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第三話  マカロンの悲劇

食べ物・料理等への感想は一個人の意見・偏見によるものなので、批判・中傷のつもりはまったくありません。


 本日快晴、春一番が吹いた穏やかな一日。窓の向こうからは子供の笑い声、鳥のささやき。それらに心は和み、ゆっくりと昼寝をしても罰は当たらないだろうと意識は現実逃避を試みているが、目の前に広がるブリザードは春の陽気ですらかき消せないほどに冷え切っている。

 春の木漏れ日が降り注ぐ室内、甘い砂糖の香り、余熱は終わって出番を待ちわびているオーブン、テーブルには長い時間と手間をかけて作られ、後は焼くだけで愛らしい菓子になるはずだったものたちの無残な姿。そしてそれを前にして呆然と立ち尽くす子供、アオの姿。窓から入ってくる穏やかな春風さえもこのときだけは八つ当たりしてしまいたくなる。

 素直にするべきことをすべきだと天使の姿をした善意が促す。それを悪魔の姿をしたプライドが大人としての威厳はどうしたと非常識な主張をして止めようとする。十以上も歳の離れた子供に頭を下げる、大人としてのプライドがそれを許さない。そう、たとえ己が悪いとわかっていても、大人としての傲慢さが正義や常識を否定することもある。必死に止めようとする天使とそうだそうだとはやし立てる悪魔の声を振り払い、心を決める。

 そう、今すべきこと、言うべきことは、


 まずは堂々と体を正面に向く。膝を曲げ床フローリングの床に付け正座の姿勢になる。両手の指をそろえて床に付け、最後に上半身を額が床につくまで九十度前に倒す。それら一つ一つの動作をゆっくり丁寧に行い、最後に〆る言葉は、


「申し訳ありませんでした」


 悪魔が不満げな顔で何でだよっと突っ込んでくる。天使があきれた顔でため息を吐く。

 まず本意でもわざとでもなくても、悪いことをしてしまったときはちゃんと謝りましょう。それが大人というものです。






 そもそもなぜこのような悲劇が起きたのか、起きたのはわずか数分前の出来事である。

 穏やかな陽気は前日から続いていた。その日、二人は特に何かする予定もなく好きなようにくつろいでいた。いつ買ったか覚えていない雑誌、今はやりのお菓子特集と大々的に書かれた表紙。ポップな表紙を開けば流行の菓子とそれを売りにしている人気店がいくつも書き連ねられていた。その中にマカロンの写真を見つけたのがことの始まりだ。

 マカロンの存在はもちろん知っていた。おしゃれでかわいいと女子に大人気の洋菓子で見た目は小さくカラフルでハンバーガーみたいなやつだ(こう説明すると女子に不評だった。なぜだ)。最近はちょっとおしゃれな洋菓子店やコンビニにすら売ってたりする。ただ見たことはあっても食べたことはない。まず見た目にそそられない。ピンクや黄色まではまだしも、青いものすらあるそれはカラフルすぎて犯しというよりおもちゃか女子のおしゃれグッズみたいだ。しかも一つあたりの値段が高すぎる。一口か二口で食べ切れてしまいそうな小さな菓子が一つで約三百円もするという事実に目を疑ってしまった。

 いやいや、あり得ないだろ。ほんの十年か二十年前なら百円あれば駄菓子が小さな籠一杯分買えたんだぞ。アイスを一個買うこともできたんだぞ。今だって板チョコ一枚くらい買える。その百円玉を三枚もそろえてマカロンがやっと一個買えるという事実に世の中の女子は納得しているのか。いや、納得しているどころか当然だと言って二つ三つと買って写真を撮るんだろう。

 とぶつくさ言いつつもページをめくってたら『難しい? 大丈夫! 初心者でもできる簡単マカロンの作り方』という項目を発見。あれって一般家庭で作れるものなのかと感心しながらレシピに目を通すと、『アーモンドプードル』とか、『マカロナージュ』とか、聞き慣れない単語がいくつも出てきた。プードルって犬の種類じゃなかったっけ? 元々の難易度がわからないのでどこが簡単なのかまったくわからない。そもそもそんな本格的な菓子作りをしたことがない。せいぜいホットケーキやプリンくらいだ。

