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1話

「心から殿下を愛していました。それはもうずっと子供のころから。殿下も分かっていてくださったはずです。だから殿下にとって不必要な人間を排除するのは婚約者の役目、これはすべて殿下のため、仕方のないことだったのです」


私は今でも、最良の選択であったと、そう思っている。どんな偽善も、貫き通せば真実であると。






「なぜ我家はこれまで、この世界で最も大国であるセントラルで盤石な地位を持ち続けられたかわかるか?」

「我が公爵家にはいつだって王家の血が流れているからです」

「そうだ。王家の血を。何があっても絶やしてはいけない。そのためにも、ラニ。お前には兄たちにはできない責務がある。わかるか?」

「はい」


私は何があっても王の子を産まなければならない。小さなころから、親の名前より聞かされ続けた言葉だった。そしてあまりに聞きたくもない戯言だった。


なぜ私が、側室の、正当な血筋ですらないあんな男の婚約者とならなければいけないのか。妹は、正当な血を持つ弟のルキと婚約させてもらえるのに。私は、あんな、側室の下賤の血が入った男と婚約させられる。


嫌だ。嫌だ。本当に。私の血が汚れる。


セルとの子を産めば両親に褒められると同時に穢れた血だと貴族社会で言われ続けることとなるのだ。婚約の日など、一生、一生こなければいい。


「ラニ様」

「っ……分かってるわよ。逃げられないことくらい」


メイドたちに憐れんだ眼を向けられて、騎士にお勤めご苦労様ですと言われて、世の女性は婚約や結婚にあれほど夢を見ているというのに私は。あぁ、目の前が真っ暗だ。


「ほら、セル挨拶を」

「ッ……、」

「はぁ、貴方はまともに挨拶もできないの?」


王妃様の言葉に『本当に』と嫌味を思う余裕もなくした。目の前の言葉が理解できず、頭痛がした。一瞬足元がふらついて、父に何をやっているんだと小声で注意されても意識がはっきりしなかった。


フラッシュバックした妄想は知りたくもない自分の未来。


セルのギラリとした赤い目に心臓を掴まれたようなそんな気分になって、本当にしゃがみ込んでしまいそうで。目の前の男に殺される未来はあまりに鮮明だった。痛みまで再現されるほどに生々しい感覚。


前世のようなものなのだろうか。これは、この世界は何かの物語、いや漫画?ゲーム?存在しない言葉だった。私はいわゆる悪役令嬢という存在で、婚約者として、彼を幼少期いじめ倒す、そんなキャラクター。結末はあまりに呆気ない。


学園でヒロインに出会い。セルは自分の不幸な境遇を理解する。そんな折、セルの両親、そして弟が事故にあい、亡くなることをきっかけに彼は王となる。そして、自分を蔑ろにした人物たちを陰ながら殺しまくるようになる。そんなセルをヒロインが泣きながらに止める。


そして二人は結ばれる。


その過程であっけなく殺されるキャラクター。何なら深い恨みから、見るのをためらうような無残な殺し方をされていた。


「ら、ラニと、申します。セル殿下、どうか仲良くしてください」


自分がどのような人間なのか、記憶のフラッシュバックに怖くなる。ラニという女が特別傲慢で嫌な女と、そういうわけではないのだ。この世界の、貴族の一般常識として、平民とはあまりに取るに足らない、いや触れてはいけない存在なのだ。


血が汚れる。


よく使われる言葉だった。彼らの両親が一定の距離をとってセルの近くにいるように、そして陛下自身平民に騙されて作った子であることもよくなく、セルは想像に難くない壮絶な人生を歩んでいる。


記憶の混濁から握手を求めると、驚いたように顔を上げる。


「っ……よろしく」


両家の手続きは事務的に進められ、帰り道手を洗えと父に嫌味を言われ、部屋で座り込む。常識とは、生まれながらに養われていくもので、今いわゆる前世というものを思い出さなければ、私は物語のストーリーのように殺されていたのだろう。


