第81話 部長と蕎麦
「朝〜の光が差し込んで〜♪ 納豆パスタも踊り出す〜♪ 黄金色に光る納豆〜♪ クセになる美味しさ〜♪ あそれ納豆! 納豆! 納豆! 納豆!」
「うるさいですよ人が寝てると言うのに! 何を騒いでるんですか部長!」
「おはよう橋田! いい朝だな! ペペロンチーノを食べるか?」
「納豆パスタじゃないんですか!? 何故今ペペロンチーノを!?」
「それより出かけるぞ橋田! 早く起き上がってくれ!」
部長の謎の歌に叩き起された俺は、目を擦りながら立ち上がる。床に座って寝ていたから足が痛いな……。まあすぐに痛みは引くだろう。
「それで、どこに行くんですか部長」
「今話題の蕎麦屋が近くにあってな! 1度食べてみたいと思ってたんだ! どうだ?」
「思ったよりまともで安心しました。いいですよ、行きましょう」
「よし! じゃあ流しそうめんのモノマネをしながら行くぞ!」
「蕎麦屋に失礼! そもそも流しそうめんのモノマネとは何ですか!?」
ウォータースライダーほど大きな竹を組み立て始めた部長を止め、俺たちはちゃんと歩いて家を出た。
「ここだ! 今日は空いているな! まるで人気が無いみたいだ!」
「そんなストレートに言うのやめてください! たまたま人が少ないだけです!」
「並ぶぞ橋田! この感じならすぐ入れるだろう! 何を頼むか考えておかないとだな。マッチョ生搾りグレープフルーツサワーとかか!」
「ここマッチョ蕎麦屋なんですか!?」
いつも通り部長とアホな会話をしていると、俺たちの順番が回って来る。マッチョがいたらどうしようという不安を少し覚えながら、俺たちは蕎麦屋に入った。
「いらっしゃい! 何名様かは見たら分かるから言わなくていいよ! 好きな席に座って!」
忙しそうに席に案内するのは、ロボットのような見た目をした怪人。パリッとしたスーツにエプロンというアンバランスな格好をしたそいつの声は、聞き覚えしか無かった。
「……おい、お前ケイシチョウマンじゃないのか?」
「えっ? そうだけど? なんでオイラのことを知ってるんだい?」
「俺たちはハシレンジャーだ。お前の声は以前聞いている」
「ええ!? ハシレンジャー!? なんでハシレンジャーがここに!?」
「こっちのセリフだ! なんでホーテーソク団の幹部が蕎麦屋で働いてるんだ!」
本当に意味がわからない。何故ケイシチョウマンがこの蕎麦屋にいる? マッチョよりもいてはいけないものじゃないか。
「君たちが基地ごとオイラたちを吹っ飛ばして、ゴミ山に着地したんだけど、その時にここの親父さんに拾ってもらったんだよ! だから恩返しと生活のためにここで働いてるんだ!」
「なんだその理由は……。まるで俺たちが悪者みたいだな」
「何言ってるのさ! 君たちはオイラにとっては立派な悪者だよ? その辺の壁に『ペンキ塗りたて』って書くイタズラばっかりしてるんでしょ?」
「したこと無いぞそんなこと! なんだそのしょぼいイタズラは!?」
「私はトンネルに血で『プリンアラモード』と書いたことがあるぞ!」
「行動のえぐさを言葉の可愛さでなんとかしようとしないでください!」
ケイシチョウマンは俺たちをキッと睨みつけ、忌々しそうに言葉を発した。
「君たちのせいでオイラはゴミ山に突っ込むことになったんだ! 絶対に倒してやる!」
「部長、俺たち2人だけではこいつに勝てるか分かりません。紅希と黄花とハシレイに連絡を」
「分かったぞ! 『蕎麦を食べに来ないか?』っと」
「怪人がいることを伝えてください! なんで蕎麦メインで連絡するんですか!」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだい! オイラはもう怒ったよ! 表に出ろ! ほら、他のお客様の迷惑にならないようにそっと出るんだそっと!」
「お前本当に地球を征服しようとしている怪人か!?」
俺と部長、ケイシチョウマンは縦1列になって順番に外に出る。確かに蕎麦屋に迷惑をかけるわけにはいかないが、怪人側が配慮しているのが不思議だな……。
「ちょっと待ってね、今戦っても大丈夫そうな空き地を探してるから」
「ありがとう! なら私も探すぞ!」
「俺たちは今からこいつと遊ぶのか……? なんでここまで周囲に配慮するんだ怪人が……」
「あったよ! じゃあ行こう! ここからヘリで2、30分のところだ!」
「遠いな! なんで移動手段がヘリなんだ!」
「今全員分の原付を用意するからね」
「ヘリと聞いていたが!?」
ケイシチョウマンがどこからか取り出した原付3台に跨り、俺たちは空き地へと移動を始めた。
ガソリンを継ぎ足しながら5時間ほど走った頃、ようやく俺たちは空き地に辿り着いた。
「到着! ここなら思いっきり戦えるよ!」
「遠すぎるぞ! もう日が暮れそうじゃないか!」
「しかし原付の旅は楽しかったな橋田! 蕎麦は食べられなかったが、これはこれでアリだ! 今度は原付でオーロラでも見に行くか!」
「しれっと海の上走るのやめてもらえます!?」
「さあ、戦おうじゃないか!」
ケイシチョウマンは再びこちらを睨みつけ、俺たちも原付から降りてハシレチェンジャーに手をかける。
一応紅希たちに場所は共有してあるが、この場所ならまだ紅希たちが到着するのに時間がかかるだろう。
なんとかして時間稼ぎをしなければ……。
「覚悟してよねハシレンジャー!」
「そっちこそ! ハシレチェンジ!」
俺と部長はハシレンジャーにチェンジし、ケイシチョウマンに向かって走り出す。ケイシチョウマンも俺たちに向かって走って来るが、その時どこからか声が聞こえた。
「ロボット掃除機の上に乗って移動できたら楽なのになあ〜♪ ロボット掃除機に立って生活したいなあ〜♪」
「なんだ? 何の音だ?」
「ロボット掃除機がいる生活〜♪ ロボット掃除機に食べるラー油を食べさせる〜♪」
「食べさせるなそんなもの! ゴミだけ吸ってろ!」
「あ、もしもし?」
「着信音だったのか!? なんだその特殊な着信音は!」
ケイシチョウマンはスマホを耳に当て、はい、はいと返事をしながら焦ったような表情に変わる。
「親父さんがピークタイムだから帰って来いって怒ってるんだ! 戦うのはまた今度!」
「蕎麦屋が優先なのか!?」
「そりゃそうだよ! オイラはずっと親父さんの近くにいるって決めたんだ!」
「そこは『そばにいる』と言うところだろう!? オチを台無しにするな!」
「急げ急げ! よし! ヘリで行くよー!」
「おいヘリがあるなら何故さっき原付を選んだ!?」
ケイシチョウマンはそのままヘリに乗り込み、飛び去って行ってしまった。
残された俺とピンクはチェンジを解除し、お互いに顔を見合わせる。
「えーと……部長、どうします?」
「決まっている! 原付でさっきの蕎麦を食べに行くぞ!」
「本気で言ってます!? 5時間かかりますよ!?」
「何時間かけてでも食べるぞ! 今日の目的はそれだからな!」
「ええ……」
俺たちは原付に跨り、元来た道を引き返し始めた。
蕎麦を食べに戻るのはいいが、ケイシチョウマンとまた鉢合わせることにならないか?