 すぐに作ることをあきらめ雑誌を放り出すと、ちょうど読んでいた本から顔を上げたアオと目が合った。

「本を放り投げるな」

「休憩だよ休憩。そうだ、お前マカロンって知ってるか?」

 ふと思いついて尋ねてみると、アオは小さな頭をかくんと横に倒した。

「何だそれ」

「お菓子だよお菓子。女子風に言うとスイーツ? まあどっちでもいいけど。こんなの」

 そう言って一度放り出した雑誌を手に取り適当にページをめくる。すぐに先ほどのレシピが載ったページが見つかった。完成イメージの写真を指さすとアオは「ああ」とようやく合点がいった様子だった。

「百貨店にこればっかりが並んでる店があった」

 百貨店の菓子売り場に何の用があったのかは聞かなかったが、見たことはあったらしい。ただやはり食べたいと思えるものではなかったらしい。

「こういう色と形の石鹸かと思った」

 まあ食べ物には見えないよな。

「これ、ピンクや黄色はともかく、青いのとかは何味なんだ?」

「ブルーハワイとか? あとはサイダーとか?」

 かき氷じゃないだろという突っ込みはおいといて、材料欄を見るとどうもあの派手な色は着色料で付けているらしい(ココアとかで色を付けているのもあるんだとか)。やはり味より見た目を重視したお菓子な気がする。

「これ、食べたいのか?」

 見せられた雑誌を指さしアオは聞いてくるが、

「いや、どんな味なのかは気になるけど」

「作るのか?」

「うーん、なんか難しそうというか、よくわからんというか」

 かと言って買ってくるのか? これを? 男が? 何の罰ゲーム? ホワイトデーはもう過ぎてるぞ。プレゼントですか? と聞かれた時正直に自分用ですと答えるのか?

「なしだな」

 少なくとも買ってくるのは。

 そうそうにあきらめた俺は雑誌をアオに押しつけごろりと横になる。今日はごろごろ昼寝でもするか。そう思っていたがアオの方は渡された雑誌をガン見している。レシピが載っているページだ。

「これ、卵白と粉糖(粉状の砂糖)とアーモンドプードルがあれば作れるらしい」

「らしいな」

 うん、知ってる。俺も読んだから。それ以上は何も言わずレシピをじっと隅から隅まで目を通しているアオ。そういえばこいつはけっこう凝り性で意外にもチャレンジャーだよな。特に料理に関してはいろいろ珍しい料理やどこかの店のメニューやお菓子を再現しようとしたり、一つの料理をより良くするにはどうすればいいかを作る前に調べまくったりする。料理を作る前の準備の方がよっぽど時間がかかる。前にカレー一つ作るのにどのレシピがいいのか、隠し味やらコツやらを本やネットで調べまくってた。

 だいたい俺の予想は正しくて、その後買い物から帰ってきたエコバッグの中には夕食の材料と一緒に見慣れないものが入っていた。アーモンドプードルって普通のスーパーとかで売ってるんだな。あと粉糖も買ってきてた。普通の砂糖やグラニュー糖じゃだめらしい。お菓子って繊細なんだな。ちなみにアーモンドプードルってのはアーモンドの粉らしい。焼き菓子とかによく使うんだって。なんか犬の種類みたいだなって思ってた。

 そしてその日の夕食に食べたカルボナーラは普通にうまかった。




 翌日、昼食を早々に終えたアオは、さっそく菓子作りの準備を始めた。レシピだけじゃなく動画サイトとかも参考に一つ一つ丁寧に作業を進めていく。マカロナージュってのはマカロンを作るときに材料を混ぜる動作?らしい。なんか混ぜてはボウルになすりつけたり練り練りって、なんか小学校の時によく食べた駄菓子を思い出す。マカロナージュじゃなくてねるねるねーるだったのか?

