第58話 鳥羽部長と一緒
まさかの栞とのお見合いを終えて数日——。
俺は鳥羽部長の隣でパソコンのキーボードを叩いていた。
どうしてもそわそわしてしまう。部長の動きが気になって仕方がない。何故なら、別れ際に栞が放った一言がずっと引っかかっているからだ。
『お姉ちゃんをよろしくね』
栞は確かにそう言った。しかも「碧くんにはもっといい人がいる」というセリフの後にだ。それはつまり、部長が俺に好意を持っているということか……?
いやまさか。そんなわけがない。だってあの部長だぞ? そもそも逆立ちで滋賀県まで行こうとするような人が、恋愛に興味があるとは思えない。普段から俺の扱いも雑だし、俺のヒッティングマーチを作ったり俺の音頭を歌ったり奇行が目立つ。そんな人が俺に好意を……? 有り得ない。
確かに鳥羽部長は一般的に見れば美人だ。パッチリとした大きな目にスっと通った鼻、大きめの口に俺と並んでもそこまで差が無い身長の高さとスタイルの良さ。どこを取ってもビジュアルは完璧。俺も入社して初めて部長を見た時は、目を奪われたものだ。
そしてそれを全てぶち壊すぶっ飛んだ思考回路が存在していることで、恋愛というものから部長は自ら離れて行ってしまっている。
そんな部長をちらちらと見ながら仕事をしているものだから、一向に業務が進まない。これも俺の恋愛経験が少ないからだと言うのか……? いや、そんなものは関係無い。俺と部長のカップリングなんて、どの界隈にも需要は無いだろうしな。
「どうした橋田? さっきから全然進んでないじゃないか。進まないと言えば、私は電車の中を進行方向とは逆向きに走るのが好きでな」
「何が目的なんですかそれは! 相対的に自分がいる位置は進んでないかもしれないですけど!」
「車掌と目が合う時はちょっとだけ気まずいな」
「一番後ろの車両まで行ってるじゃないですか! 車内を駆け抜けないでもらえます!?」
「最近は側宙で車両を跳び回るのが好きだぞ」
「めちゃくちゃなことしますね!? 非常停止ボタン押されますよそんなことしてたら!」
「どうだ? 橋田も好きか?」
「……え? あ、ああ、そんなわけないじゃないですか! 俺は電車で暴れません!」
一瞬思考が止まってしまった。好きか? と聞かれたのが、俺の部長への好意を聞かれたように思ってしまったんだ。そんなはずないのにな。栞のせいで思考回路がおかしくなっているようだ。
「具合でも悪いのか橋田? ツッコミの間が悪かった気がするが」
「い、いえ。体調は問題ありません。少し戸惑ってしまっただけで……」
「橋田が戸惑うなんて珍しいな。カモノハシが筆ペンで換気扇を描くぐらい珍しいぞ」
「そんなやつ人間でもいませんよ!? いつどんな時に換気扇を描こうと思うんですか!」
「うーん、ツッコミは正常か。さっきのがたまたま戸惑うような発言だったのか? 本当に体調は大丈夫なのか? 熱があるか測ってやろう。ほら、おでこを出せ。私が肘で測ってやる」
「普通手でしょう!? 肘でそんな正確に温度が分かりますか!?」
部長の肘が俺の額に当たる。固いな。肘だから当たり前だが。ゴリゴリと当ててくるのをやめて欲しいものだ。普通に痛い。普通に。
そろそろ俺の額にクレーターができそうになってきた時、ハシレチェンジャーに通信が入った。
「碧、ワシや! あの日あの時あの場所で同じ星空を見たあの子や!」
「誰だそれは! 情報が曖昧すぎて特定できないぞ!」
「ああすまんすまん間違えた。ハシレイや!」
「分かってる! 早く用を言え!」
全くこいつは、どんな緊急事態でもボケを挟まないと生きていけないのか?
「ホーテーソク団の怪人や! 紅希と黄花はもう向かっとる!」
「分かった! 場所はどこだ?」
「今送るで! ちょうどセールがやってるふんどし専門店の位置情報や!」
「そんな情報かなぐり捨てろ! 怪人の場所を送れ!」
「ああすまんすまん。ついな、最近ふんどしにハマってるんや。ちょっと小一時間ふんどしについて発祥や歴史、変遷も含めて詳細に語ってええか?」
「いいわけあるか! この状況でだらだらするなお前は!」
「しゃーないな、怪人倒したら聞いてくれや。ほんで碧、今桃子ちゃんも一緒か?」
「ああ。一緒に向かうことも可能だ」
「よっしゃ! なら2人で向かってくれ! 桃子ちゃんのチェンジャーにも位置情報を送っとくからな!」
「頼んだ!」
ハシレイからチェンジャーに位置情報が送られてくる。俺は椅子にかけたジャケットを羽織りながら、部長に声をかけた。
「部長、ホーテーソク団です! 行きましょう!」
「了解だ! 司令から位置情報が送られてきてるな。おお! このふんどし専門店は私も興味が……」
「ふんどしはどうでもいいんです! 早く怪人のところに行きますよ!」
「ふんどしを雑に扱うなよ橋田。君だってふんどしを履いて人前で踊ることぐらいあるだろう?」
「無いです! 絶対に無いです! ああもうそっちじゃないです!」
ふんどし専門店に向かおうとする部長をなんとか引き止め、俺は部長と一緒に走り出す。虹色の空間に入り、俺たちは怪人がいる場所へ向かった。