セルに恨まれないのが肝心だ。


婚約破棄なんて子供の私には選ぶ選択肢すらない。許されるわけもない。たとえ、ヒロインと出会ったとしても、セルの大量虐殺に巻き込まれないような存在にならなければいけない。


あまりに利己的な考えだった。


何が血だと、くだらないと、ただそう考えられることが、今の私にとってとても重要だ。セルに殺されないカギとなる。酷い話だが貴族の常識をおかしいと間違っていると問い変えていくのは私の仕事ではないだろう。


むしろ利用するべきだ。その常識が、まさにヒロインのように『間違っている』のだと私は知っているのだから。


「殿下は甘いものはお好きですか?」

「あまり、食べたことが、ない」


視線をくるくる変えながらケーキを眺めているのを見て味を伝える。


「こっちが栗のケーキで、これはいちごです。桃にキウイに、マンゴーに、どれがお好きですか?」

「っ……」


面を食らったような顔をして。


「ど、どれも味がわからない」

「全部一口ずつ食べますか」

「え、あ、そんな、食べきれないだろ」

「殿下に会いにいくと言ったら父が何でも好きな土産を買うといいって言ってくださったので、食べたかったケーキをぜーんぶ買ってきたんです」


視線があって。


「全部食べたいのか?」

「流行りのケーキ屋なんですよ」

「じゃあラニが食べればいい」

「一緒に食べないとお土産じゃないじゃないですか。てか全部食べるのは流石に無理ですよ」

「無理か、んっ……、」


いちごのケーキをフォークですくってセルの口に放り込む。不満そうな顔で食べ進めた後。


「う、まい……、初めて食べた」

「次はこっちです」

「ん、あ、の、飲み込む前に」


無理やり食べさせまくるとセルは私の腕を掴んで止めた。くるりと回されて私の口に入る。


「おいしい」

「はぁ……、ラニは変わっていると言われないか」


もぐもぐと口の中のものを飲み込む。


「あまり言われません」

「そうか?私に触れられて嫌がらない人に初めて出会った」

「そうですか」

「公爵にそう教育されたのか?」


首をかしげると、もう一口口にケーキを入れられた。


「これ、おいしいですね!」

「私も一番うまいと思ったよ」


セルはぽつりと、メイドすら触れるのを嫌がると笑った。王宮に勤める使用人は当たり前だが貴族の長男長女以外が多い。嫌味や悪口を言われるのではなく、恐れるように逃げられると。


「確かにこの前殿下と握手したら父には手を洗えと苦虫を噛んだような顔をされましたね」

「だろ?父上は、すまない近づかないでくれと謝るんだよ」


ぎゅっと指を絡める。


「っ……、」

「貴族と平民って何が違うんでしょうね。学校では2年生になると自分の好きな研究課題に取り組めるそうです。私は平民のいる城下の町には行ったことがないので、本当に平民の血の混ざった人と出会ったのはセル殿下が初めてです。血の汚れとは何のことを言うのか疑問に思ったことはありませんか?」

「私は自分以外の平民の血が混ざるものには会ったことがない」

「じゃあ二人で今度城下へ行きましょう」

「は?な、なんで、じょ、城壁を超えられないだろ」

「なんで殿下がこんな扱いを受けなければいけないのか。知らなければ何も進みません」

「ラニは綺麗な血を持っているだろ。本当に汚れたら」


言葉は全てヒロインの受け売りだ。物語のまま、ヒロインのセリフを奪って話している。学校でヒロインと出会ったセルは初めて貴族の住む町の外に出る。穢れなど。そんなものは貴族たちの勝手な妄想で、自分の受けたひどい仕打ちは何も意味のないものだと知る。


