第六話 カステラのザラメ問題
普段この家の人口は二人の人間と一匹しかいない。それが時折三人になることがある。四人になったことは今のところない。三人目はその時々だが、それも決して多くない。
この日、やってきた三人目はこの辺りでは見かけない菓子店の紙袋を手土産に現れた。
「どうも、お久しぶりです」
空いている方の手を軽く上げ挨拶をする姿を見るのは本人が言うように本当に久しぶりだ。そしていつも同じように挨拶するところから始まる。手土産も同じく。内容は毎回違うものだが、そこら辺はマメだと言える。
「よっ、おひさ~」
ハルキも毎回同じように迎える。何の用事もなくダラダラと寛いでいた平日の昼間。朝食を食べ終わった頃に今日遊びに行くと電話が来て、その予告通り午後三時にやってきた。だからと言って何か準備をするわけでもなく、普段着のまま何もない日と変わらない姿で迎えた。そんな気を遣う相手ではないのだ。
ハルキといつも通りの気兼ねしない挨拶を交わすと、今度はこちらを見下ろしてきた。
「アオ君もお久しぶりです。元気でしたか?」
「どうも。まあ、普通です」
自分が愛想のない子供という自覚はある。ハルキに対してより距離を置いていることも。自分の半分も生きていない子どもにすら敬語を崩さないこの男がうさん臭くて仕方がない。最初は詐欺師か何かと本気で思ったり、今でもけっこう疑ってる。しかしそんなこと思われていると気づいているのかいないのか、男はニコニコと笑いながら無愛想な子供の頭を撫でた。
「はは、普通が一番ですね」
「相変わらず愛想ねえなぁ」
「そこは気にしてないから良いですよ。誰彼変わらず愛想を振りまいてるのよりよっぽどマシですから」
「お前が言うかね」と言うハルキの突っ込みは無視する。
彼はアキヒコ。ハルキの学生時代からの友人だ。昔は春秋コンビと呼ばれ、結構学校の中では有名なコンビだったらしい。それが良い意味だけではないことは想像できたが。というか漢字違うのに何だよ春秋コンビって。
学生時代にはすでに誰にでも敬語で話していたらしく、本人曰く、家に大人が多く出入りしていたから癖になったらしい。そこがさらにうさん臭さを増す要因になっているのだが、本人は直す気がないらしくどう思われても気にしていないらしい。曰く、
「他人がどう思っていようが僕の人生を変えることなんてできないし、関係のない話でしょ?」
と、なかなかな回答をしてきた。結構な性格だ。
まあとにかく、卒業してからもその友情は変わらず続いており、こうやって時々手土産を持って遊びに来る。一緒に食事をすることもあればお茶だけして買えることもあるし、借りてきた映画を見たりゲームをしたりもする。特別な用事もなくやってくる男に遠慮をする必要がないと理解したのは割と早い段階だ。大人二人で子供を七並べで嵌めたあたりから客とは思わなくなった。類は友を呼ぶ。この男もハルキと同じで大概尊敬できない大人だ。
それでもまあ毎回手土産を持ってくるくらいの良識があることは評価して良い。差し出された手土産はありがたく受け取るし、ちゃんとお茶は出す。手土産の内容次第で何を出すか決める。受け取った紙袋には長崎の文字が書かれていた。
「長崎にでも旅行してたのか?」
「いえ、こちらへの手土産を買いにいつもの百貨店へ行ったら物産展をしていたのでそこで買ってきました」
九州・沖縄物産展だったらしい。長崎の菓子と言えば、
「お茶は熱いのと冷たいの、どちらがいい?」
カステラにはお茶だろう。
ハルキはアイス、アキヒコはホットと面倒くさい注文してきたのでどちらかにしろと返したところ、即座に公平な方法で決められた。結果、ちゃぶ台には湯気を出すお茶が三つ並べられている。ハルキがまだブーブー言ってるがそれは無視した。もらい物のカステラを皿に盛りお茶と一緒に並べる。カステラっていちいち切らなくていいから楽だ。
「カステラってなんで底に紙がひっついたままなんだろな。昔気づかずに一緒に食べて、うえってなったことあるぞ」
「ああ、盛りつけるときに剥がれたりもするけどそのまま出しますよね」
剥がしてから出してほしかったならそう言え。フォークも一応出しておく。そのままかじるやつもいると思うが。キナコが匂いにつられたのか近づいてきたが、食べられるものじゃないとわかると残念そうな顔をした。代わりにおやつように買ってあったドライパパイヤをあげた。
まあとりあえず、いただきます。
久しぶりのカステラは長崎直送だけあっておいしかった。カステラを食べながら春秋コンビはどうでもいい話題で楽しんでいる。近所の総菜屋からお気に入りがなくなったとか、外に出た直後鳩の落とし物をもらったとか、馴染みの和菓子屋に新作が出ていたとか、いつもそんな会話を楽しんでは帰って行くのがアキヒコが来た日の光景だ。友人の少ない自分からすれば、そんな長く続く友人が一人でもいることは少しうらやましい。絶対に口には出さないが。
