第1話 ブルーはクールなものだよな?
橋田碧/ハシレブルー
クールでいたいツッコミ役。いつも振り回されている。
早川紅希/ハシレッド
エンジン全開で突っ走るリーダー。子ども人気はあるが偏差値は低め。
宗院黄花/ハシレイエロー
お金持ち天然美人。紅茶を飲みすぎにもほどがある。
「そこまでだホーテーソク団!」
俺たちはマスクの中から怪人を見る。怪人は俺たちの方を振り向いて、素っ頓狂な声を上げた。
「何者だ!?」
ビルから飛び降り、怪人の前に並び立つ。フルフェイスヘルメットのようなマスクに、特攻服をモチーフにしたヒーロースーツ。それが赤、青、黄と並ぶ姿は、まさに戦隊ヒーローとして見られていることだろう。そして定番の名乗りだ。
「赤い暴走! ハシレッド!」
「青い突風! ハシレブルー!」
「黄色い光! ハシレイエロー!」
「エンジン全開、突っ走れ! 暴走戦隊! ハシレンジャー!」
名乗りと同時に背後で爆発が起こる。太陽を背に立つ俺たちのシルエットだけが浮かび上がり、周りにいる人々からは俺たちの名を呼ぶ声が聞こえる。カメラのフラッシュが俺たちの色を照らし、ヒーローの登場を盛り立てた。
街を守るヒーロー。それが俺たちの表の顔だ。だがヒーローにも日常というものがある。その裏の顔は……。
「いってえ〜! いってえよ〜!」
戦闘を終えた俺たちは、変身を解いて基地へと戻っていた。
そしてこのいてえいてえとバカ騒ぎしているのが俺たちのリーダー、ハシレッドこと早川紅希だ。
「紅希、何を騒いでいるの? うるさいにもほどがあるわね」
紅希を鬱陶しそうに見ながら歩くのは、ハシレイエローこと宗院黄花。
「どうしたんだ。さっきの戦闘で怪我でもしたのか?」
俺——橋田碧は紅希に尋ねる。紅希は顔を抑えながら歩いているが、さっきの戦闘で顔を怪我した様子は無かった。何があったのだろうか。
——突然だが、戦隊のブルーと言えばどんな人物を想像するだろうか。知的、冷静沈着、サブリーダー、色んな言葉が出てくるだろう。
だが俺が目指す戦隊ブルー像は一言。「クール」だ。実際巷ではクールなブルーとして認識されている俺だが、素顔の俺は到底クールとは言えない。何故なら……。
「いやあ、昨日舌噛んだ上に口内炎もできて、虫歯がひどくなったんだよ!」
「なんで全部口のトラブルなんだ! どれだけ不衛生な口内をしてるんだお前は……」
「おまけに歯に半導体が挟まっててよ、昨日からずっと取れねーんだよなー!」
「昨日何を食べたかだけ教えてくれるか!?」
「間違えてスマホを焼いて食っちゃったんだよ! 不味かったなぁあれは」
「何をしてるんだお前は! 昨日から連絡がつかないと思ったらそういうことか!」
「おっちょこちょいにもほどがあるわね。これからはちゃんと靴磨きしなさいよ」
「何故歯磨きを勧めない!?」
こういうことだ……。元気バカの紅希とミステリアス風天然の黄花に挟まれている俺は、常にツッコミ役を強要されている。
こんなのはクールじゃない……。ハチャメチャな仲間たちにツッコミを入れる現状は、俺が目指すブルー像とはほど遠い。俺たちは正義の戦隊ヒーローであって、お笑い集団ではないのだ。
そんな俺の苦悩を知らずか、紅希と黄花はお喋りを続けている。
「だーかーらー! スマホの焼き加減はミディアムレアだったって! まだ生っぽいとこあったし!」
「そんなはずは無いわ。ウェルダンでないと食べられたものじゃないもの。それとも、まさか弱火でじっくり焼いたからミディアムレアだって言うの?」
「そんなこと言われても覚えてねーんだよ! とりあえず味付けが塩だけじゃ不味かったって話!」
「焼き加減で喧嘩するな! まずスマホを焼くな! とりあえず紅希は新しいスマホを買って来い! 俺たちが連絡を取りたい時はどうするんだ!」
「その時はこのハシレチェンジャーで連絡すればいいだろ! スマホなんて要らねーぜ!」
「お前はいつもハシレチェンジャーをつけていることを忘れているだろう! だからわざわざお前にはスマホで連絡を取っているのに……。何故焼く!?」
紅希と黄花はいつもこんな調子で、俺は手を焼いている。スマホは焼いていないが。
もっとこう、戦隊ヒーローとはかっこいいものであるべきだと思うのだ。熱いレッド、クールなブルー、ミステリアスなイエローとかっこいい要素は揃っているはずなのだが……。どうしてだかこうなってしまう。
恐らく性格の問題ではなく、偏差値の問題なのだろう。どうも俺の仲間はバカ過ぎる。
「よっしゃ! 帰って肉食うぞ肉! 何の肉がいいかなー? やっぱあれか! フェザー級チャンピオンのか!」
「うん、強くなりたい気持ちはよく伝わった。とりあえずやめておけ?」
「私は紅茶が飲みたいわね。本場の静岡産の紅茶がいいわ」
「お茶の種類が違う気がするが? 静岡県民に怒られるぞお前……」
「あー! 早く肉食いてえ! よし、お前ら走るぞ! 三点倒立で!」
「気持ち悪い走り方を強要するな! 普通に走ればいいだろう!」
本当に三点倒立で走り出した紅希を追って、俺は黄花と共に走り出す。
一体どういう原理で走っているんだあれは……。ハシレンジャーという名前に忠実なのはいいが、変身解除後も暴走しているのは少々疲れるぞ?
「碧ー! 何してんだよ! 早くミドル級チャンピオンの肉食いに帰るぞー!」
「フェザー級と聞いていたが!? いつ階級を変えたんだ! あとなんで三点倒立なのに速いんだお前は!?」
「チャンピオンベルトってお砂糖で作っても良さそうよね。家に帰ったら紅茶と一緒に食べられるし」
「チャンピオンベルトを食べようとするな! なんでもかんでも紅茶に結びつけるのをやめられるか?」
「お砂糖のチャンピオンベルトは、勝者へと導く未来の味がするのよ」
「知るか! 砂糖で作るのをやめろ!」
騒がしい仲間に引っ張られ、俺は基地へと辿り着く。俺にとっては、怪人との戦闘よりこいつらの相手をしている方が疲れる気がするが何故だろうか?
こんなことになったのも、あの司令官のせいだ。こんなのはクールじゃない。まともな戦隊ヒーローになるはずだったんだがな……。
俺たちが集められたあの日。あれが俺の運命の分かれ道だった。