「うまくいきそうか?」

「よくわからない」

 お菓子じゃなくて魔女の実験をしてる気分だ、そうだ。そもそも正解がよくわからない。焼いてみないと成功か失敗か判断できないらしい。

 まあへたに俺が手を出しても邪魔だろうし、本人が真剣にやってるんだから一人でやらせとこう。手伝わない理由をそう位置づけて俺は心の中で応援をしつつ春の陽気を満喫することにした。

 そんな会話をしていたのが一時間ほど前。その後何があってこのような悲劇が起こされたのか。

 その後の一時間は特に問題がなかった。マカロナージュをたぶんこれでいいんだろうと終わらせ、天板の上に絞り出し、テーブルの上に並べ乾燥させていた。なんでもしっかり乾燥させるのがポイントだそうで、マカロナージュと並ぶくらい大事なことらしい。材料にアーモンドプードル(小麦粉より高価らしい)を使ったりこれだけ時間をかけたりと、やたら値段が高いのはこのあたりが理由なのかもしれない。

 生地を乾かしている間にアオは使った道具の片付けをしていた。俺は乾燥中の生地を横目にふらりとキッチンにやってきて冷蔵庫からジュースを取り出した。そこからしたことは特に意味があるわけではない。ただ他の部屋の窓は開いているのにこのキッチンの窓だけが開いていないことに気づき、せっかくいい天気なのだからと窓を開けた。ただそれだけなのだが、それがいけなかった。

 窓を開けた瞬間、ふわりと春一番の風が吹き込んだ。外から家の中へと流れ込んできた風はまるで遊ぶかのように室内を駆け回り、カーテンや俺の髪だけでなく朝置きっ放しにしていたチラシも舞いあげた。確か近所のスーパーの広告だったかな。朝食の時に適当に目を通した後、何も考えずにそのあたりに放り出してそのまま忘れていた。

 その瞬間を俺もアオも見ていない。俺は突然の風で髪を乱されたから慌てて直していて、アオは余熱の終わったオーブンの様子をのぞき込みに行っていた。だからここから先はおそらくそうであったろうとの予想だ。

 風に遊ばれたチラシはふわりと天井近くまで舞い上がった後、ひらひらと花びらのように地上へ落ちてきたのだろうが、その落ちた先が悪かった。そこにはアオが二時間近くかけて作り、いよいよオーブンに入れようかと待ちわびたマカロンの生地が並べられていたテーブルだった。チラシ自体は重くない。だが乾かされていたとはいえ、焼く前のマカロンはべたべたしている。軽く触れる程度ならまだしも、チラシ数枚の重さに耐えられるものではなかった。下には未完成のマカロン、舞い降りてくるは数枚のチラシ。

 さて、その結果は・・・・・・現在目の前にある惨状である。




 結論として、アオは何も言わなかった。目の前の惨状も俺の誠心誠意込めた謝罪にも、何の反応も示さなかった。たぶん最初は何もできなかったのだろう。怒るでも悲しむでもなく、ただショックで呆然と突っ立っていた。そのまま三分くらいどちらも動けずにいたが、実際にはもっと長く感じた。ようやく動き出したアオは何も言わずマカロンになるはずだったそれをベトベトになったチラシと共にクッキングペーパーごと丸めて生ゴミ用の袋に突っ込んだ。何の躊躇もなく。そして役目を始めることすらできなかったオーブンの電源を切ると、わずかな甘い香りだけ残してキッチンはいつもの姿に戻った。

 さすがに俺も立ち上がっていたが何もできずその様子をただ眺めていただけだった。あれだ、何かを壊して怒られたとき、何ができるわけでもなくそれを片付ける親の背中をじっと見ていた子供の頃のあれと同じだ。

 すべて終えるとアオは何も言わないまま、俺と視線すら合わせないままリビングに移動し、まるで菓子など作っていなかったかのように本を読み始めた。泣いているのかと思ったが、肩は震えていなかった。

 突然足の痛みに驚く。足下を見てみると毛玉が俺の足をかじっていた。茶色い毛玉がガジガジと俺の足の指先を靴下ごとかじってる。いや、痛いんだけど。飛び上がるほどじゃないけどそこそこ痛いよ。なに、お前がアオの代わりに怒ってるの? お仕置きなの、これ? 人間じゃないくせに察しが良すぎるよお前。というかほんとに俺には懐かないね。未だにだっこさせてくれないし。

 ある程度かじって満足したのか、毛玉ことキナコは俺の顔をじっと見上げフンフンと怒ってるんだぞアピールして、後はさっさと俺のそばを離れアオの方へ行ってしまった。

 キナコは俺に対しての態度とは打って変わり、アオの足に自分の顔をすり寄せていた。アオはそれに対し頭をなでてやってから抱き上げ、自分の膝の上にキナコを乗せると抱え込むかのように本を再び広げて読書を再開した。

