第12話 部長のトラブル
再び逆立ち状態になり、脚を開いた紅希が俺に声をかける。
「どーしたんだよ碧ー! 開脚倒立しねーのかよー?」
「開脚倒立は当然しないが、ちょっと基地に帰るのは無理そうだ。会社から連絡が来ている」
「真面目にもほどがあるわね。会社からの連絡なんてレビューしちゃえばいいのよ」
「スルーの間違いで合ってるか!? 連絡を批評してどうする!」
「で? 開脚倒立はどうするのよ。私たちはちゃんとするけど」
「しないと言っているだろう! むしろお前は何故する!? ……とにかく、俺は一旦会社に戻る。基地の方にも顔を出せたら出すから、先に戻っててくれ」
「おう! じゃーまたな碧! 武道館で会おうなー!」
「俺たちはアイドルか! とりあえず行ってくる!」
俺は紅希と黄花を置いて、会社の方角へ走り出した。もちろん倒立はしない。
しかし一体何の用だろうか……。鬼のように着信が入っていたが、一旦折り返してみるか。
スマホを手に取って鳥羽部長へ電話をかけようとすると、ちょうど良く鳥羽部長から着信が入った。急ぎの用事みたいだな。
「お疲れ様です。橋田です」
「橋田! やっと繋がった! 大変だ! 部屋を借りる前にするのは内見だ!」
「内見は関係無いでしょう!? 落ち着いてください鳥羽部長。何があったんです?」
「事情は後で説明する! とにかく早く会社へ来てくれ! できれば竹馬で!」
「何故竹馬の方が速いと思ったのか分かりませんが、急ぎで向かいます!」
「ありがとう! 待ってるぞ!」
部長の大声が途切れ、ツーツーという音だけが響く。一体何なんだ……? 鳥羽部長は見た目は派手だが仕事はできる。あんなに取り乱すことは滅多に無いのだが……。
あんなに大騒ぎしているということは、鳥羽部長でも解決できない事態が起こっているということだ。俺が向かったところでそんな事態を何とかできるとは思えないが……。それか俺が必要なこと、つまり広告に関することである可能性がある。ならより急がないとな……。
俺は地面を蹴り、飛び跳ねるように走り出した。
「鳥羽部長! どうしたんです!」
オフィスのドアを開け、開口一番大声を上げる。
「橋田! やっと来たか! 待ちくたびれて干し柿になるところだったぞ!」
「それまず柿になるところからですよね!? それより、何があったか教えてくれますか?」
「あ、ああ、そうだな。橋田、これを見てくれ!」
鳥羽部長が指差した先には、大量のダンボール箱。ざっと100箱ぐらいだろうか。ダンボール箱の側面にはアメリカンな毛むくじゃらのキャラクターが描いてある。
「部長、これは何です?」
「前に言っただろう? 広告にはエナジードリンクを使うって」
「あれ本気だったんですか……。ん? ちょっと待ってください。てことは……」
「ああ。これは全部エナジードリンクだ」
「何してるんですか! 20本て話じゃなかったですか!?」
「ああ。私もそのつもりだったんだが……。間違って20ダース発注してしまったみたいだ」
「なんてことだ……。あの鳥羽部長が発注ミスなんて珍しいですね?」
「ああ……。私としたことが、ネイルに付けた漢字の『十二』のパーツを見ていたら、ダースで発注してしまったんだ」
「どんなパーツを付けてるんですか! そんなことで発注ミスしないでください!」
何をしてるんだ部長は……。しかし漢字で「十二」とは、どこにそんなパーツが売ってるんだ? 逆に他の漢字もあるのか見てみたいものだ。
「そこでだ橋田、頼みがあるんだが……」
「なんとなく想像はつきますが、予め言っておきます。嫌です」
「まだ何も言ってないぞ! 上司の話はちゃんと聞いてくれ!」
「はあ……。分かりました。一応聞きます」
「よし、それでこそ橋田だ。あとで私の手作り弁当をやろう。ラメ入りの」
「弁当までデコらないでください! それで、なんですか?」
鳥羽部長はダンボールを1箱持ってきてドンと置いた。
「これを全部飲んでくれ!」
「言うと思いましたよ! だから嫌だって言ったんです!」
「安心しろ! おかわりもいくらでもあるぞ!」
「おかわりがあるから安心できないんです! カフェイン過剰摂取でしょう!?」
「大丈夫だ! カフェインはちゃんと君を応援してラッパを吹いてくれるぞ!」
「俺は野球選手ですか!? そんな応援は要らないです!」
「真ん中で分けろ〜♪ 黒髪センター♪ 艶のある髪の毛〜♪ は〜し〜だあお〜い〜♪ かっ飛ばせー! は・し・だ!」
「適当な応援歌を作らないでください! なんで髪の毛のことにしか触れないんですか!」
鳥羽部長は応援歌を歌うのをやめ、真面目な顔でこちらを見てくる。
「橋田、ヒーローは常に元気が無いといけないだろ? 君だけじゃ一気飲みしきれないのはちゃんと分かってるぞ」
「一気飲みさせるつもりだったんですか!?」
「そこでだ! 君の仲間たちのところへこれを運ばないか? ヒーローとして、喜んで受け取ってもらえると信じているぞ!」
……なるほど、そう来たか。確かに一人で一気飲みするより、仲間たちに差し入れとして持って行った方が俺の負担も減る。
「分かりました。ならそのダンボール箱を基地へ運びます。……でも俺一人じゃ……」
「大丈夫! 私も手伝う!」
「……はい? 鳥羽部長を基地へ連れて行くってことですか?」
「そうだ! これだけ協力するんだから、私にも基地を見学する権利ぐらいあるだろう? あとあわよくば私も変身したい」
「部長の発注ミスですけどね……。まあ基地には特に何も無いので見ても問題無いでしょう。あと最後なんて言いました?」
「よーし! そうと決まれば基地へ出発だー! みんな、行ってくるぞ! ローラーブレードで!」
「普通の移動手段は無いんですか!?」
張り切る鳥羽部長を連れ、俺は基地へと足を向けた。