第2話 ハシレンジャー結成!
爆風と共に、空から隕石のようなものが落ちて行く。俺はただ、それを見守ることしかできなかった。
「きゃああああああ!!」
逃げ惑う人々。崩壊していくビル。あちこちで火の手が上がり、立ち尽くす俺の目に映っていたのは、地獄だった。
「今日からこの地球は、我々ホーテーソク団が支配する! 人間ども! 我々のルールに従い、ホーテーソク団をより大きくするために尽力するのだ!」
ロボットのような見た目をしたその男は、逃げ惑う人々に向かってそう言った。
ホーテーソク団……? 聞いたことの無い名前だ。それにしてもふざけた名前だな。法定速度から取っているのかもしれないが、どうにも語呂が悪過ぎる。
いや、そんなことを考えている場合ではない。この場から逃げなければ、俺も命を落としてしまう。
目の前に電信柱が倒れて来る。だが俺の足は動かない。恐怖に足が竦んでいるわけではない。ただ、この現状が信じられないだけだ。
今まで平和だったこの世界に、テレビ番組みたいな悪の組織が現れた。そんなことが俄に信じられるだろうか?
「おっ! ここにも逃げてへんやつがおるやんけ! そしたら自分もこっちや!」
すると突然背後から声がして、俺の体は引っ張られた。その瞬間、周りの景色が虹色の空間に変わる。
「なんだ!? 何が起こってる!?」
「落ち着け落ち着け。深呼吸するんや。ヒッヒッフーってな」
「なんでラマーズ法なんだ! 俺は妊婦じゃないぞ!」
「大丈夫や。ワシが立派な成犬に育てたる」
「犬を産む前提で話すな! それより、お前は誰なんだ!」
「なんや自分、キャンキャンキャンキャンやかましいやっちゃなあ。チワックスでも産むんか?」
「チワワだけではダメか!? 何故ダックスフントを混ぜた!?」
「細かいなあ。そんな神経質やと疲れるやろ? ほら、着いたからそこに座りや」
いつの間にか周りの景色は、虹色の空間から立派な黒いソファが置いてある場所に変わっていた。ソファには俺の他に二人。長い茶髪を立ち上げ、赤いレザージャケットにデニムというカジュアルな服装の若い男が一人。
もう一人は黒髪をロングに伸ばした若い女で、黄色いワンピースを着て紅茶を飲んでいる。
周りはコンクリート打ちっぱなしで、ソファの前には大きなデスク。そこに座っていたのは、フルフェイスのヘルメットを被った怪しげな人物だった。
「おうおうお疲れさん! 早速やけど、自分らは選ばれた! これからよろしく頼むで!」
「待て、お前は何を言っている? いきなり俺をこんなところに連れて来て、どういうつもりだ?」
「さっきからやかましいなあ自分。やから言うてるやろ? 酢豚にパイナップルは要るって」
「一言も言ってなかっただろ! 何故俺をここに連れて来たのかを聞いてるんだ!」
「今からそれ説明するから、落ち着いて座っといてや! まあ結論から言うと、自分らは今日から戦隊や」
「……は?」
何を言ってるんだこのフルフェイスは? 戦隊? ごっこ遊びでもするつもりか? だとしたら俺はパスだ。そんな子どもの遊びに付き合ってやるほど暇じゃない。そもそもこいつは誰なんだ? 声から察するに男であることは確かだろうが……。そんなことより早く会社に戻らないと……。
俺の思考を遮り、フルフェイスは話を続ける。
「見ての通り、ホーテーソク団が地球を侵略に来た。ワシはあいつらの動向をずっと地球から見張っとって、あいつらが地球に来ることも分かっとった。やから、ホーテーソク団と戦える戦隊を作ることを決めたんや」
ずっと何を言ってるんだこいつは? そもそも、こいつが何者なのかが分からない。それに戦隊? ヒーロー番組じゃないんだから。それに子どもの頃見ていたヒーローたちも、何故突然戦闘の素人が戦士になるのか理解不能だった。まさに今その状況にいるわけだが、俺たちが何をできるって言うんだ?
