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1. 増殖

 





 ****************


 2020年 2月14日バレンタインデー


 ****************





 サトウキビ畑の中で、遺体を確認。


 遺体は損傷が激しく、身元不明。性別不明。


 そばに落ちていた書物は遺体の所持品と思われる。


 書物の状態は非常によく、表紙には、「銀書」と記載があった。


 捜査員が身元確認のため書物を開こうとした瞬間、消失。


 それ以外の情報はなく、身元不明のまま、未解決となった。






 ****************







 銀書目録(ぎんしょもくろく)







 ****************







 第一話 増殖







 ****************





 2024年 2月18日 日曜 12時


 風来高校 



「柳、お前、進級する気はあるか?」


 質問する田中と、柳の二人。教室には彼ら以外誰もいない。

 今日は登校日ではないからだ。


「もちろんです、田中先生!」


 柳は右手を真っすぐ天井に向けて伸ばす。

 柳は普段座っている席から移動して、教卓の前に座っている。


「うむ。元気があってよろしい。だが、元気だけじゃ進級はできないな。」


 田中はうなづく。

 田中は柳の担任の教師である。

 2年2組、担任 田中実(たなかみのる)。数学担当。

 よれよれの白シャツ、襟元は黄ばんでいる。

 髪はぼさぼさで寝起きのようだ。目の下のクマが黒く、深い。

 常に猫背でけだるそうに立っている。


「え?どうしてですか?」


 わざとらしく柳は言った。

 2年2組、出席番号31番 柳龍之介(やなぎりゅうのすけ)

