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最悪な状況

 一坂がたどり着いたのは宴会場らしき部屋。


 時季外れの忘年会でもしていたのだろうか。

 だだっ広い会場はそれはもう酷い散らかり具合だった。足元にはぶちまけられた豪勢な食事が床にシミを作り、転がった酒瓶や割れた食器がそこら中に散乱して足の踏み場もない。

 参加した者はよほど上司へのストレスが溜まっていたと見える。


 しかし今現在、ここにいるのは一坂一人

 賑やかしのお笑い芸人やコンパニオンすら出払っているようで、実に静かなものだった。


(………………くそっ)


 一坂は吐き出したい悪態を心の中で留める。

 普段ならその辺にある食べ物を食い漁り、タッパーに詰め込んでお持ち帰りしているところだが、状況はそんな意地汚さを忘れさせるほどに悪い。


 一坂は部屋の中央で姿勢を低くして陣取り、不意の襲撃に備えていた。

 ここを籠城の地に選んだのは、大きな障害物が少なく視界が広く取れること。

 それに、ワッチワンが散乱物を踏むなどしてくれれば音で察知できるし、あわよくば接近もささやかに阻害してくれるかもしれない。


 自分もどこかに身を隠そうとも考えたが、やめた。

 どこに自分が知り得ない仕掛けがあって、隠れたつもりが逆に首を絞めることなる可能性が十分いあるからだ。

 

(……やっべーな。あんなバケモンになるなんて反則だろ………)


 ワッチワンのかくし芸には驚かされたが、それよりも最初の一撃で終わらせることができなかったのは一坂にとって致命的だった。


 もうあの達人めいた動きはできないだろう。

 あんなのは過去の記憶と経験のフィードバックに体を任せたら、本当に思わずできちゃっただけで、再現性は期待できない。


 やはり戦闘において人格のメインが〝秋山一坂〟であることがネックだった。

 でなければ、ワッチワンがまだ僅かでも油断しているあのタイミングで心臓なんて中途半端な箇所を攻撃なんてしない。

 あそこでの決着を狙うなら、間違いなく首を刎ねる一択。

 最低でも手足のパーツか目を狙って視力を奪うくらいはやらなくては話にならない。

 昔の一坂なら間違いなくやった。


 しかし、チキュー星の平和な日本で培った常識と倫理観が、人の形をした言葉も通じる相手に刃を突き立てることに、強い抵抗と嫌悪感を与えていた。

 さらに命を奪うことになれば、たとえ正当な理由があろうと、人として強いブレーキがかかってしまう。


 だが、その点が〝秋山一坂〟と〝過去の自分〟との明確な〝差〟であり、この二つを切り替える方法を編み出したにも関わらず()()()()()()()でもあった。


(それでもやらなきゃいけないってんなら、やるしかねぇが……)


 一坂は形だけの覚悟を決めた。


(なんにしても、この状況をどうにかしねぇと……)


 まず間違いなくワッチワンはどこからか、こちらの様子を窺っているだろう。

 襲い掛かってこないのは単に警戒していることと、焦る必要がまったくないからだ。

 さすが長年宇宙海賊やってるだけある。慎重だ。


 猶予がもらえるのはありがたいが、今こうしている間にもじわりじわりと忍び寄り、こちらが思いつく突破口のひとつひとつを先回りで潰していることだろう。


 そして、それが完了した時にはもう詰んでいる。

 だから一坂は可及的速やかに状況の突破口を見つけなくてはならなかった。


(なにか……なにかないか………)


 この膠着状態を抜け出すきっかけ。

 将棋を指してたら、飛んできたボールが盤面をぶっくら返すような、そんな………


 ずどーん!


 凶悪な漆黒の尾がどこからか飛び出した。


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