第十五話 至高の唐揚げ
誰にだって好物はあるし、これならいくらでも食べられると豪語できるものだってある。俺にとってそれは唐揚げだった。定番鶏の唐揚げ。レモン汁やマヨネーズをかけて食べる方法もあるが、俺はストレート一択、何も付けずそのままシンプルに。特に揚げたての唐揚げに勝るものはない。柔らかくてジューシーなものもうまいが、周りがカリッとしている方が好みだ。外側カリッと、中はふっくらジューシー、そんなレシピやメニュー表にでも書かれていそうな表現を忠実に再現しようと試行錯誤しているやつがいる。
きっかけはある日の夕食、好物の唐揚げが出された時のことだ。そのときの唐揚げは柔らかくジューシーさに重きを置いていた。さっきも言ったがそういうタイプの唐揚げももちろん大好きだ。実際皿に盛られた唐揚げはあっという間に消え失せた。だからそれは文句や不満などではなく、ちょっとした注文というか、わがままのようなものだった。
「これもうまいけど、俺は周りがカリッとしててジューシーなのが一番好きだな」
それを聞いたアオはしばし俺と唐揚げを見比べたあと、また黙々と自分の唐揚げを食べ始めた。そのときはぽろりとこぼれた感想だったから俺自身たいして気にしていなかったのだが、アオは結構気にしていたらしい。食後にも関わらずレシピ本やネットに載っているレシピ動画を見ていた。のぞいてみれば今作ったばかりの唐揚げについてばかりだった。そこでようやく俺はアオが先ほどの感想を気にしていることに気づいた。
「いや、今日の唐揚げうまかったぞ? また食べたいと思ったし」
本心から言ったつもりだったのだが、アオは
「そうか、でも自分がまた作りたいから」
と言うだけだった。これはしまったなと後悔しても遅い。さすがに翌日も唐揚げというわけにはならなかった(俺自身はまったくかまわないのだが)が、結局一週間もしないうちに再び食卓に唐揚げが並んだ。
「どうだ?」
珍しくアオが食事中に感想を求めてきた。少々迷ったがアオの真剣なまなざしに、ここで適当なことを言ってはいけないと判断した。
「前よりカリッとしてて好みに近くなった。ただ少し味が薄いかも」
そう言うとまたアオは食事そっちのけでぶつぶつと思案し始めた。
結局それから数日おきに種類の違う唐揚げを食べることとなった。いつもの研究熱心なところだが、まあ今回は好物を食べられるのだから文句は言わない。そもそも俺の発言が原因だ。
アオは毎回、つけ込み時間や揚げる時間、二度揚げ、調味料、使う粉の種類と割合など試行錯誤していた。唐揚げって確かに店によって味や食感が違うとは思っていたが、そういうところで違いが出ていたのかと感心した。冷めてからもおいしいかというところまで追求していた。残った唐揚げを翌日に食べるとべちゃっとしたことがあったからだ。
それから一ヶ月くらい唐揚げデーが続いた。さすがに好物とはいえ飽きてきそうだったのだが、その日アオが食卓に出した唐揚げは箸で持ち上げた瞬間、カリッと外衣が鳴るくらいカリカリしていた。そして熱々のうちにかじればやけどしそうなくらいジューシーな肉厚、外はカリカリしているのに中は柔らかくジューシー、まさに俺の好みドストライクな至高の唐揚げだった。
「めっちゃうまい」
アオから聞かれる前にそう言うとアオは、
「そうか」
と自分も唐揚げに食いついてうれしいのと恥ずかしいのをごまかそうとしていた。十数個あった唐揚げが半分以上俺が食べることになり、今までにない満足感と幸福感が腹と心を満たしていた。
それ以来、唐揚げが食卓に上がる日は決まって大皿一杯に唐揚げが盛られるようになり、いつも同じおいしさを味わうことができるようになった。
我が至高の唐揚げ、誕生秘話である。
ちょい足し設定
ハルキ・・・唐揚げなら十個は余裕でいける。二十個も食べると後で胃が痛くなるけど。そのまま食べるのが一番好きだけど、余った唐揚げを卵で閉じて親子丼にするのも結構好き。外で食べるとき勝手にレモン汁をかけられるのは許せない。
アオ・・・唐揚げを作り続けたせいで変に揚げ物がうまくなった。自分も割と唐揚げは好きだがハルキの好き度が強すぎて目立たない。冷めた揚げ物はトースターとレンジ両方で温め直すのが一番おいしい。