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お茶は熱いうちに飲め

 で、時刻が七時半を少し過ぎた頃………


「パパ~」


 纏わりついていたミカンが膝の上にちょこんと座って背中を預けてきた。

 自らの占有権を主張するように得意げに鼻息を吹かす。

 疲れちゃった一坂は、もう好きにせいとされるがまま。


(そういえば、こいつの三つ目の能力がどうとか言ってたな……)


 しかしテレビは真っ二つになっているので確認のしようがない。

 一坂は運命から逃れること叶わなかった哀れな箱をぼんやり眺める。

 もうなんか、黄昏ちゃってた。


「よかったな一坂。こんなかわいい子の父親になれたんだ」


 台所に立つ詩織が平然と言ってくる。

 今の惨劇時、彼女はどこぞへと姿を消していた。

 たぶんちゃっかり外に避難してたのだろう。玄関が閉まる音がしたし。


 奇跡の大脱出を憎たらしいほどに成功させた詩織は、何やら作業をしながら、


「こうしてお前に懐いているんだ。しばらく一緒に暮らして様子を見たらどうだ?」


 片手間でとんでもないことをふりかけてきた。


「はあっ!? ふざけ―――」


 一坂はつい語気が強くなった口を押さえる。

 幸いミカンは眠そうに目をしぱしぱさせていた。


「なに考えてんだ。俺はこれ以上めんどくせーのはごめんだからな(小声)」

「ではお前は生まれたばかりのミカンを放り出せと言うのか? それでも父親か」

「……父親じゃねーっつーの」


 反論にも覇気がない。


「……この部屋を見ろ。こんなの俺の手に負えるわけがねーだろ。放り出せとは言わねーが、こんなことは警察なりなんなりに任せちまえばいーんだよ」


 なんて血も涙もないクズ男発言だろう。

 とはいえ、一坂は普通の高校生。

 そんなパンピーが惑星レベルの問題に対処できるわけがないのも事実。

 自らの愚かな行為の結果ならまだしも、一時の情で抱えるには一般人の許容を遥かに超えている。


「お気楽な考えだな」


 お盆を両手に持って四畳半の入り口に立った詩織は、そんな彼を冷笑した。

(あ、くる)

 と、一坂は心の対ショック防御を構える。慣れたものだった。


「一つ聞くが、ミカンを警察に引き渡したとして、その後お前はどうするつもりだ?」

「え……」


 どうするもなにも、それでおしまいだ。

 分不相応なものは然るべき機関にお任せして(ぶん投げて)、そうすればいつも通りの生活が


「戻ってくる。……なんてことは思っていないだろうな?」


 違うの? てか心を読むな。


 詩織は伝家の宝刀ではどうしようもなくなったブラウン管を横目に、


「テレビでも言っていたが、警察はミカンの捜索に躍起になっている。なぜだと思う?」

「? そりゃあ、あんな能力をその辺でぶっ放されたらやばいからだろ?」

「そうだな」


 あっさり肯定した詩織は音もなく、運のいいちゃぶ台に着いた。

 正面の一坂に目で追われながら、持ってきたお茶のセットから茶葉を取り出す。


「しかし、それは理由というより口実だろう」


 彼女の淡々とした口調が、わずかに硬くなった気がした。


「おそらくチキュー星側の目的はミカンを捕獲することだ」


 ポットから湯を注ぐ音が静かに響く。

 部屋の温度が二度ほど下がった。


「ミカンの存在はチキュー星側にとって他に類を見ない価値がある。宇宙連合に引き渡すにしても彼らと接触するチャンスを得られるし、そうでなくてもミカンの体にはこのチキュー星では絶対に手に入らない宇宙の神秘が詰まっているからだ」


 詩織は急須の中で茶葉が開く時間の口慰みように言葉を並べた。


 つまり、ミカンを手に入れさえすれば、その時点でチキュー星には利益しかない。

 今後の行く末が決まると言っても過言ではないだろう。

 だから〝ある程度〟のことは見て見ぬふりくらい、普通にする。

 それは国民の不安や混乱が容易に予想できるにも関わらず、テレビで大々的に注意喚起や情報提供を求めていることからも、その本気度が窺える。


 詩織が敢えて〝保護〟ではなく〝捕獲〟と表現したのには、決して無視してはいけないそういった予測の背景があったからだ。


「??? な、なるほど……」


 一坂は半分も理解できなかった。

 難しいことを考えると頭がボーっとしてくる。


「お前も他人事ではないぞ」


 詩織は湯飲みに緑茶を注ぎながら、しれっと言った。


「お前はミカンの生みの親。それならお前の体にはそれに対する何らかの痕跡が残っている可能性が高い。それはまさにチキュー星側が欲しがっている宇宙の神秘に他ならない」

「だから俺は―――」

「どれだけ口で否定しようと可能性があるなら試す価値は十分にある。たとえそれが倫理的に反しようと、チキュー星の発展のためなら尊い犠牲だ」


 詩織の無表情にうっすらと人を嘲るような笑みが浮かんだ。


「さっきお前はミカンを警察に引き渡すとか言っていたな? よかったじゃないか。おそらく彼らはどの国賓よりも超VIP待遇でお前をもてなしてくれるだろう」


 一坂の顔から、サー、と血の気が引いた。


「是非ともビデオレターを送ってくれ。私はお前がどこぞの離島にあるプライベートルームでホテルマンを傅かれている映像を、この場から見てハンカチを噛みたいんだ……お? 茶柱が立っているぞ」


