第四話 真夜中の背徳
真夜中、ゴソゴソと怪しげな物音に目を覚ました。キナコが起きたのかと思ったが、自分のすぐ枕元で眠っている。物音はこの部屋ではなく隣の部屋から聞こえるようだ。枕元の目覚まし時計を見れば、蛍光塗料の付いた針が午前三時頃を指している。まだカーテンの向こう側、外は夜の顔で、太陽が顔を出すのはまだ少し先になる。
寝ぼけた頭で中途半端な時間に起こされたことに怒りを覚えつつも、まだ寝ていたいという欲求が打ち勝つ。どうせ誰かなんて隣のからになっている布団を見ればわかることなのだから放っておけばいいと思ったのだが、物音だけでなくにおいまでしてきた。どうやら物音の犯人はふすまをきちんと閉めていなかったらしい。ふすまの方を見ればふすまの隙間から光が差し込んでいる。わずかな光も闇に慣れていた目にはいつも以上にまぶしく感じられた。ふすまを閉めに行くのも億劫だが、どうせ布団から出なければならない。
諦めることを選択し、名残惜しい布団のぬくもりから抜け出した。寝ているキナコを起こさないようにと静かにしたつもりだったのだが、起こしてしまったらしい。ごめん、と謝り優しく撫でてやるとすぐにまた夢の世界へと帰って行った。
今度こそ起こさないように静かに畳を踏みしめ、ふすまをそっと開く。開いた先は今までいた寝室よりは明るいが薄暗い。どうやら明かりが付けられているのはキッチンだけらしい。居間を通り抜けキッチンへ向かうと一気に襲いかかってきた光に目を細める。視界が光に慣れてきて、見えたのはテーブルに着席し目の前のカップヌードルに箸を入れ持ち上げたところで固まっているハルキだった。
だいたい予想通りの光景にため息が出る。
「・・・こんな時間に何やってる?」
「いや、腹が減って眠れなくて。そういうおまえは?」
聞いてきたハルキに寝室のふすまを指さす。今度はきちんと閉めてきたふすま。それを見てハルキも自分の落ち度に気づいたらしい。
「あー・・・、すまん」
「次からは気をつけろ」
もう今更寝直すにしても眠気が覚めてしまっている。せっかく起きてきたのだからとコップに水を入れて一気に飲み干した。のどは多少渇いていたが、腹が減っていたわけではない。なのにこの香りが、真夜中というシチュエーションが、ないはずの空腹感を誘発してくる。
湯気立つそれに思わず目が釘付けになってしまった。そんなに食い意地がはってるつもりはないのに。その視線に気づいたハルキが
「おまえも食うか?」
とそれを指さした。
こんな時間にこんなジャンクなものを食べては体に悪いとわかっている。ダイエット中の女子でなくてもやめておくべきだ。なのに、
「・・・食べる」
誘惑に負けた自分を責めるのは朝になってからでいいだろう。
ハルキは返事を聞くやいなや、小さなどんぶりと箸を用意し、完成済みのラーメンを半分ほどそちらへ器用に移した。
「ほい」
差し出されたどんぶりの前に座り、
「いただきます」
と朝食よりも早い食事の挨拶をすることとなった。
ハルキがズルズルと勢いよく麺をすする前で、フーフーと息を吹きかけてもまだ熱い麺をゆっくりとすすった。熱々の麺にまとわりつくスープ、何でできているのかわからない通称謎肉、わずかばかりのネギをよけながら少しずつ食べ進めていく。
「半分でよかったのか?」
元々一人前を食べるはずだったハルキは特に気にした風もなく、
「いいのいいの。やっぱ夜中に食べるのはあんまよくないし」
よくないのはわかっていたらしい。
「ならなんでカップヌードルなんだ?」
他にも食べるものはあったし、カップヌードルなんかよりは体に良い物もあったはずだ。だが、
「いや、真夜中のテンションというか、背徳感がたまらないというか」
後ろめたいことをしているのに、それが快感となってしまうことがあるのだと。もちろん犯罪や人に迷惑をかけない範囲で。この場合、痛い目を見るのは自分の胃腸だけだ。
まあ、実際の話、人間というのは不思議なもので、そのときのシチュエーションや体調で同じ物を食べても満足感や幸福感、味覚まで変わってしまう。それを考えるとこの時間のジャンクフードは一番うまくて、やめられない理由なのだろう。
「それにこの時間に食べるラーメンはうまいし」
確かに、と同意した。
真夜中のジャンクフードや甘い物は麻薬。朝になって鏡を見て、ぱんぱんにむくんだ顔を見て後悔しても遅し。
ちょい足し設定
ハルキ・・・翌日ふくれあがった顔を前に後悔。でもきっと一月もすれば食品庫の扉を開けている。こうして備蓄のカップヌードルは消費されていく。好きな味はシーフード。
アオ・・・むくみはすぐ消えたのは若さ故。でも成長期にはよろしくないのでやっぱりやらない方がいい。オーソドックルなオリジナルが一番好き。