だが今は、セル自身も、当然のようにこの世界に染まっている。自分が汚れていると思ってしまっている。


「汚れませんよ。今、貴方に触れても大丈夫なんですから」

「私の血は毒なのだと教えられた」

「毒なんですか?」

「わ、わからない」

「なら、それを確かめに行きましょう」

「ラニと一緒にか」

「そうです」

「なんで」

「婚約者が不当に扱われて不満に思わないわけがないからです」


握った手がぎゅっと強くなる。


「私の婚約者なんて、嫌だろうと、申し訳ないと、会うまでずっと考えていた」


あぁ。人を陥れるとは、罪悪感とは、


「世の女性はみんな婚約者と顔を合わせる12の歳を楽しみにしているんですよ」

「だから、申し訳ないと思ったんだ」

「私はすごくすごく楽しみだったのに」

「そう思ってもらえる可能性を考えたこともなかったよ」

「でも本当に楽しみだったんですよ。あの日もあんまりうれしくて手を握ってしまったんです」

「みんな驚きすぎてしゃべるのを忘れていただろ?」

「そうでしたっけか。全然周りなんて見えなくて」


セルにとって心地の良い言葉を選べているか。そんなことばかり考えていた。


「やっと自分の王子様に会えたって思った」


こんな花畑のようなバカ台詞を、心から言う女は本当にいるんだろうか。


2か月後、二人で考えた方法を使い城壁の外へ出た。方法は簡単だ。王宮への食事を運ぶ荷台に身を隠したのだ。城壁の外にいる人々は服装以外やはり何も私と変わりないものだった。荷台から降り、セルの腕を引くが驚いたように動かない。


「殿下、荷台を運ぶものが戻ってきてしまいますよ」

「あ、あぁ」


放心気味のセルの腕を引いて少し離れた広場に出て座れる場所へ導く。


「大丈夫ですか。荷台が揺れましたから酔ってしまいましたか?」

「いや、そうじゃない。本当に、何も変わらないんだなと思って」

「角でも生えていると思ったんですか?」

「そう、だな。もっと、とんでもない化け物のようなものがいるのかと思っていた。ラニは同じ生き物ではないって習わなかったのか?」

「習いましたよ。だから、ドラゴンや龍のようなものもいるのかと思いましたが、セル殿下は普通の男の人だったので、そこは安心したようながっかりしたような」

「ふっ……ははっ、そんな、発想はなかったな」

「殿下」

「ん?」

「あそこの屋台、いい匂いがしませんか?」

「さすがに外のものを食べるの、って、おい」


腕を引くと、殿下が慌てたように声を出したが、物語で外の世界は安全だと証明されていた。心配する必要もないだろう。


「ラニはもう少し警戒心を持って生きたほうがいい」

「外にいる人たちは普通に生きているんですよ。心配ありませんって。えっと、これと、これを一つずつ」


片方をセルに渡して、食べ始めるとこれがおいしい。顔を見合わせる。


「お前らいいところの商人の子だろ。うまいか?出店のもん食っちゃダメっていわれてるだろ」


少しくすんだ手に頭をかき混ぜられながら笑われて、頷きながら返事をする。


「言われてるけど、おいしい、これどうやって作るんですか?」

「言ったら客がいなくなるだろ。またおいで」


安くておいしい食べ物に、見たことのない小物。服の中に隠せるだけ買ってそろそろ帰ろうかとそんな話をしていたころだ。ころんで泣いている子供を見つける。お母さんと泣きわめく。