 これは縁起がいい、と茶柱のたった湯呑見せてきた。 

 当然一坂はビデオレターも血文字で書いた絵葉書もくれてやるつもりはない。

 だが、そのためには膝の上ですやすや眠ったこのエイリアン娘と、しばらく暮らさなくてはならない。

 どうしたものか………。


(……ん? まてよ)


 一坂の赤い前髪に隠れた眉が、ピクリと上がった。


(これはうまくいけば金儲けのチャンスなんじゃないのか?)


 脳の血液が納豆食べた後みたいにさらさらと流れ始める。


(そうだよ。こいつを他の連中よりも先に連合に引き渡したら、もしかしたらお礼に宇宙の技術を俺が独占できるかもしれない。そうなれば俺は大金持ち!)


 一坂は降って湧いた一攫千金に心の中でサンバを踊った。


(あ、でも……)


 こんなにも欲望に塗れても、やはり懸念が浮上してしまう。

 あんな悍ましい悪夢の後だからだろう。

 膝の上で呑気に鼻提灯を膨らませているこの少女が、何の拍子に本性を表すか。

 一坂の脳内では、ミカンの綺麗な顔が花のように開いて自分を丸飲みにしている、お笑い的においしいシーンが流れていた。


「ぐぬぬ……」


 頭を抱える。自分の命とお金。

 その二つが心の天秤へ掛けら


「詩織、俺が間違ってた(キリッ)」


 金が勝った。

 詩織はそんな守銭奴に冷ややかな視線を送りながら、ちゃぶ台の上の湯呑に軽く手を触れ、少し待った後ようやく口をつけた。


「そんな薄汚い欲に塗れた奴らにミカンを渡すわけにはいかない! ミカンはこの俺が責任をもって宇宙連合に引き渡すぜ! そしてちょいとばかしのお礼をいただければ……うぇっへっへ~」


 目が『金』になっている。

 ミカンは自分が金儲けに利用されようとしていることなどつゆ知らず、膝の上で幸せそうに猫のように丸まっていた。


「よし、話は纏まった。つーわけで詩織、お前はしばらくここに来るな」

「は?」


 湯呑を置いた詩織に一坂は続ける。


「この件から抜けろって言ってんの。お前は言っちまえば、たまたまこの場に居合わせただけだ」


 相変わらずぶっきらぼうな言い方だが、その実珍しく真剣だった。

 だから詩織も黙って聞いている。


「お前が言う通り、これは惑星規模の問題だ。それを、ただの高校生にどこまで手に負えるかなんてわかったもんじゃねぇ。それなのに、なんか流れで協力する感じになってんのは………」


 風通しの良くなった部屋の真ん中で、一坂は視線を落とした。

 さっきまで茶柱が立っていた空の湯呑を心苦しそうに見つめる。

 湯呑が、スッと回収された。


「私がここで抜けて、それからお前はどうするつもりだ?」

「へ?」


 詩織はお茶のセットを片付けながら、マヌケ面に畳みかける。


「食事は? 着替えは? 今後の具体的な方針は?」

「あ……えー……と、テキトーに……?」


 話にならんな、とばかりに漏れるため息。


「話にならんな」


 言った。


 立ち上がり、音もなく一坂の横を通り過ぎた。

 黒髪で隠れたセーラー服姿が、お茶のセットを片付ける。


「でも……でもやっぱ、お前を巻き込むわけには………」

「気にするな。私は巻き込まれに行ってるんだ。自分の意志でな」


 長い髪をかき上げ、その横顔に不敵な笑みを浮かべて見せた。

 たぶん、ちょっと怒ってる。


「話は以上だ。それと今日は学校を休め。先生には私から適当に誤魔化しておくから。……ああ、あと朝食は出前でも取れ」


 詩織は台所にお金を置くと、靴を履いて置いていたカバンに手を伸ばし、


「そんな顔をするな。きっと悪いようにはならんさ」


 その指先が一坂の前を指した。

 いつの間に置いたのか、そこには一坂の湯呑があった。

 澄んだ緑の水面に、茶柱が立っていた。


 玄関の締まる音がした。

 カンカンと階段を下りる音が聞こえる。


「………なんだよ、あのカッケェ女は……くそっ」


 部屋に残された一坂は観念し、飲み頃をとっくに過ぎたぬるい茶を茶柱ごと一気飲みした。

 この間ずっと膝の上で呑気に寝ていたミカン。

 両の鼻から一つずつ鼻提灯を膨らませるという寝技を披露していた。






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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。

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                              おきな

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