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第十一話 千切りキャベツ流血事件

※注意

この話には流血を伴うシーンが存在します。人によっては不快に思うかもしれません。

読む場合はそれを了承した上でお願いします。


 料理をしていれば怪我することは何も珍しくない。特に慣れていなければなおさらだし、逆にちょっと慣れてきた頃、安全確認を怠って横着をして痛い目に遭うこともある。コンロやオーブンでやけどをする、包丁で指を切るなどは定番。台所は危険がいっぱいだ。だから子供を一人で立たせることに反対する大人がいるのも理解できる。今まで俺もアオも台所で怪我をしたことなど何度もあったが、その中でもよく覚えている出来事がある。今思い出してもぞわっと鳥肌が立つ。

 ちょうどそのとき俺はキッチンに背を向け、取り込んだ洗濯物をリビングでたたんでいた。キャベツをスライスする音がかすかに聞こえる距離だった。突然、「あ」とアオの声が聞こえたと同時にキャベツの音が止まった。しばらく何も聞こえなかったのだが、少しするとアオがキッチンから出てきた。

「ハルキ、ちょっと」

「ん? どうした」

 畳んでいたシャツを横に置き後ろを振り返ると、

「絆創膏を取ってくれ」

 指を赤いタオル(キッチンに置いてあったもの)で包んで立っているアオ・・・じゃなくて、そんな不吉な色のタオルこの家にないからっていうか、赤いのはタオルじゃなくて指の方だ。スプラッタだ。

 タオルは既に真っ赤で血を抑え切れていない。目を見開き固まった俺に対し、アオはいつもと変わらない調子で話してくる。

「速くしないと床が汚れる」

 アオには怪我の具合よりも床を汚さないことの方が重要だったらしい。ようやく我に返った俺はたたみ終わっていたタオルをひったくり既に染まりきっているタオルの上から傷口を押さえる。

「んなこと気にしてる場合か! それより医者だ!」

 絆創膏ごときで止められるわけないだろう。それがわからないくらいにはアオ自身混乱しているのかもしれない。にしたって落ち着きすぎだが。

「というか痛くないのかよそれ」

 スマホで近くの診療所を調べる。この場合、整形外科でいいのか?

「ちょっと痛いけど、あんまり。それよりキャベツがそのままになってる」

 傷よりキャベツの心配か。

「キャベツは置いとけ。帰ってから片付ける」

 なぜそうなったのかを聞きたいところだが、今はまず治療が最優先だ。診療所を調べてそのままタクシーも呼ぶ。幸いタクシーはすぐに来てくれた。既に用をなしていなかったタオルは捨てて新しいものに変えた。それもまたすぐだめになりそうなので予備を数枚持って行く。タオルがだめになることを気にするアオだがそんなこと気にしてる場合じゃないので無視。タクシーの運転手は手を真っ赤にして乗り込んだアオにぎょっとしたが事情を話すと急いで発進してくれた。急ぐタクシーの中でようやく少し落ち着き事情を聞く。確かキャベツがどうのと言っていた。

「って、キャベツ切っててそうなったのかよ。なんでそうなったんだよ」

 包丁も使ってないのにどうしてそんなスプラッタ劇場になるんだよ。

 アオは相変わらず顔色も変えず状況を説明した。

 一人で千切りキャベツをせっせと積み上げていた。包丁ではなく千切りキャベツ専用のスライサーを使っていたのでスピードは速かった。ボウルの上にセットしてそこに切ったキャベツを押し当てスライドさせるタイプのものだ。これがなかなか便利だったのでアオの愛用品となっていた。何度も使っていたから油断したのだろう。ちょっと横着をしてしまった。

 こういうスライサーというのは最後の小さなかけらを切るのには向いていない。キャベツの残りが少なくなるとキャベツを持つ指が切り口ぎりぎりになってしまい危険だ。そんな時のためのパーツもちゃんと用意されていて、これを使えば問題なかったのだが、面倒くさがったアオは安全装置もなしに最後まで進めようとした。もちろん最後は残ったかけらを包丁で切るつもりだったのだが、そのやめるタイミングを見誤った。

「キャベツをスライスしてたら一緒に指の先もスライスした」

 淡々と話すアオに反して俺の方はその状況を想像しただけでぞっとした。体温が下がった気すらして鳥肌が立った。それは話が聞こえていた運転手も同じらしく、肩が一瞬びくっとはねた。車のスピードも上がった気がする。

 診療所には思ったより速く到着し、運転手にお大事にの一言までもらった。先に一報入れておいたのですぐに診察してもらえることになった。医者が処置をしながらアオから事情を聞く。何度聞いても寒気のする話だ。血まみれでどの程度切っていたのかわからなかったが、どうやら皮だけでなく爪と肉の一部も切り落とされていたらしい。どうりで出血が多いわけだ。とりあえずこれ以上出血しないためにガーゼと包帯で固定することとなったのだが、

「切り落とした一部はありますか?」

 と医者が聞いてきた。それがあった方が治りやすいらしい。そういえばどこへいったのか気にしていなかったのだが、まさか・・・と思っていたら、

「キャベツの中」

 と予想通りの回答がアオから出された。ということは家にあるあの千切りキャベツの中に、アオの指の一部が入っているのか。

 当然指の先は回収は不可能ということでそのまま治療を続けた。帰る頃には手が自由になり待合室の本を読む余裕さえあった。ただ痛みがないのは今だけで、薬の効果が切れれば痛み出してくるそうだ。怪我をした直後はドーパミンでも出ているのか平然としていたのだが。

 その後無事帰宅すると、何もわからないまま置いて行かれたキナコが走り寄ってきた。そういえば慌ててたせいでこいつのことをすっかり忘れていた。キナコをいつも通りだっこしようとするアオを慌てて止めた。こいつは手を怪我していることわかっているのか。アオは不満げだったが反抗はせずキナコを撫でるだけでとどめた。

 さて、血まみれのタオルやらを処分しようと思ったのだが、何か忘れているような・・・。まあ、とりあえずいいか。アオが動けない以上、家事を俺がすべてしなければならない。とりあえず昼食がまだだったのだがほとんどできていたらしく、それを並べればいいだけだった。

 冷めたとんかつと味噌汁を温め、炊飯器で炊きあがり後保温のままだったご飯を盛る。ようやく遅くなった昼食にありつこうとしたのだが、ちゃぶ台には何か気になるものが一緒に並べられていた。

 昼はとんかつにしようという話になった、ならば付け合わせに必須なものがある。サラダボウル一杯に盛られた緑の山。どこかにあれが入っているかもしれない千切りキャベツがちゃぶ台に鎮座していた。





 ちょい足し設定


 ハルキ・・・一応弁護するが、アオとは別のキャベツが盛られていた。まだスライスしていなかった分だから量は少ないが。しかし元々二人分だったキャベツをアオ一人で消費することになった。

 アオ・・・捨てるのもったいないだろ。どうせ自分の血肉に帰るだけだ。一応洗ったしちゃんと自分の分だけにしてるし、食べきれない分は翌日自分で食べた。



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