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第二十二話 子供と油


 揚げ物を作るようになったのは料理を初めてかなり経ってからのことだった。料理初心者に揚げ物は難易度が高かったのと同時に危険だったからだ。大量の油が注がれた鍋は火山のマグマのように沸々と泡立ち、跳ねてくる油から逃げるようにおっかなびっくりに食材を鍋に入れていたのは始めたばかりの頃によく見た光景だ。

 始めたばかりの頃も揚げるのはハルキの役目だった。そのハルキだって衣の付いたエビのしっぽをつまみ、そっと鍋に落としてはすぐさま逃げる有様だった。今ならそのやり方の方が跳ねやすくて危険だとわかっているのだが。

 第一揚げ物は準備も後片付けも面倒だ。小麦粉に卵、パン粉が必要な時はそれも、それぞれ別の器に入れて順番に衣を重ねていく。そのたびに指がぐちゃぐちゃに汚れた。揚げた後も残った油の処理や油が飛び跳ねたキッチンの掃除などいろいろと手間がかかる。

 そういった手間暇と危険を理解しながらも作るのは、やはり揚げ物が好きだからだろう。

 最初の頃、揚げ物を一人で作ることが許されていなかった自分ができるのは油をあまり使わない揚げ物、どこかなんちゃってと言われるようなものだった。

 まずスコップコロッケなるものに挑戦してみた。これは揚げないし丸めもしないコロッケで、どこかグラタンのような感じだ。ネットに転がっていたレシピを利用したもので、コロッケの中身となるジャガイモや挽肉に火を通してから器に敷き詰め、炒めたパン粉を上に広げる。最後にトースターなどで焼き目が付くまで焼いたら完成というものだ。パン粉を炒めて最後にトースターを使ったためか香ばしさは確かにあったのだが、見た目と油の少なさからかまずくはないのだがコロッケという感じには思えなかった。

「なんかミートパイのパイ生地をパン粉にしたみたいだな」

 ハルキもどこか物足りなさを感じた顔をしていた。

 次にコロッケの具材を丸めるが、揚げずに作れるコロッケに挑戦してみた。

 パン粉を炒めるのはスコップと同じ。違うのは具材を丸めてそこにパン粉をまぶすところ。後はトースターで仕上げれば完成。見た目はスコップよりも本来のコロッケにかなり近くなったのだが、

「なんか物足りない」

 やはりそうなるか。これだってまずくはないしそれなりにおいしいと思う。ただコロッケを作ろうと思うならそれはコロッケを食べたい時で、コロッケを食べたいということは揚げ物、つまりは油を欲していることになる。ちまたではこれらのレシピは揚げ物が面倒・苦手な主婦やヘルシーさを求める女子に人気らしいのだが、あいにくこの家にそういった婦女子は存在しない。あくまで食べたいのは油たっぷりの揚げ物なのだ。

 ヘルシーさを求めて砂糖を減らしたお菓子はあまりおいしくないと誰かが言っていたが、揚げ物に関しても似たようなことが言えるのかもしれない。結局体に悪い物はうまいのだ。だから健康上あまりよろしくないとわかっているにも関わらず、人は油や糖分を欲するのだ。

 結局それらのなんちゃって揚げ物はすぐ作らなくなった。揚げ焼きが許可されたからだ。これは油を使うがフライパンに二~三センチ程度の高さまでしか油を入れない。少量の油で揚げるという調理法だ。ネタが完全に油に浸かっているわけではないので全面きれいな色に揚げるのは難しい。コロッケのような球体状のものは特にだ。ただ油の消費量も抑えられるので調理法としては便利だった。重たい鍋を持ち上げオイルポットに入れる苦労も軽減される。魚、薄切りの肉や野菜などなら揚げ焼きで十分きれいに揚げることができる。

 油を使うことに抵抗がなくなればレパートリーは増える。コロッケ、唐揚げ、エビフライ、天ぷらなど。衣に付ける手間は相変わらずだが、バッター液という卵と小麦粉らを混ぜたものを使うことで大分楽になった。一つ一つ付けるのとあまり違いがわからないから今のところこの方法を使うことが多い。

 今日はバッター液とパン粉の両方を使う白身フライを作ることにした。魚は鱈、家庭で作るのならメジャーだろう。よくのり弁などに入っているフライは何の魚なのだろうか。切り身を買ってくればさばく手間も省けるし、生ゴミも減らせる。鱈の骨を取り、塩を振って出てきた余分な水分を取る。こしょうを振りバッター液にくぐらせる。あとはパン粉を付けて揚げていったのだが、どうしてこうなってしまったのか。バットにはわずかなパン粉しか残っていない。魚はまだ残っている。ようするに足りないのだが、こんな予定ではなかった。調理開始前には必要な分だけのパン粉が残っていた。ならばなぜこんなにも減っているのか。なくなってしまったパン粉の行方、それは生ゴミ用のゴミ袋の中にあった。使われることなく無残に捨てられたパン粉。捨てられた理由はわずかに床に残っているパン粉くずが物語っている。つまりは落としたのだ。それも少しとは言わず、残っていたパン粉の半分以上を一気に。

 ほんの十数分前、台所を行き来する自分とハルキ。揚げ物の準備をする自分の横で副菜の準備をしていたハルキ。お互いが相手の位置を見誤り、パン粉の入ったバットを持ったまま振り返った結果がこの惨状だ。

 二人とも怪我もなく副菜の方は無事だったことが幸いだが、問題は衣をなくした白身魚の行方だ。なんとか用意した魚の半分は揚げることができたのだが、残りの半分はそのまま裸の状態だ。このままバッター液だけで揚げたら唐揚げになるのだろうか。最悪それでも仕方がないと思ったのだが、掃除を終えたハルキがしばらく考え込んだかと思うと、ゴソゴソと何かを始めた。ハルキが持ち出したのは消費期限ギリギリで冷蔵庫に入れられていた食パンだ。明日の朝食にしてしまおうかと思っていたのだが、

「何してるんだ?」

 食パンを使って何をしているのかと思えば、

「生パン粉作り」

 そう答えたハルキの手元を見れば、少し固くなった食パンをせっせとちぎっていた。なるほど、パン粉とはもとはパンからできている。それを細かくしたのがパン粉というわけなのだから、それを代用するのは理にかなっている。

「ネットで代用品を調べたらこれが出たんだよ。乾燥させずに生のパンを使うパン粉を生パン粉として売ってるらしいし、あと少しならこれで何とかなるだろ」

「なるほど」

 どうやら魚は無事フライになることができるらしい。自分もハルキと一緒にパン粉をせっせとできるだけちぎっていった。そしてそれをバッター液にくぐらせた魚にまぶし、先に揚げたものと同様に揚げていく。見た目が少し違うが、立派な白身魚のフライが完成した。

 テーブルにはハルキが用意した副菜のおひたし、先に作っておいた味噌汁が並べられている。そこに揚げたてのフライ、そしてご飯を添えれば今日の夕飯、白身魚のフライ定食が完成した。

「「いただきます」」




 ちょい足し設定


 ハルキ・・・揚げ物は唐揚げが大好物。でもフライや天ぷらなども好き。ようするに揚げ物が大好き。調子に乗って食べ過ぎた翌日に胃もたれ起こす頻度が増えているのが気になる。

 アオ・・・生パン粉はいいアイデアだと思った。ただ朝食用の食パンを使い切ってしまったので明日朝一にご飯を炊くことにした。揚げ物は好きだが台所の掃除が面倒。


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