第6話 バレた!?
目覚ましが鳴る少し前に目を覚ました俺は、冷蔵庫からミネラルウォーターを1本出して口に含む。
「いてて……。昨日は初めてちゃんと戦ったから、筋肉痛が酷いな……」
今の会社に勤めて2年。大学時代からまともに運動をしてこなかった俺は、久しぶりに激しく動いたことで筋肉痛に襲われていた。
筋肉痛にはタンパク質やビタミンを摂るのが効果的だ。卵を割って油を敷いたフライパンに落とし、バナナとヨーグルトをテーブルの上に置く。
焼きあがった目玉焼きを皿に移し、俺は軽い朝食を摂った。
洗面所で顔を洗い、化粧水と乳液を付ける。髪を濡らしてドライヤーで乾かし、いつも通り前髪をセンターで分けると、スーツを着て出勤の時間だ。
カバンを持って靴を履き、俺は会社へ向かって歩き始めた。
「橋田、おはよう!」
「おはようございます鳥羽部長。相変わらず派手ですね」
「んん? 私のどこが派手なんだ? ちゃんとスーツを着てるだろ?」
「そのスーツがショッキングピンクだから言ってるんですよ。どこの経理がピンクスーツで出勤するんですか」
長い茶髪にこれでもかとカールをかけ、ショッキングピンクのスーツを着たこの女性が俺が所属する経理部の上司、鳥羽桃子部長だ。
この部長、仕事はできるのだがとにかく派手で、ネイルも鬼のように長い。よくそのネイルでキーボードを叩けるものだ。今年28とまだ若いから似合っているが、30を超えたらどうするつもりなのだろうか。
「橋田、ちょっと話があるんだ。このパソコンを見て欲しい。どうだこのラインストーンの数々! 見事だろう?」
「なんで会社のパソコンにラインストーンが付いてるんですか! 早く剥がしてください!」
「そのうち水晶も貼りつけようと思ってるんだがどうだ?」
「重くなるでしょう!? 物理的にパソコンを重くしてどうするんですか!」
「まあそれは一旦どうでもいい。それより最近の君の勤務についてだ」
そう言って鳥羽部長はパソコンの画面を見せる。そこには俺の勤怠記録が映っていた。
ああ、遂に来たか。俺の早退について詰められる日が。
「橋田、最近の早退は一体どういうことだ?」
「ちょっと体調が芳しくなくてですね……」
「その割にはツッコミが元気じゃないか? ……正直に言ってもらいたいんだ。君を外で見た社員がいる。その社員によると、君が最近噂になってるハシレンジャーに変身していたということだ。君がヒーロー活動をしているというのは、本当なのか?」
なるほど、そこまでバレていたか。うちの社員が見たとなれば、人違いだと誤魔化すのも難しい。ここは正直に話してしまおう。
「ええ。俺はハシレンジャーのハシレブルーです」
「やっぱりか……。まさか本当に君がヒーローをやってるとはな……。それで? 会社はどうするんだ? 実際ヒーロー活動をしているとしたら、早退は……」
「分かっています。俺も勝手に戦隊にされたので、抜けようかと思っていたところです。これ以上会社に迷惑はかけられないので」
「何を言ってるんだ? 戦隊は抜けないでくれ。我が社にヒーローがいるなんて、これ以上ない広告塔じゃないか!」
「……は?」
何を言ってるんだは俺のセリフだ。早退を繰り返していることを怒るのが上司の責任じゃないのか?
「ウチはPRが足りてないのがずっと課題だっただろ? そこに今話題のハシレンジャーが急に現れたんだ。名を広めるチャンスじゃないか! あとあわよくば私も変身したい」
「最後なんて言いました?」
「とにかく、君は今日から経理と広報を兼任だ! 経理としての仕事量は減らして、新たに人材を入れる。君は怪人が出たら戦隊活動の方に注力してくれ! あとあわよくば私も変身したい」
「それでいいんですか……? 社長の承認は? あと最後なんて言いました?」
「社長には私が話を通しておこう。広告塔を欲しがっていたから、高確率で承認してくれるだろう。まあ私が決定事項として伝えれば、社長も何も言えないさ」
「ええ……。そもそもウチの会社って副業OKでしたっけ?」
「ああ。申請すれば大丈夫だぞ。営業の竹岡なんて副業で葉っぱを売ってるし」
「多分そいつ早くクビにした方がいいですよ!?」
鳥羽部長は嬉しそうに頷きながらパソコンのキーボードを叩く。
「橋田がブルーだって大々的に宣伝すれば、我が社の利益も何倍かに……。おお、楽しみだ! あわよくば私も変身したい」
「皮算用しないでください! あと最後なんて言いました?」
「——ということがあったんだ。ハシレンジャーを抜けようと思ってたんだが、会社的にもむしろ辞めるなということだ」
「おー! そいつは良かったぜ! 碧が抜けたら、誰がツッコミをやるんだって話だからな!」
「俺の価値はツッコミしかないのか!?」
「なんならお父様に頼んであなたの会社を支援してあげてもいいわよ。ハシレンジャーとしてCMやイベントに出るのもありじゃないかしら? 遊園地とかで我慢大会したり」
「普通は握手会とかだろう! 何故着込む!?」
全く、紅希も黄花も呑気なものだ。俺はやりたくもない戦隊活動がバレてしまい、やりたくもない広報を兼任させられたというのに。
ハシレンジャーを辞めて普通の会社員に戻るつもりが、余計大変になってしまった。何故こうなった……? こんなのはクールじゃない。もっと余裕を持って生活したいものだが。
「じゃー碧の新しいスタートを祝って肉パーティーやろーぜ! 俺今からカエル肉買ってくる!」
「ここは中国か! 牛豚鳥のどれかで頼む!」
「あら、フランスなんかでもカエルはよく食べられてるのよ。私もカエルの踊り食いをしたことがあるわ」
「よく知らないが踊り食いは多分食べ方を間違えているぞ!?」
相変わらず騒がしいバカたちだ。はあ……。俺はこいつらのツッコミ役として戦い続けなければならないのか……。
俺が途方に暮れていると、ドアが空いてハシレイが入って来た。
「おうおう自分ら、集まっとるな! ほなこれからハシレンジャーのスーツについて改めて説明するで!」
ハシレイは入って来るなりそんなことを言い始める。そういえばスーツには隠された機能がどうのって言っていたな。そこを説明してくれるのだろうか。
「前にも言ったけど、ハシレンジャーのスーツには隠された機能がある。それを解放するための話や……」
ここで俺たちはスーツの秘密をいくつか知ることになった。ここまでが紅希、黄花、ハシレイ……あと鳥羽部長のバカなエピソードだな。
まとめると、レッドとイエローがバカだと分かった。ハシレイはバカぶってるが、何かを隠してるような雰囲気がある。鳥羽部長は変身したがってる。こんなところか。なんで部長は変身したいんだ。いい歳してヒーローに憧れがあるのか? 代わってやりたいぐらいだ。
こうして俺はハシレンジャーとしての活動を余儀なくされた。だがこの時もっと強く願えば良かったと心から思う。「頼むから俺を振り回すな」と。
もちろん怪人との戦いはここからも続いていくのだが、それよりもこのバカどもとの戦いに疲れてしまっている。
奴らのバカっぷりが遺憾無く発揮されたのは、この後ハシレイがスーツの機能について話していた時のことだ——。