あの日の葡萄酒の味
「なんで―――――――――――――――――――――――――――!?!?!?」
一坂は絶叫した。
舞い散る葉が地に落ちるまでのような、刹那の攻防を想定していた一坂だったが、もはや表情を占めるのは絶望的状況への苦悩ではなく、ギャグだった。
なんでも貫く尻尾は天井を雑にぶっ貫くと、シャキン、とカッコイイ金属音をさせながら、この宴会場に設けられたステージの方へ戻っていく。
そこに積み上がった物が崩れ、その影に隠れてこれまで見えなかった、謎の箱が一坂の視界に飛び込んできた。
「ミカンっ!?」
ミカンが爆睡していた。
鼻提灯を膨らませてすぴすぴ寝ている愛しの我が子は、なぜか両手両足を出した状態でその謎の箱にすっぽり収まっており、そしてこれまた意味不明なのだが上半身部分と下半身部分がパカーンと二つに分裂していた。
まるで手品ショーでよく見る人体切断マジックのようだった。
「ちゅーかそれだよ! え? なに? どゆこと? なんであいつは体真っ二つになったままグースカ寝てん!? 丁重に扱えって言ったけどあれはどっちなの!? 真っ二つだけど!? あーでもすっげーわくわくした顔で切られてる姿が余裕で想像できる!」
ようやく会えた捕らわれのお姫様が真っ二つ(手品)だなんて、おそらく世界初。
たぶん小型ポッドが打ち込まれた時に、ちょうど真っ二つだったのだろう。
その後、船内が警戒態勢になったことで船員達に忘れられ、そのままオネムになったと思われる。
「ままま待ってろ! 今助けてやるからな!」
一坂はどっちの意味でなのか、ちょっと頭が混乱した。
もう一回やりたいって言いだしたらどうしよう……。
「!?」
一坂の姿勢がガクンと落ちた。
「こいつは……!?」
足に巻き付いていたのは毛のような細い糸。
それが幾重にも絡まり、一坂をその場に縛り付けていた。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ! 待っていたぞおおおおお――――――――――!!」
巨大クリーチャーが天井を突き破り、真上から落下してきた。
ワッチワンは全てを見ていた。
壁や天井の裏からずっと機会を窺っていた。
ステージの上で呑気に眠るミカンも把握していた。
偶然(?)天井に潜む自分目掛けてヤバい尻尾が突っ込んできた時は肝が冷えたが、なんとかギリよけに成功した。
そして訪れた。ずっと待っていた!
すぐにでも噛み殺したい衝動を抑え、慎重に忍ばせた〝尾〟を床下に張り巡らし、偶発的に一坂がミカンを発見する、その決定的瞬間を。
「死ねえええイッサアアアああぁぁ――――――――――――――ッ!!!!」
ワッチワンは何の彩もない率直な叫びを上げた。
開けた大口で踊る舌が、これから味わう獲物の味を想像する。
涎で塗られた鋭い牙が、一坂に向かって突き出された。
「あーあ、そこは普通に〝待て〟だろうよ」
だがしかし、これこそ一坂が狙っていた千載一遇。
ほとんど勝機のなかった戦いで、誰も予想しえない偶発を待ち、どうにか引き寄せたチャンスだった。
「!」
床に激突したワッチワンはその巨体で押し潰すように、一坂の体に丸ごと食らいついた。
口の中に感触もある。
間違いない! 勝った! ヤツに勝った!
ワッチワンは自らの勝利という決着に全身が歓喜に酔いしれた。
脳が痺れ、甘い液体で意識が蕩ける。
下がった留飲は爆発的なエネルギーとなり、今にも一曲歌い出しそうだった。
あとはヤツをじっくり丹念に味わうだけ。
骨の砕ける音を聞き、肉を舌の上で転がし、唾液と混ぜて喉越しを楽しむ。
まさに! まさに最高の気分だ!
口内で踊る牙が硬いものを捉え、ワッチワンは一思いにそれを噛み締めた。
「ぬっ!?」
舌の上に広がったのは、期待していたものとは全く違った。
それは懐かしい。
あの日飲んだ葡萄酒の味だった。
「おっ、おあああっ!?」
ワッチワンの額から紅い光の刃が突き出ていた。
醜く変貌した顔が困惑を作る。
光の剣が円を描くように振り回され、ワッチワンの体を真っ二つに切り裂いた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ…………………ッ!」
宴会場に響く断末魔。
飛散した膿が周囲の物に痕を付ける。
「俺からの奢りだ」
肉塊の下から男が姿を現した。
そして覆っていた肉を剥がされ、仰向けに倒れたイヌ型宇宙人を見下ろす。
「最高の気分だったろ?」
一坂はにやりと笑って、割れた葡萄酒のボトルをその傍らに置いた。




