第30話 実験を阻止しろ!
俺と紅希は少し間隔を開け、ハシレイたちの背中を追う。
「なー碧ー、なんでこんなにコソコソすんだよ? もっと少々と行けばいーだろー?」
「堂々とだろう! 俺たちは塩コショウか! ……いや、このままこっそり行くぞ。ようやくあのハシレイが尻尾を見せるかもしれないからな」
「塩コショウなら知ってるぜ! 顔と首の色が違う女のことだろー?」
「それは厚化粧だ! ちょっと静かにできるか紅希!?」
そんなことを言っている間に、黄花の背中に手を添えたハシレイはどんどんと奥へ進んで行く。そしてとあるドアの前で立ち止まり、黄花と一緒に部屋の中へ消えて行った。
俺と紅希はハシレイたちが入って行った部屋の前まで移動する。ドアの前には「ひ・み・つ♡」と書いたプレートが下げられていた。
「相変わらず気持ちの悪いセンスをしているなあいつは……。よし、少しだけドアを開けて様子を見るぞ」
「そのドア外して2、3回リフティングしてもいいかー? 最近サッカーにハマっててよー」
「その2、3回のためにドアを壊すな! 少し黙れるか!?」
「黙るってなんだー? シリアの首都かー?」
「それはダマスカスだ! 全然違うだろう!? なんでそんなことだけ知ってるんだお前は!」
全力で声のボリュームを抑えながら紅希にツッコミを入れつつ、中の様子を伺う。
ハシレイは黄花をベッドに座らせ、何かを言っているようだ。
「ほな黄花、早速始めていくで。まずは色々聞いていかなな。黄花は小さい頃どんな子どもやったんや?」
「私は基本的に大人しい子どもだったわ。大騒ぎせず品行方正、家の中で遊ぶ子どもだったわね。唯一やったイタズラといえば、お風呂で魚雷を発射したことぐらいかしら」
「その一発がとんでもないな! なんで家に魚雷があるんだ!」
ドアの外から小声でツッコミを入れてしまう。黄花はどうもスケール感がおかしい。家が金持ちだとそうなるのか?
「なるほどなるほど。ちなみにその魚雷はどうやって調達したんや?」
「卵と薄力粉を混ぜたものにキャベツと豚バラを入れて、ホットプレートで焼いたら魚雷ができたわ」
「お好み焼きの作り方じゃないか! 料理の腕を切り落としてきたのか!?」
「それは凄いなあ。そしたら紅茶を飲むようになったきっかけとかも教えてくれるか?」
「気づいたら飲んでいたわね。物心ついた時にはメスシリンダーに紅茶を注いでいたわ」
「その頃から実験器具で飲んでるのか!? 実家が理科室なのか!?」
「OKや。そしたら服を脱いでもらおうかな」
……来たな。怪しい動きが始まった。今までの意味不明な問答が必要だったのかは知らないが、ハシレイは黄花に何か危害を加えるつもりだ。間違い無い。紅希と一緒に突撃するしか無いな。
「おい紅希、中に入るぞ」
「よっしゃー! ドア壊してもいーか? 後でリフティングしたいんだけど」
「ああもう好きにしろ! リフティングでもなんでもしていいから、とにかく行くぞ!」
「しゃー! エンジン全開だー!」
紅希は助走を付けてドアに向かって飛び蹴りをかます。するとドアが思いっきり部屋の中へ吹っ飛んで行き、俺たちは黄花の元へ走り寄った。
「なんやなんや自分ら! どうしたんや! 納豆が安い店でも聞きに来たんか?」
「そんなわけあるか! 黄花を助けに来たんだ!」
「私を助けに……? 私はまだ何もされていないわよ」
「今服を脱がされそうになってただろう! ハシレイ、お前黄花に何をするつもりだ!」
俺が聞くと、ハシレイはきょとんとした声で言った。
「ワシはただ黄花に着替えてもらおうと思っただけやで? 今からする実験には、特殊な服に着替えてもらう必要があるんや」
「特殊な服ってどんなんだー? スパンコールみたいにレアメタルが付いてるのかー?」
「そんな貴重なものを無駄に使うな! 分かった。ならその特殊な服とやらを見せてもらおうじゃないか」
するとハシレイは困ったような様子を見せる。ヘルメットのバイザーを上げて目を覗かせたハシレイは、腕を組んでこちらを見た。
「うーん、それはちょっと難しいというか嫌というか……」
「随分と歯切れが悪いじゃないか。もう正直に言ったらどうだ? 実験に特殊な服なんて本当に必要なのか? お前がしようとしている実験はなんだ?」
「はあ……。分かった。恥ずかしいけど正直に言うわ。実験自体には特殊な服は必要無い。でもワシのモチベーションを上げるために必要なんや」
そう言うとハシレイは奥にあるロッカーへ行き、何かを取り出した。こちらに持って来たそれは、真っ黒で光沢があり、全身タイツのような形をした服だった。
「……いやボンテージスーツじゃないか! お前本当に何をしようとしてるんだ!」
「いやあ、ワシは実は女王様に罵られながらやないと作業が進まんくてな。ほら、オプションでムチもあるで」
「とんでもないなお前は……。黄花にこんなことをさせた上でする実験とはなんだ?」
「ああ、それ自体は簡単なんや。ワシが作ったフルフェイスのヘルメットを被ってもらって、黄花の脳を刺激する。そしたら黄花の潜在能力が覚醒して、黄花は超能力者になれるっちゅうことや」
なんだそれは……。本当に黄花にそんな潜在能力があるのか?
「ただなあ、まだこのヘルメットが完全にはできてなくてな。どうもモチベーションが上がらんから、黄花に女王様になってもらおう思てな」
「いいわよ司令。いくらでも罵ってあげるわ」
「まあ当人同士がいいならそれでいいが……。変な実験ではないんだな?」
「もちろんや! 失敗しても黄花の話す言葉がアゼルバイジャン語になるだけや」
「大失敗じゃないか! そうなったらどうするんだ!」
「まあまあ大丈夫やって。安心してワシに任しといてくれや。ほな黄花、着替えてもらえるか?」
「了解よ。誰かをムチで打つなんて3日ぶりね」
「頻度が高いぞ! 普段お前はどこで何をしてるんだ!」
数時間後、アゼルバイジャン語を話す黄花が戻って来たのを見て、実験をやり直させたのは言うまでもない。
だが俺はまだハシレイへの疑惑を払拭できずにいた。それにハシレイが幹部の情報を俺たちに伝えたということは、もうすぐ幹部が現れるということなのか……。