母親に助けを求めるなんて、外の世界ならではだよなと、思いつつ。


「大丈夫?膝怪我しちゃったね」


ハンカチを膝に巻くと痛い痛いと抱き着いてきた。


「ラニ、治癒魔法は?」

「外に来てから魔法を一回も見てない気がして、下手に使わないほうがいいかなと」

「あぁ、確かに。どうしたものかな。大丈夫か?」

「怪我に泣いているというより、両親とはぐれて泣いているみたいなんですよね」


泣くのを落ち着かせると「お母さんどこ?」と聞いてくる。


「んー……、人が多そうな広場に行ってみようか」


殿下との間にその子供を挟んで両脇から手をつなぐ。


「お姉ちゃんすっごく綺麗な服着てるね」

「そう?これでも一番地味なのを選んだんだよ」

「え!すごい、お母さんはそういう服見ていつもいいなぁって言ってるよ」

「そうなの。動きずらいからいいことばっかりじゃないんだよ」


少し元気を取り戻した子供に殿下が声をかける。


「お母さんの特徴わかるかい?」

「ん-、えっとねー。髪は茶色で、今日は腰に赤いチェックのエプロンをしてたと思うんだよね」

「髪の色はあまり参考にならないな……、赤いチェックのエプロンか」


周りを見渡すが見当たらず、道中で見つけた薬屋で傷薬を探すことにした。


「どれが一般的なんだろうな。普段家ではどれをつけている?」

「みんなこれを張るんだよ」

「そうなの?一応お店の人に聞いて見ましょうか」


噴水の近くで子供の手当てをしていると、女性の声がした。


「あぁっ……マーク、マークっ」

「お母さん!」


飛び出して行ってしまった子供の背中を眺めて、殿下と視線を合わせた。


「なんか少し羨ましいですね」

「そうか?」

「え、……羨ましくないですか?」


びっくりして視線を合わせると、逆に少し驚いたように言われてしまう。


「不思議だなぁと思うよ。変な感じだ」


確かに。よくよく考えれば、私たちの世界では両親と長い間一緒に過ごすというのは一般的ではない。育ててくれた乳母が親のような存在で、生みの親とは、血でつながる一族のようなものであり言葉に表しづらい。家を守るという言葉は、平民の言う、家族を守るとは違うように感じる。


「せっかく買いましたから、傷の手当だけさせてもらってもいいですか?」

「は、はい、」


赤いチェックのエプロンをしたお母さんは、私たちの姿を見ると少し恥ずかしそうに顔を隠した。


「あの、うちの息子を本当に、ありがとうございます。なんとお礼したらいいか」

「いえいえ、この街には全然詳しくありませんでしたが、マークくんがいろいろ私たちに教えてくれたので、逆に楽しい1日になりました。ね?で、あ、セル様」

「あぁ、そうだな。ありがとうマーク」


傷の手当てをして、少し汚れたハンカチをポケットに入れて、今日の積み荷の中に隠れる。デートのような冒険のような。漫画に描写されていたはずだというのに、色鮮やかな自由な世界は輝いて見えた。楽しかったなぁと胸に刻むと荷台の中でにセルが私に近づいた。


「あぁ言うときは呼び捨てにしないと余計に違和感があるだろ」

「で、殿下を呼び捨てになんて」

「夫婦になっても殿下と呼ぶのか?」

「そうしたら、陛下と……呼ぶつもりでした」


驚いたように、セルは声をなくした。


「そんな日は、こないといいな」

「え?」


予想外の返事に、返答をなくす。物語にはこんなやり取りはなかった。マニュアルがないとどう返事していいかわからない。


「嫌、なんですか?」

「誰にも望まれない王だ。なりたいか?そんなものに」

「それは、」

「私はルキが王になり、離れでも、何なら平民と同じ町でもいい。お前と今日みたいな日が続けばいいと思うよ」


考えもしない事だった。この世界に囚われている私には気づけるわけもない盲点だった。


学園に行って物語をいびつな形で進め、ヒロインに会う必要があるのか。そんなのは自分が殺されるリスクを増やすだけだ。ましてや、陛下たちを事故に合わせる必要など。王になったセルに殺されるのが怖いなら彼を王にする必要などない。


ましてや、セル自身が王を望まないというのなら。


セルの本当に欲しいものを知っているつもりだ。ヒロインの言葉を奪ったというのなら、貫き通せばいいのだ。いつか逃げ出し、裏切るために言葉を奪ったわけではない。


生き残るため、ヒロインの立場を奪い、自分を偽ると決めたのだ。彼女であれば、ただセルの幸せを望むだろう。そして私自身も王妃になりたいわけでない。


平穏に暮らせればそれでいい。命の危機など遠ければ遠いほどに良い。


「わ、私も、セルとただ二人、幸せに暮らせればそれでいいと思っています」


がんばろうと。陳腐な言葉で、その日初めてキスをした。荷台の中の窮屈で埃っぽい狭い中だった。その日の帰りは少しだけ遅くなった。

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