 俺はというと、何をしたらいいのかわからずそれを黙って眺め突っ立っているだけだった。

 何をすればいいのか、何を言えばいいのかわからない。マカロンを買ってこればいいのだろうか。いや、あの様子からするとアオは別に食べたかったわけではないだろう。作りたかったのか、なら材料を買い直してこればいい話なのか。それで買ってきて、もう一度作れと言うのか? それも何か違う。まだ泣かれたり怒られたりする方が何倍もマシだ。かと言って時間が経って風化することを期待してはならない。

 結局夕飯までまともな会話はできなかった。無視されるわけではないが、余計な会話は一切せず必要再現だけ話し、夕食を食べ片付けをし、そのままキナコをつれて布団に潜り込んだ。

 俺はというとすぐには眠れず一人キッチンに残りどうしたものかと考え込んでいた。目の前に広げられているのは例のレシピ。きっとあそこまでたどりつくのに苦労したんだろう。その苦労を無駄にしたのは俺だ。だが果たして、その苦労はどれだけのものだったのか、俺は自分が台無しにした時間と努力をどれだけ理解しているのか。

 もう一度謝るにしても、それを理解した上でするべきではないだろうか?

 そこに至った俺は冷蔵庫の扉を開く。そこには真っ白で罅一つない卵。これが正解なのかはわからない。ただ今俺ができること、思いつくこと、それを実行するしかない。




 朝、一番開店の早いスーパーに開店と同時に飛び込む。スーパーのメインと言える野菜、肉、魚、それらを順番に素通りし、広いスーパーの中でもわずかなスペースしか設けられていない製菓コーナーへまっすぐ向かう。家庭でもよく使われるホットケーキミックスやフルーチェの素などに目もくれず、目当てのものを探す。それは狭い製菓コーナーの中でも一つだけ、少量のドライフルーツや粉糖、チョコチップなどと一緒に並んでいた。目的のものが見つかったことにまずは一安心、それだけ持ってレジへ並んだ。朝一番でアーモンドプードルだけ買いに来る成人男性、きっとしばらくこのスーパースタッフのネタになるだろうなとレジスタッフの視線から予想できた。明日からしばらくこのスーパーに来るのはやめよう。

 とにかく無事に材料はそろえることができた。マカロンの材料は単純だ。卵白に粉糖、そしてアーモンドプードルのみ。あとは間に挟むジャムやチョコなどがあればいい。卵は冷蔵庫に残っていた。粉糖はまだ残っている。アーモンドプードルは手に入った。

 家に戻るとアオは律儀に「おかえり」と行って迎えてくれた。それ以上は何も言ってくれなかったが。元々おしゃべりな方ではないアオだからそれが普通と言えばそうかもしれないが、そこはそれなりに長いつきあいだからこそわかるものなのかもしれない。俺が買い物に行った理由についてアオは何も聞かなかった。早めの昼食を終えた後もリビングでキナコと戯れたり本を読んだりしてくつろいでいた。

 俺は昼食の片付けを早々に終え、買ってきたものと家にある残りの材料をキッチンのテーブルに並べる。そして広げられたレシピ。

 いざ、調理開始!




 初めて十数分後、この菓子がいかにめんど、ではなく難しいものなのかをすぐに理解する。まず卵を卵白と卵黄に分けるという作業を初めてした。殻を使って分ける方法もあるらしいが、初心者がいきなりやるのは不安でしかないのでおとなしくボウルに割り入れてからスプーンで卵黄だけ取り出す安全策でいく。残った卵黄はとりあえず冷蔵庫に戻しておいた。まだこれは序盤、難易度マックスの作業が始まる。マカロナージュと呼ばれる作業だ。ようするにボウルの縁に混ぜた生地をこすりつけながら混ぜる作業だ。やはり駄菓子のあれに見えてくる。動画サイトで予習したがこれが果たして合っているのかよくわからない。そもそもホットケーキレベルのお菓子作り初心者がやるような難易度の菓子ではない。ホットケーキが☆ならマカロンは☆☆☆☆ぐらいはありそうだ。

