第5話 初?戦闘
「ぶぁーっはっはっは! 俺様はコウソクマン! 人間ども、この学校のルールに従ってもらうぞ!」
怪人が現れた場所に着くと、そこは小学校の校庭。混乱する子どもたちを戦闘員が追いかけ回し、朝礼台の上には角帽を被ってメガネをかけたロボットのような怪人が、拡声器で笑い声を上げていた。
いつものように紅希がずいっと前に出て、怪人に向かって声を張る。
「おいこら怪人! 子どもたちに何してやがる! まさか漢字ドリルをやらせようなんて思ってねーだろうな!」
「漢字ドリルはやった方がいいだろう!? ただの教育課程だと思うが!?」
「俺は小学生の時どうしてもカプレーゼって漢字を書けなかった! 同じ思いを子どもたちにさせてたまるか!」
「カプレーゼはカタカナだ! どこの漢字ドリルを使ってたんだ!?」
「さあ、行くぜお前ら!」
「さっさと片付けてワックスをかけるわよ」
「床掃除と間違えてないか!?」
「ハシレチェンジ!!」
俺たちはハシレンジャーのハンドル部分を回し、ハシレンジャーへとチェンジした。
「赤い暴走! ハシレッド!」
「青い突風! ハシレブルー!」
「黄色い光! ハシレイエロー!」
「エンジン全開、突っ走れ! 暴走戦隊!」
「ハシレンジャー!!」
俺たちの背後で爆発が起き、ポーズを決めて名乗りを終わらせる。だがここからが問題だ。いつも通りならこのまま名乗り続けることになる。
俺たちは例によって戦闘員たちの元へ向かい、背を向けて名乗りを上げようとする。
だがその時、コウソクマンがこちらに指示棒を向けてきた。
「はいそこ! 授業中に大声上げるの禁止!」
「うるせー! 俺たちは生徒じゃねーんだよ! さあ、名乗るぜお前ら! 暴走戦t……うわああ!!」
レッドが名乗ろうとしたその時、レッドの口元にガムテープのようなものが貼られ、その両手には水がたっぷり入ったバケツを持たされていた。
「な、なんだこれー!? くっそ、大声が出せねー!」
「レッド、そういう時は囁けばいいのよ。『今夜は寝かせないよ』とか」
「怪人と一夜をともにするな! 困ったぞ、名乗り爆発戦法が封じられた……」
いやそもそも名乗りの爆発で勝ってきた今までが邪道も邪道なのだが。しかし俺たちのメイン戦法……というより唯一の戦法だった名乗りを封じられては、まともに戦うしかなくなってしまった。
俺たちはあくまで戦闘においては素人。普通に怪人と戦って勝てるとは思えないが……。
俺とイエローが苦しむレッドを見て途方に暮れていると、ハシレチェンジャーにハシレイから通信が入った。
「おうおう、苦しんでるみたいやな! そんな時に便利なんがこれ! シンクの黒ずみも落とせる万能洗剤や!」
「何で通信販売をしてるんだお前は! こんな大変な時に呑気なことをするな!」
「ああすまんすまん。さっき言いかけたこと言っとこうと思ってな。ハシレンジャーのスーツには、隠された機能があるんや」
「じれったいわね。早く言いなさいよ、その不貞腐れた脂肪とやらを」
「そんな機嫌の悪い脂身はどうでもいい! 機能を言え機能を!」
ハシレイは一つ咳払いをしてから、再び話し始めた。
「ハシレンジャーのスーツに隠された機能はいくつかある。せやけど自分らが今使える機能はまだ一つや。ヘルメットの右側に付いてるタイヤを押してみるんや!」
「タイヤ……? これか」
俺とイエローは右手でヘルメットの右側面にあるタイヤを押した。すると俺たちの手にはいつの間にか武器が握られている。俺の右手には銃、イエローの両手にはダガーだ。
俺の銃は引き金部分がタイヤのホイールのようになっていて、イエローのダガーは柄の先に小さいのぼりが付いている。よくみるとのぼりには「夜露死苦」「喧嘩上等」と書いてあるようだ。徹底的に暴走族モチーフなんだな……。
「なるほど……。武器があれば多少は戦えるかもしれないな」
「せやろ! まだまだ隠された機能はあるけど、今の自分らには使えん。まずはその武器で敵を倒して、戦闘の経験値を上げるんや!」
「楽しそうね。これで私の理想、蝶のように舞い、ユスリカのように刺すができるわね」
「ユスリカは刺さないだろ! いいから行くぞ!」
俺は戦闘員たちを狙って銃の引き金を引く。するとタイヤの形をしたエネルギー弾のようなものがいくつも発射され、戦闘員たちに向かって行く。自動追尾弾か。これはいい。
横を見ると、イエローはダガーで次々と戦闘員たちに襲いかかっている。「黄色い光」とはよく言ったもので、素早い動きでどんどん戦闘員たちを倒していく。なんだ、ちゃんと蝶のように舞って蜂のように刺してるじゃないか。
……と思っていたらよく見ると戦闘員を倒した後にいちいち血を吸うようなポーズをしている。なんでそこまで蚊に拘るんだ!?
