4. 立って、走れ
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家が全焼したあの日。
僕の部屋で使っていたストーブが、カーテンに触れていて火が付いた。
気が付いたときは、火が天井までのぼっていた。
煙を吸って意識が遠のいたとき、死を悟った。
そのとき、部屋があいて、怒号が聞こえた。
父と母だった。
駆け寄ってくる二人に安堵を覚えると同時に、罪悪感を覚えた。
「ごめんなさい。」
僕は確かにそう言った。
そこからは覚えていない。
気づいたときには病院にいた。
のちに、父と母は焼死体になって発見されたときいた。
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破壊された靴箱、散乱したくず、黒い液体。
怒号。
「思い出した。」
柳がつぶやく。
「柳君?」
柳は微笑む。
「親父が死ぬ前に、言われたことを思い出した。」
柳は春家の腕を引く。
春家を支えて、立ち上がらせた。
近くに落ちていたバナナを一本、拾い上げる。
バナナを握ると、数本、近くで新たなバナナが出現した。
柳は自分の能力を改めて認識する。
増殖。
「春家、その本、刃物かなにか出せるか?」
「出せない・・・けど、刃物ならもってる。」
春家がポケットから小さなナイフをとりだした。
「なんでこんなのもってるの?」
「護身用よ。」
「ハハ、了解。」
絶叫が近づいてくる。
壁に身体をぶつけながら、銀獣が向かってくる。
巨大な瞳が、柳をとらえた。
磁石に吸い寄せられるように、走ってくる。
北館の扉を破壊する。
柳達まで、距離およそ5メートル。
「柳君!!」
春家が叫ぶ。
しかし、柳は逃げない。
銀獣に身体を向け、拳を突き出す。
手に握られているのは、一本のバナナ。
グギアア!!
ぱっくりと開いた銀獣の腹。
無数の牙が柳を狙う。
柳は腹が開いた瞬間、
「ああああ!」
右手に持っていたバナナを裂けた腹に向かって投げつけた。
投げたバナナは腹に飛び込んだ。
柳は投げた勢いでそのまま体勢をくずし、銀獣の牙をかすめた。
かすめた牙が、柳の腕を切り裂く。
柳の腕から血が噴き出した。
勢いあまって北館に突っ込む。
背中を校舎にぶつけた。
銀獣の動きが止まる。
仕留め損ねた獲物を追うため、方向を変える。
「増えろ。」
柳はつぶやく。
「ア・・」
銀獣の瞳がカッと開かれた。
苦しそうに何かを吐き出そうとしたそのとき、
身体中から大量のナイフが突き出した。
全身を引き裂かれた銀獣は断末魔を上げる間もなく、黒い液体をばらまいて絶命した。
液体と肉体が、溶けて、やがて消滅した。
「バナナの中にナイフを入れて、増殖させたのね。」
消えた銀獣の奥で、銀髪の少女が立っていた。
「ああ。やろうと思えばできるもんだな。」
柳は腰をさすりながら立ち上がる。
「お父さん、なんて言ってたの?」
春家は尋ねた。
柳の父親のことだ。
「ああ、まあ、別にかっこいいセリフでもないよ。」
柳が言っても、春家は黙っていた。
真っすぐ柳を見つめる春家を見て、柳は言った。
「立って、走れ」
柳は笑った。
「親父に命を助けられたのは、これで二回目だ。」
*つづく