 俺がキッチンで慣れない作業に苦労していると、

「そうじゃない、それじゃあうまくできない」

 作業に夢中でアオがキッチン入ってきていたことに気づいていなかった。キナコはリビングに残してきたらしい。そのまま俺からボウルを受け取るとそのままマカロナージュする(この言い方、合ってるのか?)。二度目ということもあってか慣れた様子だ。いったいどこまですればいいのかわからないが、アオはレシピにある通り何度か混ぜては少し生地を掬っては垂らすという動作を繰り返す。たれ落ちていく生地の様子を真剣に見てようやく満足したのかボウルをこちらに返してきた。そして天板にオーブンシートを広げた。やはり手伝ってくれるつもりらしい。昨日自分が作った菓子を駄目にした男が翌日その菓子を作る様子をどんな気持ちで見ていて、そして手伝う気になってくれたのか。その理由は聞けなかったが、たぶんアオは俺が思っているよりも優しいのだろう。ただ少しうれしいような気分になってにやにやしてたら気持ち悪い顔してないで動けと言われた。はいはい、でも気持ち悪いはないだろ。

 絞り袋に入れた生地をオーブンシートに絞り出し、このまま乾かす。ここまでが昨日できた状態だ。これ以上の姿を俺もアオも見ていない。ここからは未知数だ。

 あと一時間以上は乾かさないといけないのでその間に使い終わった道具を洗う。もちろん窓は開けない。並んで洗い物をしている最中だがやはり並べられた生地が気になる。それはアオも同じらしく手を動かしながらもチラチラと背後のテーブルの方へ視線を向けている。

「うまくできるかね?」

 昨日とは似ていて少し違う問いを口に出す。

「さあ、わからない」

 アオは似たような答えを返す。

「そうだよな」

 お菓子というのは完成してみないと成功したかどうかわからないところがある。失敗してしまえばどれだけ焼いても取り返しがつかない。料理のようにちょっと調味料を足したりとかそういうのでなんとかなるものではないのだ。

「お菓子って大変なんだな」

「そうだな」

「マカロンって難しいんだな」

「うん」

「なあ」

「なに?」

 ここでもう一度謝るべきかと思ったが、口にしたのは違う言葉だった。

「ありがとな」

 見上げてくるアオの顔が驚いたものとなっていた。

「手伝ってくれて」

「ああ、そのことか。別に、かまわない」

 たぶん、間違ってなかったと思う。少し笑ったような顔に見えたから。そういうば、

「ところで、なんでマカロンを作ろうって思ったんだ?」

 確かに料理でもいろいろと研究熱心でやり始めたらいろいろと凝るアオだが、だからと言って特別料理好きというわけでもない。ましてや菓子などその半分も作ってはいない。俺よりは作れるがそれだけだ。チャレンジャー精神が働いたのかと思ったが、苦労の割に合うものかと言われるとなんか違う気がしてきた。

 アオはすぐ返事を出さずしばらく無言のまま考え込んでいた。言うべきか言わないべきか迷ってる感じだ。だが結局言う気になったらしい。

「あんたが、食べたいのかと思ったから」

 あと、どんな味なのか俺も気になったから、という追加の理由は恥ずかしさからだろう。水を流す音で聞こえにくかったがしっかり聞こえていた。今度は俺が驚く番だった。つまりは俺が気になっているが買ったり作ったりするのは嫌だからと言ったから、自分が作ってやろうと。

 やっぱり優しいな、こいつ。

「そっか、ありがとな」

 二回目の感謝は手も一緒に動いていた。踏み台に乗っていつもより近くなっていた頭をワシワシとなでた。もちろん洗剤は洗い流した手で。

「ほんといいやつだな、お前」

「なんだそれ、意味わからない。それよりも髪が濡れるからやめろ」

 照れくさそうに俺の手を払う様子がほほえましくて、またにやにやしているのを気持ち悪いと言われてしまった。

 なんかマカロンが成功しようがしまいが、どっちでも良くなってきた。きっとどちらでも最後は笑える気がした。



 ちょい足し設定


 ハルキ・・・できあがったマカロンはうまくできたが食べてみるとひたすら甘かった。あとメレンゲの食感が不思議な感じ。おしゃれな最中みたい? やっぱり高い金を出して買いたいとは思わなかった。

 アオ・・・マカロンが成功して実は結構うれしい。でも味は特別好みではなかった。それよりも残った卵黄をどうしようか夕食のメニューを考えるのに忙しい。



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