 好きなものは金。嫌いなものは金がかかること。


「さあな。どうしてだと思う?」


 応戦するように、田中も返す。


「ううん、前髪が長いから?あ、シャツがでているからですかね?」


 柳は前髪を引っ張りながら答えた。引っ張るとカーテンのように視界に黒い前髪が入る。


「確かに前髪が伸びてきているな。切れ。そしてシャツもしまえ。」


 けだるそうに田中は言う。

 田中が言うと、柳は勢いよく立ち上がる。


「では、前髪を切ったら進級できますかね。あ、シャツいれました。」


 立ち上がってシャツをズボンにいれこみ、前髪を掌で上げておでこを見せる。

 田中はふう、と息を吐いた。


「よし。これで服装検査はクリアだな。進級できるぞ。・・・・ってできるか!」


 田中は教卓を平手打ちした。ぺちん。

 静かな教室に空洞の木の音が響く。

 数秒、間があく。

 数秒後、柳が口を開く。


「うわ、すげえノリ突っ込み。大人がノリ突っ込みするの、結構きついですね。」


 柳はズボンをへそまであげたまま、言った。

 案山子のようにまっすぐ気を付けをしている。


「おい、大人の優しさを無下にするな。」


 田中は吐き捨てた。

 高校生のノリに無理にあわせたことを後悔する。

 羞恥に耐えきれず柳に背を向けて、黒板の方を向いた。

 胸ポケットをガサガサとまさぐる。


「やっぱり、この前のテストですか?」


 田中の背後で柳は聞いた。

 田中は即答する。


「当たり前だ。お前、期末テスト何点だった?言ってみろ。」


 田中の目当てのものは胸ポケットにはなかったようで、端の机に置いていた荷物のほうに歩き出した。


「オール0点っす。」


 ガタン、と足が椅子にぶつかる音がする。

 田中がぶつかった音だ。


「いや、知ってたけど。どういうことなんだよ。ありえないだろ。」


 今日柳が呼び出された理由である。

 全9科目。オール0。


「僕もなにがなんだか。」


「選択問題もあっただろ。」


「テスト時間ずっと寝ていたので白紙です。」


 田中はカバンから小さな箱状のものをとりだした。あのサイズと形状は、おそらくタバコだ。


「お前なあ。テストは真面目にやってくれよ。そのせいで俺がこうして休日出勤する羽目になってるわけだよ。少しは反省してくれないか?」


「前日まで2日寝ずにバイトしてたんですよ。田中先生。」


「テスト前日まで徹夜でバイトをするな。」


「僕がバイトしたせいで、先生が休日出勤したと言いたいんですか。」


「実際そうだろ。」


「先生が、生徒に休日出勤とか言っていいんですか?僕は普段バイトしてるからそういう言葉、慣れてますけど。」


「お前以外には言わん。」


「休日出勤って、給料出るんですか?」


「でない。」


「うわ、本当すみません、テストの件、反省しました。」


「どこで反省してるんだ。自分の点数の心配をしろ。お前は・・・」



 柳は席に座る。天井を見上げると、小さな落書きが目に入った。

 本当なら、今日もいまごろバイトに行っている。

 田中先生も無給なら、お互いに時間を損している。Lose-Loseだ。


「お前、普通に勉強してれば平均点は余裕で超えるだろ。」


「勉強している暇ないです。」


 カチッと、金属音がなる。田中が深呼吸すると、不透明な煙が宙を舞った。


「まあ、学生の本文は勉強だ・・・なんて俺は言わないがな。」


「・・・・」


 ふーっと、田中は白い息を吐いた。

 田中が堂々と煙草を吸い始めたのだ。2年2組の、教室の中で。

 独特の臭いが教室に広がる。


「先生、教室で煙草を吸わないでください。通報しますよ。」


 服に臭いがつくのが嫌なので、教卓前の席から離れる。


「あ?ここ禁煙だったの?どこにも書いてないから吸っていいと思ったよ。」


 自分のこと大人とか言ってるくせに、言ってること子供か。


「学校は普通、禁煙です。」


「柳に普通とか言われたくないなあ。」


 言われてぎくりとする。

 普通、か。

 勉強もろくにせず、バイトばかりしている僕は、普通ではないかもしれない。


「なあ柳、もし本当に進級できなかったら、どうする?」


 柳にとって、その質問は簡単だった。


「学校やめます。」


 前々から、決めていたことだった。


「後悔しないか?」


「しません。」


 はは、と田中は乾いた笑い声をあげた。


「ならいいんだ。悪かったな。休日に呼び出して。帰っていいぞ。」



 *




 学校からの緊急呼び出しときいて、バイトを休んできたのだが、一体なんだったんだろうか?

 田中先生と少し話したら、解放された。


 首をかしげながら、下駄箱の靴を眺める。


「帰るか。」


 下駄箱には誰もいない。今日が日曜日だからだ。


 雑に靴を投げると、パン!と乾いた音が反響した。

 砂埃が舞う。


 お腹がぐう、と鳴った。


 そういえば、朝から何も食べていない。今日も寝不足で、朝起きたら家を飛び出してきた。


「あ、バナナ。」


 そういえばバナナを持ってきていたんだった、と気づく。

 朝、サブカバンに突っ込んで来たが、食べるのを忘れていた。


 今日の昼ごはんは、下校しながらバナナかな。

 昼食の貧相さを嘆きながら、校舎を後にしようとした時、背後から声をかけられた。



「こんにちマツタケ、柳くん。」




 *


 *






「こんにちマツタケ、柳くん」



 靴を履くため、柳の視界は地面だった。


 誰もいないと思っていたので、反射的に顔をあげる。

 頭の中で声を反芻した。


 こんにちまつたけ、やなぎくん


 僕の名前を知っているということは、同じ学年だろうか。

 それと、こんにちまつたけって何?松茸?


 声の主は、昇降口の入り口に立っていた。

 誰かが、腰に手を当てて仁王だちしている。



 髪は腰まで伸びていて、美しい銀髪だった。

 顔立ちは大人びた雰囲気で、するどい目つきをしている。

 透き通る白い肌の中に、浮き上がるような赤い唇がきつく閉じられている。

 風来高校の制服を着ているので、この学校の生徒なのだろう。



「あの、誰ですか?」



 柳の知り合いに、こんな美人はいない。

 これほど派手な容姿をしているなら、一度見るだけで覚えるだろう。



銀杏春家(いちょうはるいえ)。」


「え?銀杏春家?」



 2年2組 出席番号1番 銀杏春家(いちょうはるいえ)

 好きなこと:不明

 嫌いなこと:不明



 柳は出席番号が最後、銀杏春家は最初である。


「同じクラスの、銀杏春家?」


 銀杏春家はうなづいた。


 柳の知る銀杏春家はこんな姿ではなかった。


 黒髪で三つ編み、大きな眼鏡をしていて前髪で額を隠していた。

 いつもうつむいていて、まともに顔を見たことがなかった。

 休み時間も放課後も、誰かと一緒にいる姿をみたことがない。

 柳はバイトばかりに時間を費やしていて友達が少ないが、銀杏は別の理由で友達がいないのだろう、と柳は思っていた。


「雰囲気変わった?」



 雰囲気どころではないが、聞いてみる。


「そうかもね。髪色変わったし。」


 銀杏が目をふせて、美しい銀髪に手櫛を通す。


「それ、ウィッグ?」


「いいえ。」


「イメチェン?」


「まあ、そんなところかしら。」


 休日に趣味でコスプレをしている、というわけではなさそうだった。

 髪色も変わり、眼鏡もはずして、驚くべき変貌を遂げたクラスメイトの姿に、柳は助けを求めるようにあたりを見回す。

 しかし、土曜の学校の靴箱には誰一人として生徒はいない。


「それで、春家さんはどうして土曜にこんなところに?」


「柳君と話すため。」


 即答されて、え、と柳は声を漏らす。

 銀杏の顔を見る。

 なんの表情もなく、まっすぐ柳の方を見つめている


 クラスメイトとして認識はしていたが、話したことはない。

 面と向かって目を合わせたこともなかった。


 それどころか、声も今日初めて聞いた。


 そんな銀杏春家から、柳くんと話すため、と言われている。

 柳が出した結論は、


 友達になりたいのかな・・・?


