第十話 カメとスッポンは似て非なるもの
「それ、何」
それを見たハルキの第一声。
「カメだ」
「ウサギと競争してたあれ?」
「そう」
「万年生きるっていう?」
「こいつはそこまで生きないと思う」
「竜宮城に連れて行ってくれるやつ」
「それはたぶんウミガメ」
「そういえばそうか。で、そのカメどこから来た?」
「庭で拾った」
外にいたのを連れてきたのだから拾ったとしか言いようがない。買ってきたわけでももらったわけでもない。
今朝、天気がよかったのでキナコと日光浴をしようと縁側に出た。小さな庭にキナコを放ち、自分は縁側に座ってまどろんでいた。するとキナコが何かを見つけた。庭の端っこにいたそれを最初は大きめの石かと思ったが、ゆっくりと動き出したそれに驚いた。石は自力で動かないし瞬きもしない、石ではなく生き物で、カメと呼ばれるものだとわかった。しばらくそのまま観察してみたが庭から出る気配もない。なので家の中に持ち込んだ。
とりあえず持ち込んだのはいいが、一つ疑問が。
「カメって水に入れなくていいのか」
ウサギとカメと言えば誰もが知っている有名な童話だ。足が速いが怠け者のウサギは、とろいがまじめなカメとかけっこをして負けてしまう。思うんだが、ウサギはさっさとゴールしてから寝ればよかったんじゃないのか? まあ普通に二匹が競争すれば勝負は見えているんだが。
さて、今うちにはちょうどウサギとカメがいるわけだが、特に二匹は競争するわけでもけんかするわけでもない。キナコの方はカメに興味津々らしく甲羅や顔を鼻でつついたりにおいを嗅いだりしているが、カメの方は何をされても動じずゆっくり歩いたり甲羅の中に引っ込んだりしている。
「昔小学校でカメ飼ったことあるぞ。意外と速いんだよ。水槽の掃除をしている間にどっか行っちまって大騒ぎになったことがあった」
とろいからちょっと目を離しても大丈夫だと思ったんだよと、ハルキがカメの甲羅をつつきながらそんな昔話をしていた。
「それにしてもどこから来たんだろな?」
このあたりに海どころか川や池もない。だとすればどこかのペットが逃げ出したのだろうか。
「こいつ、将来大きくなって人間おそったりしないか?」
「それワニガメだろ」
あれは逃がしたというか捨てた人間が悪い。キナコなんて食べられてしまいそうだ。
「しかし拾ってきてどうするんだ?」
生き物を無責任に拾ってくる気はない。ただ家の庭に入り込まれた場合はどうするべきなのだろうか。
「放ってはおけない、それになんか元気がなさそうだ」
カメがどういう動きをするのかは知らないが、少なくともここまで動かないということはないんじゃないだろうか。季節は秋も終わりに近づいている。一気に寒くなり体調を崩してもおかしくない。
「確かに、というか死にかけてるんじゃないのか?」
「そうかもしれない」
腹が減っているのかと思って野菜や果物をやってみようとしたが食べる気配がなかった。食べる元気すらないのかもしれない。とりあえず水をかけてやったりしてるが相変わらず動きが鈍い。
「とりあえず今日一日様子を見てみる」
だめならこれも何かの縁だ。最期まで看取ってやろう。
「そうだな。それでいいだろ」
カメのことが決まったら、後は人間の食事を用意する。冷蔵庫に入っているものを見て、今日はこれを食べようと予定していたのを思い出す。冷蔵庫の中身を見てしばらく固まってしまった自分の横からハルキものぞき込む。
「・・・」
「・・・やめとくか?」
寒くなってきたからこの冬最初の鍋日にしようと買ってきた具材が冷蔵庫にそろっている。ちなみに海鮮だ。
「いや、別にいい」
もちろん入れるつもりはない。
「そういえばスッポンはコラーゲンたっぷりだからお肌すべすべになるんだって」
「必要か?」
「いんや、いらねえな」
十にも届かない子供と二十代の男には必要ない栄養素だ。
「あと精力がつくらしい」
「それ、どういう意味だ?」
精力とは?
「あー、まあこれもいらないやつだな」
ならなぜ言った。あとカメを前にスッポンの話はやめろ。スッポンは食べられるらしいがカメを食べるという話は一般的ではない。
結局カメはその日の夜のうちに動かなくなった。もちろん鍋に入れたりはしない。翌朝二人で庭の隅に埋めて墓を作った。それからは時々花を供えたり手を合わせたりしていた、が。
春、そろそろ桜が咲くかという頃、墓があった場所にはぽっかりと穴が開き、そこに埋めたはずのカメは骨も甲羅も残さずどこかへ消えてしまいカメが生き返ったと二人で大騒ぎになった。
後日、その話を聞いたセイジに大笑いされ、なぜかと聞けば「春が来たからだ」と答えられた。
ちょい足し設定
ハルキ・・・セイジに笑われた後二人で生き物図鑑を調べた。カメとスッポンが違うのは知ってるがカメが冬眠することは知らなかった。ついでに調べたスッポン鍋はうまそうだがカメは食べる気にならなかった。
アオ・・・生き物図鑑を見てカメが冬眠することを知った。花を供えたり手を合わせたりしてたのが恥ずかしい。精力について調べようとしたらハルキだけでなくセイジやアキヒコにまで止められた。曰く、十年早い。