あっという間に戦闘員たちを殲滅した俺たちは、レッドの元へ駆け寄る。そのままイエローはダガーでレッドのガムテープを切り裂き、俺はバケツを狙って銃の引き金を引く。
解放されたレッドは、大声を上げた。
「ぷはー! やっと大声が出せるようになったぜ! それより俺も武器欲しい武器!」
「騒がしいにもほどがあるわね。ヘルメットの横にあるタイヤを押してみなさい」
レッドがヘルメットの右側面にあるタイヤを押すと、赤い鉄パイプのような棒が出現した。随分と物騒な暴走族のモチーフなんだな……。
「なあ、この武器って合体とかできねーのか?」
「おお、よう気づいたな! 今それを言おうと思っとったんや! あと納豆パスタの良さについて語ろうかと」
「後半はどうでもいいが、合体できるんだな? よし、合体してみるぞ」
イエローがダガーののぼりを直角に折り、レッドの鉄パイプの真ん中に差し込む。俺が鉄パイプの末端に自分の銃口をはめ込むと、合体武器が完成した。
「その名も暴走バスターや! そのままぶっぱなしたれ!」
「よっしゃ行くぜ! 暴走バスター! ハシレショット!」
レッドが引き金に手をかけ、俺とイエローはレッドの肩に手を置く。
すると赤・青・黄のタイヤが重なったエネルギー弾のようなものが、コウソクマンに向かって飛んで行く。
「な!? こ、これはまずい! 一時撤退だ!」
コウソクマンはエネルギー弾が当たる直前にどこかへ姿を消してしまった。
「あー! あの野郎、逃げやがった! よしお前ら、追うぞ! 倒立歩行で!」
「すぐ逆立ちをするな! とりあえず追い込んだからしばらくは怪人も出て来ないだろう。俺達も帰るぞ!」
「そうね。次に出て来たら我慢できない鼻のムズムズを与えてあげるわ」
「地味な嫌がらせをするな! お前は花粉か!」
戦闘をこなしていく中で、遂に名乗り爆発戦法が通じない相手が出て来た。
こうなってくると話は違う。今までは瞬殺できていた怪人も、倒せなくなってしまえば危険度が段違いだ。
給与は出るという話だったが、俺はこんなバカどもと一緒に戦って命を危険に晒したくはない。ハシレンジャーを抜けなければな……。
「何してんだよ碧! 早く帰ってソーセージの肉詰め食うぞ!」
「それはただのソーセージじゃないのか!?」
「私も早く紅茶が飲みたいわ。戦闘が終わった時のために特別なビーカーを用意してるの」
「何故お前は実験器具でティータイムに入る!? ティーカップではダメなのか!?」
全く、こんな疲れる生活はごめんだ。早くハシレイに戦隊を抜けることを伝えて、普通の安全な会社員に戻ろう。そうすればハシレンジャーの活動に給与が出なくても、普通に仕事していれば生活できる。こんなバカどもともおさらばだ。
「いやー、やっぱ碧のツッコミがねーとハシレンジャーじゃねーよな! バシっとツッコんでくれるから頼もしいぜ!」
「そうね。碧がいないと破滅の匂いがするわ」
「お前ら……バカをやめるという選択肢は無いのか?」
俺がいないとダメ、か。仕方ないな、もう少しハシレンジャーでいてやることにするか。
とりあえず帰ったらハシレイに今後の相談をしよう。会社はどうすればいいのか、給与は本当に出るのか、福利厚生はどうなっているのか、それから保険についてもだな。命を危険に晒すわけだから、生命保険もしっかり入っておかないと。
前を行く紅希と黄花の背中を見ながら、俺は一人後ろを歩く。しかしこいつらとハシレイは一体何者なのだろうか。特にハシレイ。あいつの目の眼帯は一体……。