第五話 映画鑑賞のお供
月に一回か二回、映画鑑賞をすると決める日がある。と言っても映画館に行くとかじゃなく、家の中で借りてきたブルーレイを見るだけだ。見るのも映画とは限らずドラマだったりドキュメンタリー番組だったこともある。ただ映画のほうが一気に見られるのでそちらの方が多い。
その日は特に条件を付けているわけではない。ただふと見たい映画があればじゃあ見るかと決めて、数日内、早ければ翌日にでもレンタルショップに行って借りてくる。ジャンルもその時々で変わる。話題作だったり、何年も昔の人気映画だったり、超マニアックなものまで、とりあえず見たいと思ったら周りの評判も気にせず見ている。
ただ映画を見ると決めたら用意するものがある。映画鑑賞のお供、飲み物と軽食だ。一度見始めると基本的に終わるまで席を立つことはしない。なので予め準備はしっかりしておく。各々が自分の飲み物を用意し、あればおやつも一緒に出してテレビの前にスタンバイする。トイレも済ませ、カーテンを閉め後は再生ボタンを押すだけ。
映画のお供はその季節で変わった。
春の陽気な日、ハートフルな動物映画。俺はコーラ、アオはウーロン茶。
夏の猛暑日、クーラーの効いた部屋でアクション映画。俺はサイダー、アオはオレンジジュース。
秋の木枯らし吹いた日、全国的有名なアニメスタジオの最新作。俺はジンジャーエール、アオはリンゴジュース。
冬の冷たい風が窓をたたいた日、ハラハラさせるサスペンスもの。俺はココア、アオはミルクティー。キナコは時々リンゴとかをもらっていた。
そんな風に二人と一匹だけの映画鑑賞会はもう何度目なのかすら覚えていない。特別映画好きというわけでもないが、こうして定期的に見るくらいには好きなのかもしれない。
今もレンタルショップで借りてきたホラー映画を見終わったところだ。エンドロールが流れるころには用意していた飲み物は空になっている。ちなみに今日のお供は俺が冷たいカルピス、アオがアイスカフェオレだった。まだ牛乳なしでは飲めないらしい。ついでにポップコーンも買ってきていた。映画館のおやつと言えばポップコーンだが、音もあまり立たず、それなりに量があって映画中に飽きないからお供にぴったりある。映画館でポップコーンを売り始めた人はナイスアイデア賞を差し上げたい。これがクッキーやせんべいなら食べる音がうるさくて映画に集中できず、映画館から追い出されるだろう。
ちなみに一度お供にチョコを用意していたら暑さで溶けてしまい、さらにそれが服に付いてしまったりと映画どころではなくなってしまった。それ以来暑い日のチョコはやめた。
エンドロールもそろそろ終わりといった感じ、今まで映画に集中していた脳みそが覚醒し始める。作品自体は子供のころはやった学校を舞台にした怪談ものだ。
トイレの花子さん、走る二宮金次郎像、メリーさん、テケテケ。オーソドックスなお化け大集合の学校で子供たちがあっちへ逃げ、こっちに隠れ、ちょっと謎の存在に助けられたりしてなんとか生還する。エンドロールが流れた時にはほっとした雰囲気になる。いや、怖がってはいないぞ、ただやっぱりちょっとぞくっとするものはあるが。こわがりってわけじゃないんだからな。突然子供たちの背後から現れた血まみれの女に驚いただけだぞ。
飲み終わったコップの中には溶けた氷が残した水だけが残り、今日の映画鑑賞は終了。コップを持ってキッチンへと向かう。
「今日の映画、どうだった?」
いつもの通り感想を聞く。ちなみに内容に興奮したりのめりこんだりしていると聞かなくとも話し出す。今日はそういう気分ではない。
アオはいつもと変わらぬ顔で答える。
「別に、普通」
「そっか、まあ子供にはそこそこ怖かったかもな」
俺はそんなに怖くはなかったけどと付け加えておく。アオは興味もなさそうに持ってきたコップを洗い場で水につける。
「怖くなかったのか?」
「まあな。ただ昔見たこともあるやつだし懐かしいとは思ったけどな」
多分アオはテケテケとか知らないだろうし、二宮金次郎像のある学校にだって行ったことはないだろう。ちなみに俺の学校にも二宮金次郎像はなかったが上半身だけの人体模型はあった。あれでは走れないな。いや、ワンチャン上半身はいつくばって追いかけてくるかもしれない。人体模型とテケテケの融合? 走るたびに色々出てきそう、ってそれはテケテケも同じか? もはや想像したら別の意味で怖いわ。ホラーというかスプラッターだわ。
まあ所詮は子供向けのホラー映画。夏休み特集でやっていたから久しぶりに見てみようかと思ってチョイスした映画だった。もういい年した大人が怖がるには幼稚すぎる。最新技術で作られたホラーに比べたら張りぼてのようなものだ。かえって昭和感が出てて不気味に感じられる部分もあってそこは評価されてもいいが。
「ふーん、そうか」
子供のアオにとってはどうだったのか。多分怖いとは言わない。自分からそんなこと言わない子供だ。たとえ映画の終盤、ずっとキナコを抱きしめ続けて、珍しくキナコの方から逃げ出そうとするくらい強く抱きしめすぎていたとしてもだ。
アオはそれ以上何も言わず新しい飲み物を用意し始める。俺ものどが渇いていたので一緒にいただくことにする。
外でセミが鳴き始める早めの夏日。アオが新しく入れてくれたのは湯気が立ち上るくらい熱々のほうじ茶だった。