 だった。


 柳はとりあえず質問をしてみることにした。

 友達になるには、会話が必要だ。


「こんにちマツタケってなに?」


「・・・気にしないで。」


「休みの日なにしてるの?」


「なにも」


「バイトとかしたことある?」


「ない」


「勉強は好き?」


「別に」


「部活動で忙しいとか?」


「部活してない」


「最近はまっていることとか」


「ない」



 ・・・こいつ本当に僕と話しにきたのか!?


 会話が弾む気配が全くしない。



「ごめんなさい。そういう話をしにきたわけではないの。」



 柳の意図をくみ取ったのか、銀杏が断る。


 すると、昇降口に立つ銀杏が、おもむろに右腕を持ち上げる。

 人差し指をピンとのばして、柳の方に向けた。



 そのときだった。


 ズシリと、肩に荷重がかかった。

 柳はセカンドバッグを肩にかけていた。

 肩にひもが食い込む。


「な、なんだ!?」


 銀杏春家が指さしていたのは、柳のセカンドバッグだった。


「そのカバン、破ける。」


 え?



 ギギィ、と魔物の断末魔みたいな音がした。


「—!?」


 脇の下から、奇妙な音が聞こえてくる。

 慌てて手元を見ると、担いでいたセカンドカバンが、風船みたいに膨らんでいる。

 とっさにカバンの紐を肩から下ろすと、勢いよく地面に落ちた。

 砂埃が舞う。


「なんだこれ!重っ!!」


 昇降口で僕の言葉が反響する。

 膨らんだカバンが、鉛のように重くなっていた。

 苦しそうに、カバンがもがいているように見える。



「早く開けないと、破裂するよ。」


 淡々と、抑揚のない声で銀杏春家は忠告する。


 ああもう、と柳は声を荒げてセカンドバッグに飛びつく。


「なんだってんだ!もう!」



 わけがわからない。とにかく、カバンが膨らんで、今にも破裂しそうだ。


 急いでカバンのチャックに手をかける。

 開けないと、本当にカバンが破けそうだ。


「くそっ!開かない!」


 カバンが膨らんでいる。

 内側から圧力がかかって、チャックがピクリとも動かない。


「うおああああ!」


 柄にもなく雄叫びを上げて、チャックを引っ張る。


 カバンを足で押さえ、無理やり開けようとする。



「あ!」


 手応えを感じたその瞬間、


 ビイイイ!


 と、不快な破裂音が聞こえた。


 柳が引っ張っていたチャックを起点にして、セカンドバックはチャックと垂直方向に引き裂かれた。


 勢い余って後ろに一回転する。

 視界が反転する。



「・・・」




 ひっくり返った視界の中に、銀杏春家がいた。


 逆さまの銀髪美女が、ため息をついている。


 銀杏は倒れた柳に手をのばしたりしない。残念そうに、眉を八の字にしている。



 柳はわけがわからず、ひっくり返っていた体を起こす。


 春家の目線の先、昇降口の前、僕の目の前に広がっていたのは———


 黄色い海だった。

 いや、海ではない。

 黄色い何か。

 黄色い何かが地面を埋め尽くしている。


 足元を見る。


 転がってきていた、黄色い何かを拾い上げた。


「バナナ・・・」


 柳がつぶやく。

 それはバナナだった。


「柳君、バナナもってきてたの?」


 銀杏は言う。

 柳はうなづいた。


 確かに朝食用にバナナをもってきていた。


「もってきたけど、一本だけ・・」


 座り込んだまま顔を上げると、あたり一面にバナナが散乱していた。


 昇降口前のアスファルトを埋め尽くすほどの数だ。

 足元のバナナをみて、柳はつぶやく。


「こんな数・・・バナナの輸送トラックでもひっくり返ったのか?」


 バナナバナナバナナ・・・

 一体何百個・・・いや、何千個あるんだ?


「柳くんの持っていたバナナが、増えた。」


 銀杏が言った。

 続けて言う。


「まずいことになった。柳くん、ここから離れよう。」


 柳は銀杏の言ったことを頭で反芻するが、理解できなかった。


 バナナが増えた。

 僕の朝食バナナが増えた。



「・・・立って。柳くん。」


 銀杏の声が、昇降口に響く。


「はやく!!」


 銀杏の語気の強さが、明らかに危険信号を示していた。


 何か、異常なことが起きている。

 それだけはわかった。


 冷気が背筋を伝う。

 気温が下がった気がした。



 ぐう、と低いうなり声に似た音が聞こえた。


 尋常ではない気配を感じる。


 柳は恐る恐る気配の方に目をやった。


 そこには、()()がいた。


 人間ではないなにか。


 化け物、異形、怪物。



 巨大な瞳が、身体の側面に6つずつついている。


 体調はおそらく2メートルはある。


 そいつは、校門の前に落ちたバナナを拾った。



 メキメキメキと、大木が引き裂かれるような音をたてて、化け物の腹が割れる。

 腹が裂けて、鋭い牙が現れた。



 化け物は、落ちていたバナナを、まとめて腹の口に投げ入れた。


 ぐちゃぐちゃと不快な租借音をたてている。



 その様子を、柳はなにも言わず見ていた。


 食べた後、静かに身体中の目がこちらを向いた。






 *つづく



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