第68話 鳥羽部長とパンケーキ
「いらっしゃいませ。ご予約の名前をお伺いします」
店に入った瞬間、忙しそうな店員に予約を確認される。部長は思いつきで来ていたような口ぶりだったが、予約はしているのか?
「24名で予約の大河原です!」
「忘年会ですか!? 適当な嘘つくのやめてください!」
「ああ、間違えてしまった。2名で予約の鳥羽です」
「24名で予約の大河原様ですね。お座敷へどうぞ」
「店員さん乗らないでください! なんで座敷あるんですか!」
ノリのいい店員に案内され、俺たちは窓際の席に座った。
「見ろ橋田! 景色がよく見えるぞ! ここからなら私の家の玄関にあるスズメバチの巣もよく見えるな!」
「呑気してないで早く駆除してください! よく刺されないで出て来られましたね!?」
「そりゃあそうだ! スズメバチは私アレルギーだからな!」
「総じてですか!? むしろスズメバチより危険そうですが!?」
「スズメバチが私に近づくと、『もっとかっこいい名前にして欲しかった』と断末魔を上げながら死んでいくんだ!」
「ジャ〇ーズみたいな悩み! いや確かにスズメって弱そうな名前ですけども!」
部長のスズメバチトークがひと段落したところで、俺たちはようやくメニュー表に手を伸ばした。
ウキウキとした表情の部長は、何度もページを捲って隅々までメニューを見ている。
「色んなパンケーキがあるな! アイスが乗ってたりクリームが乗ってたり、調子に乗ってたり!」
「どんなパンケーキですか! 話しかけてくるんですか!?」
「そうだな! 『パンケーキってだけで君たち僕ちんのこと食べに来たんでしょ? 超ミーハーじゃーん! ミーハーって漢字で書いたら魅入葉亜?』とか言うんじゃないか?」
「めちゃくちゃ調子に乗ってますねそのパンケーキ!? 他にも色々乗ってるのがあるんですか?」
「あるぞ! トンカツや海鮮、納豆なんかだな!」
「全部米のトッピング! パンケーキらしいの無いんですか!」
「あとカッパ巻き」
「あるんですね!? そんな気はしてましたけど!」
まともなパンケーキが無いな……。なんだこの店は。本当に人気店なのか?
「よし! 私は決めたぞ! 橋田はどうだ?」
「俺は甘いのがあまり好きではないので、この目玉焼きが乗ってるパンケーキにします」
「おおそうか! 目玉刺しのやつだな?」
「目玉焼きです! なんですかそのグロテスクな刺身は!」
「よし、じゃあ店員さんを呼ぶぞ! 私はここにいるぞおおおお!」
「遭難した時の呼び方! ちょっと、恥ずかしいから大騒ぎしないでください!」
「今助けに行くぞおおおおお!」
「店員さんも乗らないでもらえますか!? なんでさっきからノリいいんですか!」
先ほど席に案内してくれた店員が再びやって来て、ハンディを手に部長の前に屈む。
「カリフォルニアロールでよろしいですか?」
「良くないです! アメリカの寿司屋じゃないんですから!」
「じゃあカリフォルニアロールと……」
「部長も頼まない! パンケーキですよね!?」
「ああそうだったな。この坦々麺トッピングのパンケーキをひとつと……」
「えげつないの選びましたね!? どうやって乗ってるんですかそれ!」
「あとこの目玉焼きトッピングのパンケーキをひとつお願いします」
「かしこまりました。ご注文ひっくり返します。きーけんぱのぐんぴっとんめんたんた」
「繰り返してもらえますか!? なんでひっくり返したんですか!」
「ああ失礼いたしました。坦々麺トッピングのパンケーキと、目玉焼きトッピングのパンケーキがおひとつずつですね。ビニール袋を5円でお付けできますが」
「スーパーか! 要らないです!」
「かしこまりました。お作りいたしますので少々お待ちください」
やっと去って行った店員の背中を見ながら、俺は大きなため息をつく。部長ばりにボケる店員だったな……。なんで客の前であんなにふざけられるんだ。
「楽しみだな橋田! 私はパンケーキを食べるのが久しぶr」
「お待たせしました。坦々麺トッピングと目玉焼きトッピングです」
「牛丼屋のスピード! え、そんな早くできるんですか!?」
「当店は早い、高い、無駄に喋りが長いをモットーにしておりますので」
「余計なのが2つありますが!?」
「ではごゆっくりどうぞ」
去って行く店員の後ろ姿に呆れながら、俺たちはパンケーキに視線を移した。
「おお! これは美味そうだな! パンケーキの上に丼ごと坦々麺が乗っているぞ!」
「それ乗せる意味ありましたか!? まあそれでいいならもういいです」
そのまま俺たちはパンケーキを食べながら色々なことを話した。最近会社ではどうか、栞とのお見合いのこと、ハシレンジャーのメンバーのこと、ゴッホのフルネームを暗記しているかどうかなどだ。ゴッホのフルネームを部長が言えた時はちょっと引いたものだ。
「いやあ、美味かったな橋田! 私はちょっと放尿してくるぞ!」
「お花摘みとか言い換えてください! なんでそんなストレートなんですか!」
部長がお手洗いに行ったのを見計らって、俺は店員を呼んだ。
「追加の坦々麺のご注文ですか?」
「追加するとしてもパンケーキです! いや、お会計をお願いします」
「お会計ですね。現金、クレジットカード、売掛がお選びいただけます」
「悪質ホストクラブか! カードでお願いします!」
「かしこまりました。ジャックかクイーンどちらにされますか?」
「タッチか差し込みみたいにトランプの選択肢を与えないでください! タッチ決済でお願いします!」
「申し訳ございません、当店は差し込みのみのお支払いになります」
「最初に言え恥ずかしい! じゃあ差し込みでいいので早くお会計してください!」
店員がお会計を済ませてレシートを持って来ると、鳥羽部長が戻って来た。ああもう、店員がだらだらしているから戻って来てしまったじゃないか。
「橋田、まさか払ってくれたのか?」
「ええ、こういう時は男が出すものですから」
「そんな気を遣わなくても良かったのに……。だがありがとう! 私も何か奢ろうじゃないか! クマのガラス細工とか」
「木彫りですらないんですか!? いえいいんです。俺が払いたかっただけなので」
「そうか……? ならお言葉に甘えてしまおうかな! お言葉〜、なでなでして〜?」
「言葉通りに受け取る人初めて見ましたよ!? いいから行きましょう!」
鳥羽部長を引っ張って外に出ると、店の前に行列ができていた。本当に人気店なんだな。変な店だったが……。
「橋田、今日はありがとう! また私と出かけてくれるか?」
「俺で良ければ……。でもあまり変な店に連れて行かないでくださいね?」
「任せておけ! 次はカリフォルニアロール定食を出すイタリアン居酒屋に行こう!」
「今言ったこと聞いてました?」
部長と帰ろうとしたその時、ハシレチェンジャーに通信が入った。




