第79話 長電話
その後俺たちは一旦解散し、各々家に帰った。俺もようやく家でひと息つくことができ、コーヒーを淹れてゆっくりと過ごしていた。
ハシレイのやつ、ケイシカンマンを一体どう改造するつもりなのだろうか。ロボットに改造か……。確かに戦隊と言えばロボットというところもあるが、敵を改造して自分たちのロボットにする戦隊が未だかつてあったか?
それにしても、家に帰って来たのは何日ぶりだ? 元々鳥羽部長とパンケーキを食べに行って、基地に幹部が3人現れたから全員で基地ごと名乗り爆破し、間違えて飛ばされて行ったハシレイを探していたらケイシセイマンに操られて仲間を倒しそうになり、自我を取り戻してケイシセイマンを倒し、ケイシカンマンの処遇を決定……。
これだけのことが起こったが、時間としては2日しか経っていないのか。もっと経っていた気がするな。
コーヒーを飲み終わった俺は風呂場に向かい、2日ぶりの風呂に入った。
「……ん? 鳥羽部長からか」
風呂から上がってスマホを見ると、鳥羽部長からメッセージが入っていた。内容は「少し電話できるか?」というもの。
何かあったのか? だが緊急事態なら焦って直接電話してくるはず。わざわざメッセージで都合を聞くということは、そこまで大事な用事ではないのかもしれない。
何にせよ上司からだからな。今からならいつでも大丈夫ですと返事しておこう。
数分後、鳥羽部長から電話がかかって来た。出ると、鳥羽部長の大きな声が聞こえて来る。
「もしもし橋田! ビジネスを始めないか?」
「ストレートな勧誘! 誰が引っかかるんですかそのマルチ!」
「人を紹介すると橋田にもお金が入るシステムなんだがどうだ?」
「やらないです! ずっと何を言ってるんですか!」
冗談だと分かるからいいが、もし冗談じゃなかったら縁を切っているところだぞ……。
しかしこんなタイミングで一体何の用だ?
「いや……その、なんだ。パンケーキのお礼を改めて言いたくてな」
……珍しい。部長がこんなに歯切れの悪い話し方をするなんて。
パンケーキのお礼ならもう言ってもらったと思うのだが……。
「本当に嬉しかったんだ。私はこんな感じだから、男性と可愛いものを食べに行ったことがほとんど無くてな。ほら、私と歩くと眩しすぎて前が見えないだろ?」
「自己肯定感凄いですね!? 確かに派手ではありますけど!」
「以前父がレーシック手術をした帰りに一緒に歩いていたら、眩しくて視界がぼやけると言われたぞ!」
「レーシックしたからでしょう!? それ部長関係無いですよ!」
「1度でいいからタカにレーシック手術を受けさせてみたいな!」
「意味あるんですかそれ!? 元々めちゃくちゃ視力強いと思いますよ!?」
なんでこの人はここまで話題を脱線させられるんだ……。パンケーキのお礼を言いたいという話から、タカのレーシック手術とはどういう思考回路だ?
「まあそれはいいんだ。改めて、私とパンケーキを食べに行ってくれてありがとう。良かったらまた私と出かけて欲しいんだが、どうだ?」
「前にも言いましたが、あまり変なところで無ければ付き合いますよ。俺は大体休日に予定を入れないので」
「そうか! 橋田は休日に予定を入れないのか! なら普段は何をしてるんだ? 天井の昆虫の化石を数えてるのか?」
「なんで天井が琥珀の前提なんですか! 数えるにしてもシミとかでしょう!?」
無茶苦茶を言うなこの人は。どんな発想で天井を琥珀だと思ったんだ。そもそも俺は天井のシミなど数えていない。そんな悲しい過ごし方はしていないぞ。
「しかし次に出かけるのが楽しみだなあ! 次はどこに行こうか! 私は餅つきがしたくてな!」
「餅つきですか。いいですけどまだ秋ですよ? 正月とかにならないとやっていないのでは?」
「そんなことは無いぞ! ずっとウサギが餅つきをしてるじゃないか!」
「もしかして月行こうとしてます!?」
「ダメか? けんけんぱでひょいっと」
「三段跳びでも無理です! 簡単に成層圏突破しないでください!」
本当に意味不明だなこの人は。だがこの会話が少し楽しいと感じるのは何故だろうか……。俺はクールでいることを目指していて、ツッコミ役なんてごめんだと思っていたが……。
やはり栞のせいでどこか部長を意識してしまっているのかもしれない。
「どうした橋田? 急に黙り込んで。メタボなカッパが早口言葉を言いながら現れたのか?」
「ならもっとリアクションしますよ! なんですかその情報量の多いカッパは!」
「ちなみに言っている早口言葉は『急にキュウリ9本食う子急増』だ」
「そこはちゃんとカッパっぽいやつ言うんですね!?」
「まあ太ってもカッパだからな」
「そんな腐っても鯛みたいに……」
そのまま俺と部長は長電話を続け、夜が更けていった。
すぐに寝たいと思っていたのに、何故俺はずっとこの人の相手をしているのだろう。
何故ここまでして部長と話したいと思うのだろう。
なんとなく胸の中にある答えを直視するのが怖くて、俺は部長の言葉にツッコミを入れ続けることで自分を保っていた。




