3. 銀術
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本当、気の毒よねえ。柳さんのところ。
かわいそうに。子供二人は助かったらしいわよ。
家は全焼して、父親と母親は亡くなったって。
子供二人残されるなんて、本当にかわいそう。
引き取ってくれる親族もいないらしいわよ。
まあ、それは本当に。
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「にげて。」
春家が震える声で言った。
窓ガラスが割れる音がした。
その方向を見る前に柳は動き出していた。
「え?あ、ちょっと!」
春家が戸惑いの声をあげる。
柳は春家の身体を担ぎ、背中におぶった。
「つかまってろ!春家!」
柳にとって、選択肢はなかった。
ゆえに、迷いはない。
ガラスの散らばる音がする。
柳は春家をおぶると、階段を二段飛ばしでかけあがっていく。
「やなぎくん!?どうして?」
耳元で春家の声が聞こえる。
そのさらに背後で、銀獣の雄たけびが聞こえる。
静かに追ってこない分、場所がわかって逃げやすい。と柳は思った。
「なあ、春家も銀書の力あるって言ったよな!?」
「はあ!?」
走りながら、柳は尋ねる。
「どんな能力?あいつをぶっとばせる力とかない?ほら、火を出す魔法とか、氷漬けにしちゃうとか、そういう系の!」
「私の銀術・・」
コンマ数秒間をおいて、柳の背中にのった春家は手を伸ばした。
柳の顔の横から手が伸びてくる。
春家が掌を広げて上に向けた。
その瞬間、春家の手のひらの空間から本が飛び出してきた。
「おお!」
と柳が感嘆の声をあげる。
二階の廊下を走り切り、一階へ下る階段へ走る。
ギャア、と銀獣の吐息がかかる。
「キャア!」
春家の悲鳴が聞こえる。
柳は両腕に力をこめて飛び降りた。
踊り場まで、一気にジャンプする。
着地したとき、膝に電気が走るような痛みを感じたが、かまわず駆け下りていく。
「大丈夫か!?春家!」
「おしり、ちょっとあたった・・・」
「大丈夫そうだな。春家、もう一回本出して!」
柳が叫ぶと、春家が再び本を出現させる。
「おお!なんか出そう!魔法でそう!もしかしてザケル?バオウザケルガいける?」
体力も限界が近い。追いかけっこも時間の問題だろう。
奴の狙いが僕と春家なら、倒すしかない。
春家も銀術が使えるなら、僕が足になって、春家が銀術を使って倒す!
それしかない!
「春家!」
柳が叫ぶと、春家は気まずそうに本を揺らした。
フン、と春家が鼻息をもらすと、開かれた本から何かがとびだした。
その何かは走る柳の脇を通り抜けて、廊下に落っこちた。
急ブレーキをかける。
落下した何かをとらえた。
何かが、踊っていた。
松茸が踊っていた。
「この本、戦闘向きじゃないの。」
おわったーーー
目の前の銀獣が柳と春家に襲い掛かる。
食われた、と思ったが、
銀獣は、松茸に向かって飛び込んだ。
ぐじゅぐじゅと不快な音をたてて、松茸を嘗め回している。
「春家、もう一個松茸だして!」
春家がすぐに本から松茸をもう一本だす。
踊り始めた松茸を、横の教室に向かって蹴り飛ばした。
すると、銀獣は目の色を変えて教室に飛び込んだ。
机がとびちって、がたがたと音をたてる。
その隙に柳は北館の昇降口から飛び出た。
柳は叫んだ。春家を背中から下ろす。
「くそおお!死ぬ!本当に死ぬ!変な化け物に食われて死ぬ!」
松茸で時間稼ぎはできても、解決にならない。
あたりには銀獣の食いかけのバナナが散らばっていた。
ああ。
詰み。
詰んだのか、僕の人生。
なんだったんだ。
最後は寿命でもなく、病気でもなく、火に焼かれて死ぬでもなく、
あんな化け物に食われて死ぬのか。
いや、死に方なんてどうでもいい。
僕はあの日、本当は死んでいた。
僕だけが死ぬはずだった。
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