「そういえばこれを買ったお店のおじさんが言っていたんですが、長崎カステラはザラメが付いてるのが本物なんだそうです」
カステラをフォークで食べるアキヒコはカステラの底に張り付いている敷紙を眺めながら言った。
「へえ、なら付いてないのは偽物?」
「おじさんが言うには。ただ付いてないやつも使ってないのではなく、溶けて見えなくなってるだけだそうです」
ならちゃんとザラメが付いているのは溶ける前のやつということか。まあそこら辺のこだわりはプロ故なのかもしれないが。
「そもそもザラメって好き嫌いあるよな。俺は付いててもいいけど」
そう言いながら二つ目のカステラにかぶりつく。敷紙は持ち上げたときすでに剥がれて皿に残されていた。
「僕も特に気にしませんね。どちらもおいしいんじゃないですか? 長崎の方が甘いらしいですが。アオ君はどうですか?」
わざわざこちらにも聞いてくる。ここでなし派だと言ったらどうなるんだ。好きでもないものを持ってきてしまったと嘆くのだろうか。まあそんな意地悪をわざわざしないが。
「別に、どっちでもいい」
本音だから、気を遣ったわけではない。
「そう、なら良かった」
こういうことを気にするあたりはハルキより大人なのかと思う。世渡りがうまいだけかもしれないが。
「わざわざザラメ付ける必要あるのか? なくてもいいってやつがいるならそれでも良かったんじゃん?」
カステラ職人や店のおじさんの怒りを買いそうなデリカシーなしの発言をするハルキに、やはりこいつよりはマシかと改めて評価する。
「おじさんに聞いてみたら、昔長崎から京都とかに運ぶのに保存性を高めるために付けたのが始まりなんだそうです」
そこはすでに調査済みか。
「ふーん、先人の知恵ってやつか」
初めて聞く雑学に感心しているハルキ。
「長崎は貿易が盛んで砂糖がたくさん手に入ったらしいですね。あと砂糖をたくさん使った方が贅沢感も出ますし」
だから九州の料理やお菓子は甘いものが多いのだとか。
「まあうちが元祖だとか、本家だと言ってる店がありますが、結局売れたもん勝ちですよね。客からしたらどうでもいい話なのかも」
正統派やオリジナルが万人受けするとは限らないですし。
この丁寧な口調から飛び出す毒舌。顔は笑顔を絶やさないくせに飛び出す言葉は毒のこもったマシンガン。
それに対しハルキも、
「お前、相変わらずだよな。その笑顔と言葉遣いに騙されて近づいたやつ、みんな一〇分もしないうちにノックアウト。京都に行った時もそうだったし」
なんでも修学旅行で京都に行った際、観光地や駅で見かける八つ橋の店名につけられている『元祖』や『本家』といったうたい文句に対しても同じようなことを言って店のスタッフを凍らせたのだとか。
いや、せめて関係者には聞こえないように言えよ。これが他人にどう思われてもかまわないというこいつの配慮のなさだ。
前言撤回、こいつも大変失礼なやつだった。九州の皆様、もうしわけありません。物産展のおじさん、次会ったときはこの二人殴ってもいいです。
「そういえばカステラって和菓子? 洋菓子?」
突然の疑問その二をあげるハルキ。二つ目も食べ終わり満足したらしい。それに対しアキヒコ。
「ケーキという感じではないから和菓子じゃないですか?」
こちらも二つ目を完食。
「でも外国から来たんだろ?」
「ケーキ屋には売ってないですし」
「あーそうかも」
「でも最近和菓子屋にマドレーヌとか売ってますね」
「アイスも売ってた」
「アイスは前からありましたよ。アイスどら焼きとか」
「前に買ったアイスどら焼き、意外とアイスもうまかった。和菓子屋なのに」
また話が少し逸れて行っている。
「アオ君はどっちだと思いますか?」
どうでもいい。ズズっとちょうどいい温度に冷めたお茶をすする。
「お茶が合うから和菓子」
ちょい足し設定
ハルキ・・・ 昔ちょっと流行ってた半熟カステラを試しに食べたら生焼けのケーキみたいだと思った。台湾カステラはまだ食べたことないので試してみたい。八つ橋は修学旅行で買ってきたチョコが好き。でも店の名前は忘れた。
アオ・・・ザラメは付いてても付いてなくてもどっちでもいいが、しっとりしてる方が好き。そういえば切られてないカステラって見たことない。八つ橋は店にこだわりはないが生八つ橋(あんこが入ってないやつ)が好き。
ちょい足しのちょい足し設定
アキヒコ・・・カステラを見ると子供の頃牛乳パックで作ったカステラを思い出す。八つ橋は元祖でも本家でもなんでもいいけど焼いてある方が好き。ハルとアキの漢字についてはご想像にお任せします。