれ!」
「おっ! そろそろ特訓場に着くで!」
「じゃー止まるぜ! 必殺! 早川ぶれえええええええき!!!」
「大人しく止まれと言っただろう! 何をうるさく止まってるんだ!」
とんでもない土埃を巻き上げながら、ハシレンジャーロボは動きを止める。
ロボから降りると、そこは大きなドーム。野球場のような場所だ。こんな場所いつ作ったんだハシレイは。俺たちの知らないところで色々と作ってるんだな……。
「ここがワシが作ったハシレンジャー専用特訓場、名付けて『アイリッシュパブ』や!」
「なんでだ!? その名前にした経緯を教えてもらえるか!?」
「自分らには……いやワシも含めて、ここで思考暴走を使えるようになってもらうで!」
「先に名前の由来を教えてくれ! 気になって仕方ないぞ!」
「ほな自分ら、ワシについて来るんや! 入口はちょっと段差になってるから気つけるんやで」
「名前の由来を教えろ! おい待て先々行くな! 名前は何故アイリッシュパブなんだ!」
ハシレイについてドームの中に入ると、中央に椅子が5つ置いてあった。椅子の横にはフルフェイスのヘルメットが4つ。ただそれだけだ。
「さあ、ここに座るんや! 思考暴走は自分の考えてることを具現化する機能。ここに座って、思考暴走ができるようになるまで色々考えてもらうで!」
「考えるだけなのか!? ならなんでこの広さなんだ!」
「いやそれはなんかあれやん、大は小を兼ねるやん」
「適当だな! 例えば思考暴走で大砲とかが出てきて、周囲に砲撃がいかないようにとか理由は無いのか!?」
「ああそれもあるで。うんそれもある。それも予め考えて広くしといたんや。うん絶対そうや」
「絶対そうじゃないだろう!? 嘘をつくな嘘を!」
俺とハシレイが言い合っている間に、紅希、黄花、鳥羽部長の3人は既に椅子に座っていた。
「何してんだよ碧ー! さっさとこっち来てつわれよ!」
「『座れ』だろう!? 何故妊娠させる!?」
「私はもっと柔らかい椅子が良かったわね。今からでも私の家にある椅子と取り替えましょう」
「久しぶりに出てきたな金持ち設定! もう忘れてたぞ!」
「いやー、ずっと走っていたから座れるのはありがたいな! だがもっと自分を追い込むために空気椅子にしてもいいか司令!」
「いつからそんな脳筋キャラになったんですか!」
「ああ、それは好きにしたらええで」
「許可するな! 特訓に集中できなくなるだろう!」
俺とハシレイも椅子に座ると、ハシレイが全員にヘルメットを配った。ハシレイはヘルメットに加え、リモコンのようなものを持っている。
「これは脳内に特殊なイメージを送るヘルメットや! ハシレンジャーのヘルメットをちょっと改造したもんやな。最初はこれを被って、思考暴走の補助をする。ほんでヘルメットを被った状態で思考暴走ができるようになったら、ヘルメットを取ってチェンジしてやってみる。特訓の流れはそんな感じやな」
「お前はヘルメットを替えないのか? 4つしか無いが……」
「ワシのヘルメットから特殊なイメージが送れるようになっとるんや! やからワシはこのままやな」
「おー! なんか楽しそーだぜ! 早速やってくれ司令!」
「よっしゃ! ほな行くで! ポチッと!」
まだ俺たちがよく分かっていない中、ハシレイは意気揚々とボタンを押した。




