ピザは諦めた
詩織が学校へ行って、暫しの時が過ぎた。
「さて……」
どうしたものか。
穴だらけになった部屋をダンボールや新聞紙で応急処置した一坂は、降って湧いた時間をどうすればいいか決めあぐねていた。
時刻はまだ午前十時を回ったところ。当然、外に出るのはNGである。
「とりあえず飯食うか」
一坂は近くの中華屋に電話を掛けながら(電話線は結んだ)、詩織が置いていった食事代に視線を落とす。
「一,五〇〇円て……」
期待はしていなかったが、二人分のセットメニューを注文したらお釣りはほとんど残らない。
余った分をちょろまかそうと思ってたのだが、その辺もお見通しらしい。
一坂はテキトーに餃子セットを二つ注文し、受話器を置いた。
すると狙いすましたように電話が鳴った。
《やあやあやあ、随分元気そうじゃないかイッサ》
受話器の向こうから爽やかな男の声が聞こえた。
クラスメイトの叶鷹橋だ。苗字のような名を持つこの男は一坂の友人で、人のことを勝手に付けた呼び名で呼んでくる少し変わった人物だ。
《立花から聞いたよ。なんでも体調を崩したらしいじゃないか》
そういうことになってるらしい。
「まあな。げほっげほっ」
一応演技するが、わざわざ連絡を寄こしてくれた相手に少々罪悪感が……
《今どんなパンツ履いてるんだい?》
電話を切った。
耳を犯された気分の一坂は、少しでも湧いてしまった罪の意識を放り捨てた。
そしてテレビ(倉庫にあった古いのを持ってきた)の前で、ぺたんと腰を下ろすミカンの少し後ろに胡坐をかく。
ミカンはお笑い番組を食い入るように見ている。
「きゃはははー!」
爆笑してる。
たぶん意味はわかってないだろうが、なんとなく面白いのだろう。
「そんな近くで見たら目ぇ悪くすんぞ」
「……………」
返事がない。
没頭し過ぎて目が○(←こんなん)になっている。
「……ったく」
仕方なくズルズル引っ張り、画面から引き離した。
「ねーねー」
「なんだよ?」
「あいーん!」
しょうもないこと覚えたな……。
子供らしい無邪気すぎる全力モノマネ。
(勘弁してくれ……)
一坂はガックシ肩を落として脱力する。
一応惑星規模の問題の渦中にいるはずなのに、なんと呑気なことか。
「ねーねー、あいーん!」
ミカンはかまってちゃんオーラ全開で再びアイーン。
「だから何だよ」
付き合ってられない一坂は塩対応。
…………ぐす。
「あわわわわっ! ごめん! そうだな! アイーンだな!」
「あいーん!」
「アウィーン!(顎)」
「きゃはははー!」
大爆笑。
そのままにっこにこで一坂の胸にドーンと背中からもたれてきた。
(……やれやれ)
一坂はミカンに悟られないように、小さく疲れたため息を吐く。
「パパ、こーお」
ミカンが一坂の両手を取り、自分の前にやる。
「………こうすんのか?」
「そーお」
ミカンを後ろから包むように抱きしめる体勢になった。もうどうにでもせえ。
「えへ~」
ミカンは嬉しそうに頬を緩ませ、テレビ鑑賞を再開した。
推定十六歳前後の姿に成長した中身五歳児が、一坂の腕の中にすっぽり収まっている。
預けられた背中からじんわりと伝わってくるほっこりした体温。目の前で彼女の頭が落ち着きなく揺れ、つやつやの金髪から漂ってくる甘い香りが鼻先をくすぐった。
普通ならこんないちゃつきアベックドッキングなんてしたら思春期野郎は心も体もついつい勘違いしてしまうだろう。
御多分に漏れず一坂も、せっかくだからちょっとおさわりしてもいいんんじゃね? と邪な発想が脳裏に浮上したが、その考えは体や本能に接続されることはなかった。
なぜだか。不思議だが。
なんとなくこうしていることが自然で、安心できるというか、なんというか……
(はっ!? 俺は一体何を考えてるんだ!?)
一坂は頭をぶんぶん振ってほんわか癒されムードを追い出す。
(あんぶねーあんぶねー。もう少しでこいつに洗脳されるところだったぜが)
ミカンは全世界で話題沸騰中の、宇宙から舞い降りた未知のエイリアンなのだ。
もしかしたら生物を懐柔する謎電波みたいなのを出しているかもしれない。
(大変だ! はやく頭にアルミホイル巻かないと!)
一坂がアホ妄想を炸裂させていたところで、
ピンポーン。
呼び鈴が鳴り、玄関の向こうから出前の声がした。
忘れていた空腹が蘇り、一坂は、よっこらせ、と腰を上げる。
「……パパ?」
ミカンがものすごく悲しそうな顔をしてきた。少し離れただけなのに……。
(うぐ……、洗脳だ……懐柔する気なんだ……)
そう心の中で言い聞かせる。
「べ、べつにどっか行ったりしねぇから。大人しくそこで待ってろよ」
「……うん」
辛うじて頷くが、やっぱりすごく寂しそうだ。
本当はただ、甘えん坊で寂しがり屋なだけなのかもしれない、と一坂は思ったが、
(これすらも洗脳かもしれん……)と、疑心暗鬼。
結局思考の袋小路に入ったまま、足早に玄関へ向かった。
答えはでない。
しかし、心の中には確かな罪悪感があった。
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