第十七話 ラッキーも時と場合によりけり
たいしたことではないが、起こると何か良いことがあるとか、テンションが上がる出来事がある。茶柱が立つと良いことがあるというのは定番。材料を量ったときぴったり合ってたら拍手。たこ焼きにタコが二つ入ってたらラッキー。そんな小さな奇跡とも言えないレベルの偶然、幸運がやってくることがある。それが続いたらさらにすばらしいことが起きるんじゃないかと期待してしまう。
その日の俺はそういう一日だった。星座占い一位から始まり、おやつに食べたアイスは当たりもう一本、茶柱が立つのはもちろんのこと、冷蔵庫で飲みかけだった牛乳はコップ一杯ちょうど残っていた。買い物に行けばなじみのおばちゃんにおまけをもらい、帰りに四つ葉のクローバーをゲットした横には五百円玉。信号に一度も引っかからず帰宅。ぷよぷよは意図せず自己最高記録の十連鎖。一つ一つはたいしたことではないが、これだけ良いことが続けば機嫌はどんどん上昇していく一方だ。今なら何をしてもラッキーで済ませられてしまえる気がする。
調子に乗った俺が鼻歌交じりで洗濯物を干すのを怪訝な目で見るアオ以外は絶好調だ。それくらい笑って許してしまえるくらい気分が良い。
今なら宝くじだって当たってしまえるんじゃないか。そう思い買い物の帰り道にあった宝くじ屋で普段は買わないそれを買ってきた。もちろん大金は使っていない。数枚だけだ。結果は後でわかるタイプなので大事に持って帰ってきた。
頼まれた買い物は卵、無選別の様々なサイズが入っている代わりに安い十個入りパック。広告には載っていなかったのだがお買い得に買えてラッキー。
対してアオは微妙に悪いことがあったりなかったり、星座占いでちょうど真ん中から始まった一日。茶柱は立たなかったしアイスもはずれだった。卵を使ってお菓子を作ろうと思ったら落として割ってしまった。ティッシュを二枚出そうとしたら一枚しかなかった。ベランダには鳥の落とし物が。微妙な不運か単純に幸運ではなかっただけなのか、そんな一日だったらしい。
まあ卵は買ってきてやったし、拾った五百円玉でちょっと良いアイスも買ってきた。卵もなんだか大きいのが入ってる。
気にするほどじゃない。悪いことは気にしないのが一番だ。逆に良いことがあったら思いっきり喜べばいい。
だからこのお菓子がうまくできたら喜べばいい。失敗したら反省して次に生かせばいい。ただそれだけのことだ。
そう励ましつつ菓子作りを手伝う。卵、牛乳、小麦粉、など丁寧に材料を量りフライパンをコンロに乗せる。濡れ布巾をコンロのそばに用意し、バターをフライパンに放り込む。ここまでが生地以外の準備。
生地も作り始める。大きめのボウルと泡立て器。あとはボウルに材料を入れ混ぜ合わせるだけ。ここで混ぜすぎないのが分厚くするポイントらしい。先に粉類を入れてからここで買ってきたばかりの卵登場。なんだかいつも使っている卵に比べてでかいなと思いつつ割ってみると、
「おお!」
思わず声を上げてしまった。今日何度目かわからないラッキー。卵は立派な双子だった。どうりで大きいわけだ。よく売られている卵はサイズを統一して売るため、こういった双子は弾かれることが多い。ただ今回は安売りしているものだったからサイズはそろえられていなかった。こういうのには双子が入っていることがたまにある。
「すごいな、初めて見たぞ」
テンションを上げる俺。
「自分も初めて見た」
アオも初体験、の割にはテンションが低い。アオはボウルに割り入れられた卵をじっと見つめたあと、
「それで、卵黄は二つでよかったのか?」
そう言われてはと気づく。レシピには卵一個。卵白はもちろん卵黄も一個。別のボウルに割り入れていたのならよかったのだが、材料すべて直接ボウルにまとめて入れられている。今ボウルには真っ白な粉類、その上に浮かぶ二つの黄色い目玉。何度も言うが必要なのは一個だけ。ではこの双子の片割れはどうすれば?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ボウルから一個分だけ卵黄を取り出すのは大変だった。粉まで取らないよう慎重にスプーンを使って掬い出した。
さらば、ともに生まれた双子の片割れ、我が半身よ。私は先に行く。
「そもそもこいつら無精卵だから何も生まれない」
そう冷静に突っ込まれた。
「それでこの残った卵黄はどうするんだ?」
焼き上がったホットケーキを切りながらアオが言った。冷蔵庫には相方も服(白身)も奪われた哀れな卵黄がぽつんと残されている。卵白は冷凍できるが卵黄は基本的できない上に日持ちがしない。
「どうするかねえ」
ラッキーも時と場合によりけり。必要とされない場合もあるということがわかった。
ちょい足し設定
ハルキ・・・買ってきた宝くじは下から二番目。一番下の参加賞よりマシ。とりあえず元手はとれた。ちなみにこのラッキーデーは一日で終わった。
アオ・・・卵黄はめんつゆに漬けといて翌朝卵かけご飯になった。最近はホットケーキミックスを使わず小麦粉から作るのがこだわり。