第八話 猪鹿馬?
「ボタンって食べたことあるか?」
湯気たつ鍋を挟んで突然ハルキがそんなことを聞いてきた。その視線はテレビに向けられたままだ。
「ない」
経験はないのでそのまま正直に答えた。さらに聞いてきた。
「じゃあモミジは?」
「ない」
そもそもなんでそんな話になるんだ。服に付けるボタンなわけないから花の牡丹なんだろうということはわかる。紅葉もまんじゅうではないだろう。どこかの観光地では紅葉を油で揚げたものがあるらしいが食べたことはない。
今テレビに映っているのはどこかの山に害獣が出たというニュースだ。なぜそれが牡丹や紅葉の話になるんだ。今はどちらも時期じゃないぞ。
意味がわからないままの自分を置いてけぼりにニュースは進む。奈良公園の様子が映し出された。神の遣いが増えすぎて困っているとか話していた。やっぱりわかない。
器に取り分けた鍋の具材が熱すぎたので冷めるのを待っていた。今日は塩ちゃんこにした。いつもは海鮮にしていたが、肉の方が用意するのが楽だとわかった。スープもあっさりして食べやすい。器に盛っては冷ましてから食べるというのを繰り返し少しずつ食べ進めている自分に対し、ハルキは余裕で食べ始め既に自分の倍以上を食べている。
今もまた椀の中身を食べきり次をよそい始める。
「昔食べたことあるがなかなかうまいぞ。なんか牛や豚とは違った感じ。野性味感じる?」
野性味? 何で肉と比較するんだ?
「熊はさすがにないなあ。そういえば熊はそういう言い方ないのかな。馬は桜だったかな」
・・・熊? さっきまで放送していた害獣のニュースには確かに熊の話は出ていたが。それに馬が桜って? そういう種類なのか?
とうに冷めた鍋を食べるのも忘れ、クエスチョンマークを頭一杯に張り巡らせている自分の顔を見て、ハルキは何かを察したらしい。ぶっと突然吹き出しもだえ始める。何かの発作でも始まったのかと思ったら、笑いをこらえているらしい。
「くくく、言っておくが、ボタンとかモミジって植物のことじゃないぞ?」
は?
「ボタンってのは猪肉で、モミジってのは鹿肉のことだ。ついでに馬は桜っていうんだ」
知らないとは意外だなとまだ顔がにやついているのがむかつく。悪かったな、知らなくて。
「世の中の小学生がどれだけ知ってるんだよ」
「悪い悪い、確かにそうだった。おまえ時々子供ってこと忘れるんだよ」
それは褒めているのか。とりあえずにやついていた顔を元に戻しつつ話を戻す。
「花札の猪鹿蝶ってのは知ってるだろ? そこに鹿と紅葉が一緒に描かれているから鹿の肉をモミジって言うようになったんだと」
意外な雑学を披露された。
「じゃあ牡丹と猪は?」
確か花札に猪と描かれているのは牡丹ではなかったはずだ。
「確か肉の色が牡丹みたいだからって話じゃなかったっけ」
桜も似たような理由らしい。※諸説ありと付くが。
「こういう野生動物の肉をジビエって言うんだよ。猪もけっこううまいぞ」
「ふーん」
特別食べたいとは思わないが、ちょっと気にはなる。しかし熊とか逆に人間がやられないだろうか。命がけの狩りだな。害獣は食べられるのかもしれないが、さすがに神の遣いとされる鹿は食べられないだろう。住んでる場所が違うだけで扱いが違いすぎる。鹿とかもなんか昔の人が狩りをしていたイメージがあるのに。
「ああ、そうだ」
鍋の具材をほとんどさらい上げたハルキが何か思い出す。
「兎もジビエでは定番らしいぜ。昔他の肉を食べられない坊さんがこれは鳥だってこじつけつけて食ってたらしい」
「・・・・・・」
自分の足下でくつろいでいたキナコがはっと顔を上げる。大きく開いた目がハルキをにらみつけている。ハルキも言ってから自らの失言に気づいたようだがもう遅い。
キナコがハルキをにらみつけてから自分の方を見上げる。ああ、言いたいことはわかる。もちろん、
やってよし。
ちょい足し設定
ハルキ・・・「いや、まさかキナコを食べようなんて思ってないぞ? ホントだってって、いててて! 痛い痛い! キナコ悪かったって! もう言わないって!
おい、アオも俺の飯に一味大量投入しないで!?(泣)」
アオ・・・後で自分でも調べたら、兎は何で一羽二羽と数えるのか理由も一緒にわかった。「全然鳥に似てない」
ちょい足しのちょい足し設定
キナコ・・・その後しばらくハルキを見るたびにブーブー鳴いたりすごい顔して歯ぎしりしてた。ハルキがご機嫌取り(果物)をあげ続けてやっとやめてくれた。