2. 銀獣
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「お母さん、銀獣ってなに?」
「とっても怖い怪物よ。人間を食べちゃうの。」
「ええ、どうして食べるの?お米とかパンで我慢できないの?」
「人間しか食べないの。いい?春家。守ってくれる人を探しなさい。」
「守ってくれる人?」
「そう。怪物を倒せる、強い人。」
「そんな人、どこにいるの?」
「この中にいる。」
「この本?」
「春家、覚えておいて。必ずこの本が、あなたの助けになる。」
「これ、なんて読むの?」
「これはね、春家」
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銀書目録
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第二話 銀獣
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「おいおいおいおいおい!!!」
柳は全力疾走しながら叫ぶ。
身体中に目がついていた。
二頭身。異形、妖怪。
「なんだあの化物は!」
柳と春家は、風来高校北館の一階の廊下を走っていた。
昇降口に突然現れた化物。
その姿を見て立ちすくんでいた柳は、春家の怒鳴り声で我に返った。
春家と柳が走り出した瞬間、化物は柳のいる靴箱にとびかかった。
間一髪で柳がよけると、化物は腹から靴箱に勢いよく突っ込んだ。
けたたましい音とともに、煙が立つ。
木の靴箱が瓦解している。
ぱっくりと裂けた腹から、牙が覗いている。
したたり落ちる黒い液体から、鼻を刺すような異臭が放たれていた。
死。
自身に迫るそれを、柳は全身で感じていた。
こいつは、ヤバい。
逃げなければ、死ぬ。
「ハア!ハア!」
北館の廊下を全力で走った。
北館廊下の最端までたどり着き、
息が続かなくなる。
「春家、無事か!?」
わき目もふらず走っていたため、春家の安否を確認する。
逃げる途中、背後で走る春家の気配があった。
柱に背を預けて、廊下の奥を見る。
間もなく春家が追いつく。
柱に影に飛び込み、柳の隣に倒れ込んだ。
「春家、、ハア、なんだあれは・・」
息を整えながら柳は尋ねる。
春家も息をきらせ、肩を上下させた。
「銀獣・・・私も初めて見た。」
柳は乾いた喉を潤すため、口にためこんだ唾液を飲み込む。
「ぎんじゅう?よくわからないけど、放置したらどっか行ってくれるのか?」
少なくとも近づいてはいけない。
あれは、絶対に関わってはいけない類のものだ。
「無理。私たちを追いかけて食うのが目的だから。」
「はあ!?」
人間を食う化物、ということだろう。
さっきはバナナをおいしそう(?)にほおばっていたけど。
グギアア、
と言葉にならないような叫びが聞こえてくる。
恐る恐る柱から顔を覗くと、奴はいた。
「やべ!目あった!」
身体中にまとうようについた目のうちの一つと、柳の目があう。
目が合った瞬間、化物は狂ったように向かってきた。
「きたぞ!」
息を整える間もなく、走り出す。
北館の階段を上っていく。
「これでも食っとけ!」
手に握っていたバナナを窓の外に放り投げる。
すると、化物はバナナに向かって走り始めた。
「やっぱりバナナも好きみたいだな!知能は低そうだ!今のうちに逃げるぞ!」
春家は返事もせず階段をのぼる柳の後に続く。
ハア、ハア、と春家の吐息が聞こえる。
廊下を全力で走って体力を使い果たしたのか、苦しそうだ。
ゆっくりと春家の足が止まる。
それを見て柳も足を止めた。化物は中庭に落ちたバナナに飛びついている。
「春家、さっきのバナナが増えたことと、何か関係があるのか!?あいつ、バナナに異常に食いつきがいいぞ!ゴリラの突然変異か?」
柳が尋ねる。
すると、階段の途中で春家は足を止めた。
深呼吸して、呼吸を整える。
「バナナを増やしたのは柳君。あの銀獣は、その力自体を食べる怪物。」
春家の頬に一滴の汗が流れる。
「さっき・・・柳君の銀術が発動した。柳君の銀術は・・・【増殖】かな。銀獣は銀術に引き寄せられる。そして術師ごと銀術を食う。だから、逃げて。」
春家はせき込んだ。これ以上は逃げられないかもしれない。
顔から血の気が引いている。
「・・・・銀獣ってのは僕を狙っているんだろ?僕が囮になる。春家は学校からでろ。」
「無理よ。私も銀術をもってる。私もターゲットになってる。」
静寂が流れる。
中庭の方向から、耳をふさぎたくなるような不快な音が聞こえる。
銀獣の叫び声。黒板を爪でひっかいたような、不快な音。
春家が階段の踊り場で座り込んだ。
「もう走れない。私が囮になる。柳君は逃げて。」
春家はそう言った。
「ごめんね。巻き込んじゃって、柳君。」
座り込んだ春家の細い足がスカートから覗く。
震えていた。
「にげて。」
グガアアあああああああ!!!
ガシャン!!
雄たけびと、窓ガラスが割れた音が聞こえた。
階段の下、腹の口を大きく開けた銀獣が、柳と春家を視界にとらえる。
飛び散ったガラスが、太陽を反射させてきらきらと光っていた。
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