第80話 ウキウキ桃子ちゃん
ピピピピピ——。
控えめなアラームの音で目を覚ます。
もう朝か……。時計を見ると朝の7時。
昨日は流石に喋りすぎたな。結局部長との会話は止まらず、深夜3時頃まで話していたのだ。
「まだ眠いな……。もう少し寝るか」
幸い今日は日曜日。部長もそれを分かっていて長電話を仕掛けたのだろうが、本当に今日が休みで良かった。昼すぎまでゆっくり眠ることにしよう。
「ピーンポーン!」
……ん? 今のはインターホンか?
いや、明らかに人の声だった気もするが……。
「ピーンポーン!」
間違い無い。人の声だ。それも聞き覚えのある女の声。
「ポーンピーン! ボーンバー! もーんばーん!」
どんどん変化させるな! なんだボンバー門番とは!? 物騒なインターホンだな!
俺の心のツッコミを知ってか知らずか、インターホンの声はどんどんエスカレートする。
「ピンピンピン! ポンポンポン! ピンピンピンピンポンポンポン! ピンピンピン! ポンポンポン! ピンピンピンピンポンポンシーン」
「三三七拍子でインターホンやらないでください! なんで最後静まり返ったんですか! ああもう、今出ます!」
俺はバタバタと玄関に向かい、鍵を開ける。
「ピンポンパンポーン! あいこのお知らせです」
「迷子でしょう!? なんですかその面倒くさいじゃんけんは!? ……何してるんです、部長」
玄関ドアの前でアホみたいなインターホンのモノマネをやっていたのは、ピンクのシャツにピンクのスカートを履いた鳥羽部長だった。
「おお! おはよう橋田! 今日の運勢は大吉か? ラッキー学ランは短ランだな!」
「なんですかそのヤンキー占いは! 突然何を言い出すんです!」
「安心しろ! ちゃんと黄花くんに占ってもらって来たぞ!」
「何も安心できないです! 黄花の占いなんて適当にもほどがあるでしょう!?」
「ちなみに私のラッキー靴下は地下足袋だったぞ!」
「ギリギリ靴下じゃないところにいる気がしますが!?」
朝っぱらから意味不明だなこの人は。なんだラッキー学ランとは。24歳で学ランを着て歩いていたら通報されるだろう。なんで俺のラッキーアイテムは学ランに限定されているんだ。
「それで、どうしたんですか部長? こんな朝早くから」
「君が言ったんだろう? 私の行きたいところに付き合うって」
「言いましたが……今日ですか!? さっきまで電話してましたよね!?」
「膳は急げと言うだろう!」
「膳の字が違います! 急いでお膳食べてどうするんですか!」
何故かウキウキの部長は、俺の腹を両手の人差し指でつつきながら話す。
「橋田! 今日は行きたいところがあるんだ! 付き合ってくれ!」
「いいですがまだ俺は起きたところなんです。準備するので上がって待っててもらえますか?」
「懲戒だ! 間違えた了解だ!」
「ヒヤッとする言い間違いやめてください!」
俺は部長を部屋に上げ、自分は洗面所へ向かった。顔を洗って化粧水と乳液をつけ、髪を濡らす。ドライヤーで髪を乾かしていると、鳥羽部長が後ろから現れた。
「三度の飯より炊き込みご飯っ!!」
「結局食べてるじゃないですか! それが飯じゃなかったらなんなんです!?」
「いや、炊き込みご飯が食べたくてな。その辺に落ちてないか?」
「落ちてたとしても食べないでください! いやそもそも炊き込みご飯を落とさないですけどね!?」
「落ちている炊き込みご飯を拾って川に向かって投げる! 快感だな!」
「食べてくださいよ! ……いや食べないでください!」
もう何を言っているのか分からなくなってきたな。鳥羽部長と話しているといつもこうだ。部長のペースに巻き込まれ、俺も変なことを言ってしまう。
だが、それが何故か楽しく感じるんだ。本来煩わしいはずのトンチキな会話が、リズム良く展開されることで快感に変わる。
これが鳥羽部長の不思議なところだ。無茶苦茶なことを言っているのに、相手に嫌な思いをさせない。まあ無茶苦茶の種類が特殊な気もするが。
髪を乾かし終わった俺は、軽くワックスを付けていつも通りセンターパートにセットする。
服も適当に着替えて部屋に戻ると、鳥羽部長が俺のベッドの上で逆立ちをしていた。
「何してるんですか部長! 人のベッドの上で!」
「いやあ、君のベッドは逆立ちをするのに持ってこいだな! ふかふかで手が安定しないから、体幹を鍛えるのにピッタリだ!」
「どうでもいいので早くやめてください! ああもう倒れそうじゃないですか!」
案の定部長はそのままベッドに倒れてしまう。体重が軽いからか、ポスっと小さな音がしてベッドが部長の体を包み込む。
「大丈夫ですか部長!? どこか打ったりしてませんか!?」
「ああ。左中間にツーベースを打ったぞ」
「なんで野球してるんですか! 頭とか打ってないか聞いてるんです!」
「ああ、大丈夫だ。問題な……ぃ……」
鳥羽部長はそのまま目を閉じてしまった。
え、これは大丈夫なやつか? 意識を失ったとかではないのか?
鳥羽部長の顔に耳を近づけると、スースーと寝息が聞こえてきた。
ああ、眠っただけか。ならいいんだ。流石の部長もほぼ眠っていない状態だっただろうし、限界だったのだろう。
眠る部長の口から、小さく寝言が発せられる。
「はしだぁ〜。びじねすをはじめないかぁ〜」
「寝言でも行ってるんですかそれ!? やらないですって! 本当に変なビジネスやってないでしょうね!?」
心配になってしまったが、とりあえずただ眠っているだけならそれでいい。起きるまで俺も座っておくか。
床に座ってベッドにもたれかかると、眠気が襲って来る。
部長も寝ていることだし、俺も少し寝るか。
俺はそのまま目を閉じ、再び眠りに落ちた。