そんなことを考えていると、茶髪の青年が声を上げた。
「戦隊ってなんだ? 裸で街でも歩きゃいいのか?」
「それは変態だ! ヒーローが捕まってどうする!」
「全く、理解力が無いにもほどがあるわね。戦隊っていうのは、宇宙にある星のことよ」
「それは天体だ! ちょっと待て、このフルフェイスと茶髪だけじゃなくお前もバカなのか!?」
「失礼ね。星が地球の平和を導いてくれるって意味よ。あなたみたいな頭の固い人間には分からないかしらね?」
「そんなことを理解できてたまるか! 待ってくれ、本当にこのメンバーであの怪人と戦おうとしてるのか!?」
「お、なんや乗り気なんやんけ。ほなこれから頼むで?」
「違う! 話を聞け! そもそもお前は誰だ!」
するとフルフェイス男はバイザーを上げ、目を覗かせる。俺はその目を見た時、一瞬戸惑った。右目に眼帯がしてあったからだ。
「ワシは自分らの司令官、ハシレオ・ハシレイや」
「そんなガリレオ・ガリレイみたいに!」
「ワシのことは気軽に司令、もしくはベイビーと呼んでくれてええで」
「誰がお前みたいなのを可愛がるか!」
ハシレイは俺に一瞥くれてから、また話し始める。
「ワシは自分らで言うところの宇宙人や。ボーソー星から来たんやけど、ワシの故郷はホーテーソク団に滅ぼされた。次に狙うのが地球やって言っとったから、ワシはいち早く地球に来て『ハシレンジャー』に相応しい人材を探しとったんや」
「ハシレンジャー……?」
「ホーテーソク団と戦う正義の戦隊! その名も『暴走戦隊ハシレンジャー』や! これからよろしく頼むでハシレンジャー!」
「おい、勝手に決めるな! 俺はやるなんて言ってn」
「なんかカッコイイじゃんか! 俺も子どもの頃はヒーローインタビューに憧れたもんだぜ!」
「それはスポーツの話だ! 今言っているヒーローは本当に悪と戦うヒーローの話だろ!」
「私たちなら必ずホーテーソク団とやらに勝てると星が言っているわ。あと今日の午後からトイレットペーパーの特売があるって」
「星はスーパーの事情まで把握してるのか!?」
「いいえ、ドラッグストアよ」
「どっちでもいいが……俺はやらないと言っているのだが?」
俺の抗議を無視して、話はどんどんすすんでいく。
「俺はやっぱり熱いヒーローになりたいぜ! 気合いでみんなを引っ張って引っこ抜く感じの!」
「引っこ抜くな! 俺たちはゴボウか!」
「私は優雅に敵を倒したいわね。蝶のように舞い、蚊のように刺す」
「刺し方がしょぼ過ぎるぞ! 痒いだけじゃないか!」
「で? お前はどんなヒーローになりてーんだよ?」
「そうだな、俺はやはりクールな……いやだからやらないと言っt」
「よっしゃ! これで色は決まったな! 紅希がレッド、碧がブルー、黄花がイエローや!」
「聞け!!」
「なんやさっきから思ってたけど、自分ツッコミなかなかやな。こいつらにもその感じで頼むで」
すると茶髪男と黒髪ロング女が立ち上がり、俺の方を向いた。
「俺は早川紅希! よろしくな嘉蔵!」
「誰が嘉蔵だ! 俺の名前は橋田碧だ!」
「私は宗院黄花。天の川が私をここへ導いたの」
「星じゃダメだったか!?」
「ほなこれから頼むで! 暴走戦隊ハシレンジャー!」
この日、俺は強引にハシレブルーにされた。ただの会社員だった俺がヒーローとして戦うようになったのは、こういうわけだ。
だがこの時はまだ分かっていなかった。俺の仲間たちが、常軌を逸したバカだということを。
あれはハシレンジャーとして初めてホーテーソク団の怪人と戦った時のことだった——。