第82話 ケイシチョウマンへの戸惑い
「着いたぞ橋田! 蕎麦があぐらをかいて待っているぞ!」
「それ麺めちゃくちゃ絡まってませんか!?」
「麺が痺れてもう解けないから、塊のままかぶりつくぞ!」
「その食べ方の蕎麦本当に美味しいですか!?」
俺たちは再び原付で蕎麦屋に戻って来ていた。
結局原付で蕎麦屋と空き地を往復しただけじゃないかこれは……? なんて無駄なことをしてるんだ俺たちは。
これもケイシチョウマンが勝手に蕎麦屋のバイトに戻ったせいだが、蕎麦屋で働いている以上蕎麦屋を蔑ろにすることはできないのだろう。
問題はその普通の感性を持ったやつが、世界征服を目論む悪の組織の幹部だということだ。
悪の組織の幹部がヒーローとの戦いより蕎麦屋のバイトを優先するとは、一体どういうことなんだ……。ケイシカンマンの話によると、ホーテーソク団の幹部はケイシカンマンが最高位。つまり俺たちは幹部全員に会ったことがあるが……。何故全員バカなんだ!? まともな怪人はいないのか!? いや怪人がまともと言うのも意味が分からないが!
「改めて入るぞ橋田! いらっしゃいと言われるだろうから、なんて返すか決めておかないとな!」
「返さなくていいんですよ! 何を言うつもりですか!」
「そりゃあなんか千夜一夜物語のどれかとかを」
「それ言ってどうなるんですか! 物語を読み始めるんですか!」
「そうだ! 『肉屋ワルダーンと大臣の娘との話』を読むぞ!」
「なんでそのチョイスなんです!? アラジンとかシンドバッドとかもっとあったでしょう!?」
「なんだって? カラシ?」
「なんで肉屋ワルダーンは知っててアラジンは知らないんですか!」
アホなことを言う鳥羽部長はずんずんと蕎麦屋に向かって進んで行き、入口の引き戸を開けた。
お盆を持った姿勢のケイシチョウマンがこちらに声をかける。
「いらっしゃい! 適当に座ってよ! ……ってハシレンジャー!? さっきもハシレンジャーのレッドとイエローと司令官が来て食べて行ったけど、君たちも戻って来るの!?」
「なんであいつらは先に食べて帰ってるんだ! 部長が変な連絡するから!」
「ちょっと待ってくれ。今肉屋ワルダーンの冒頭を読むぞ」
「読まなくていいから早く座りますよ!」
「いや座らないで座らないで! なんでこの状況で普通に座れるのさ! 敵の幹部がいるんだよ?」
「その敵の幹部がバイトを優先したんだろう!? なら蕎麦を食べるしかない」
「君ツッコミ役だよね!?」
騒ぐケイシチョウマンを無視し、俺たちはテーブル席に座った。
メニューは……シンプルな蕎麦屋だな。まあ俺も凝った蕎麦より素朴な蕎麦の方が好きだから問題は無い。
俺の正面でメニューを見る鳥羽部長は、既に注文を決めたようだ。
「私はこの焼きビーフンにするぞ!」
「しないでください! 蕎麦を食べるって話だったでしょう!?」
「小学校の時たまに給食でビーフンが出ただろ? あれの美味かったこと……! あの感動をもう1度味わいたいんだ!」
「だとしても蕎麦屋でそれをやらないでください! 蕎麦食べましょうよ蕎麦!」
「早く注文を決めてもらえるかな!? 座ってだらだらしないでもらえる!?」
イライラした様子のケイシチョウマンが俺たちを急かす。注文くらいゆっくりと決めさせて欲しいものだ。
「私はざる蕎麦だ! 橋田は塩焼きそばでいいか?」
「よくないです! 普通の焼きそばでも違うのになんで塩なんですか! 俺も蕎麦食べさせてください!」
「仕方がない。ならこのソバージュでいいか?」
「ソバージュは髪型です! 髪にウェーブかけないでもらえます!?」
「ならゆるふわマッシュでどうだ?」
「せめて食べものにできます!? いつから髪型の話になったんですか!」
「早くしてもらえるかなあ!?」
結局俺も部長と同じざる蕎麦を頼み、お冷を飲みながら部長に話しかける。
「部長、ケイシチョウマンはどうしても倒さないといけない敵なんですかね?」
「どういう意味だ? 確実性の無いことを期待して計画を立てるということか?」
「それは取らぬ狸の皮算用です! なんでそうなったんですか!?」
俺はケイシチョウマンを倒すことに、戸惑いを覚え始めていた。
ケイシチョウマンは、更生しているようにも見える。地球を征服しようとしていたはずだが、今は助けてくれた人間のために働き、職場と人間関係を大事にしている。
そんな怪人を倒したら、悲しむ人間がいるんじゃないのか? そんなことを考え始めていた。
それを鳥羽部長に伝えると、部長は腕を組んで目を閉じた。
「うーん……。最近の若者が言葉を略しすぎるのが気に食わない、と……」
「話聞いてました!? 一言も言ってませんよ!?」
「だが私も君の意見には同意だ」
分かってくれたのか……。正直怪人を倒さないという選択肢を取ることに、戦隊としての期待を裏切るような感覚を覚えてしまっていたんだ。
だから鳥羽部長が同意してくれるのは、かなり心強いことだ。
「確かに最近の若者は意味の分からない言葉を使いすぎだな」
「まだその話してたんですか!? 真面目に聞いてもらえます!?」
「ああ、分かってるぞ。私もケイシチョウマンを倒すのには少々戸惑いがあった。小さじ2くらい」
「戸惑いって調味料なんですか!?」
「蕎麦を食べたらみんなにも話してみようじゃないか。理解を得られたら、またケイシチョウマンに会いに来てちゃんと話をしよう。肉屋ワルダーンの」
「まだしようとしてたんですか! もうそれはいいです!」
少しして運ばれて来た蕎麦を啜りながら、俺は仲間たちの理解を得られるか不安を覚えていた。




