無表情の隙間
周辺の空気から戦慄が鳴りを潜めた。
戦闘態勢を解いた名取。
機械作りの剣のスイッチを切ると、そこから伸びていた青い刃が音もなく引っ込んだ。
短い棒となったそれを腰のホルスターに納め、軍服に付着したほこりを払う。
「……………………」
名取は沈黙し、地面に倒れた少女を見下ろした。
(……よかった。ちゃんと息をしている)
安堵した胸に、薄皮を切ったような痛みが滲んだ。
やはり、こういうのは気持ちのいいものではない。
「………?」
名取が手を当てていた胸が振動した。
どうやら内ポケットに入れていたスマホの不調が回復したらしい。
(なにもこのタイミングで……)
名取は感傷に浸るのもそこそこに表情を戻すと、よれてしまった襟を正した。
スマホを操作して宇宙船と通信。
転送処理を実行すると、上空から伸びてきた光の線が、倒れたままの少女を包み、一瞬でその身柄を収容した。
(……これで任務完了ですね)
名取が心中でそう告げていると、これまで忘れていた報道陣が真田部を先頭に詰め寄ってきた。
「お見っ事です名取様! わたくし真田部、興奮のあまり未だに鳥っ肌が立っております! エイリアンを退治される鮮やかなお手際はまさに芸術……ってあれっれ~?」
名取は報道陣をさらりとすり抜けた。
その足はゆっくりと進み、
「……立花さん」
その先で一人立つ少女の前で止まった。
普通ならこの状況に取り乱すものだが、この少女にはそういった年相応の反応は見受けられない。
表情に変化はなく、冷静で非常に落ち着いていた。
(たいしたお方だ)
感心した名取は、自分もそれに習い背筋を伸ばした。
「立花さん、ご心配おかけしました。あとは我々宇宙連合にお任せください」
口調を穏やかに。
極力この少女が安心できるように努める。
「ミカンさんの身柄は我々が丁重に保護します。正式な手続きが済み次第、彼女は故郷の惑星へ帰されることでしょう。……いえ、この私が責任をもって、彼女を本来あるべき場所へ無事に送り届けることをお約束します」
聡明な彼女に、このようなことは不要かもしれない。
「あなた方がこの数日間、どのような心情だったかはお察しします。お二人はとても優しいが故に、ミカンさんのことを放っておけなかったのでしょう」
しかし、立場ある者としてそれを言葉にすることは、責務である。
「ですがこれで、彼が親代わりをすることも、立花さんがお世話をすることもありません」
言葉にし、告げることで、この少女に。
そして、あの少年にのしかかっていた、不相応の重荷を取り除かなくてはならない。
「あなた方二人はもう、今まで通りの日常に戻って良いのです」
それがこの星で礼を尽くしてくれた恩人に、自分がすべき最後の役目だと思ったから。
だから―――
「お前になにがわかる」
「え……」
聞き間違いだと思った。
名取には彼女のその言葉があまりにも予想外で。
背けられた彼女の横顔。
長い黒髪の隙間から、こちらに向けられた眼差し。
名取にはその目の意味がわからなかった。
わからなかったが、名取の手は自分でも気づかぬうちに左肩へ。
純白の軍服に不格好に縫い付けられた、ウサギのアップリケに添えられていた。
二人の間で止まっていた空気に、突如鳴った甲高い電子音が駆け抜けた。
すぐに警告だとわかる単調な音の繰り返しが、名取の肩に乗った木の葉のような疑問を吹き飛ばす。
「転送妨害!?」
名取はスマホの画面でエラーを告げる文字列に衝撃を受ける。
何者かが宇宙船のシステムにハッキングを仕掛けてきたのだ。
それにより今の転送処理が乗っ取られ、転送先がどこか別に書き換えられてしまった。
つまり、ミカンは何者かに攫われてしまった。
しかし、誰が? このチキュー星に連合のシステムに介入できる技術は無い。
残る可能性は自分以外の宇宙人の存在………
「よいしょでガッツ。こらしょでガッツ」
サイ型宇宙人のジアングがいた。
「一坂!」
詩織が声を張り上げたのは、巨漢のサイが気を失ったままの少年を肩に担いでいたから。
「げげっ!? バレたでガッツ!」
ジアングは慌てて回れ右。文字通り猪突猛進の勢いで逃げ去ろうとする。
が、
「待ちなさい」
名取がその右手を掲げた。発動する超能力。
ミカン相手には無力だったが、やはりこれは反則。
そのチート技は力自慢のジアングからいとも簡単に自由を奪った。
「ウェイロー助けてでガッツーッ!」
《任せるノーネ!》
辺りに勇ましい声が響いた。
「あれはなんだ!?」「鳥か!?」「飛行機か!?」「いや……」
ノリのいい報道陣が一斉に空を指さし、
「宇宙船でございまああああ――――――すっ!」
カメラのレンズが彼方から急接近してくる軽トラサイズの宇宙船と、大ジャンプして無理矢理画角に割り込んでくる迷惑な輩(真田部)を捉えた。
《強制転送レーザー発射なノーネ!》
軽宇宙船が身動きの取れないジアングに光線を照射。
一瞬でその巨体を収容する。
もちろん、一坂も一緒に。
《マジェンダ様、回収完了なノーネ》
《おーっほっほっほ! それじゃあさっさととんずらぶっかますんだよ!》
《《イエイイエーイ》》
軽宇宙船はタカビー(死語)な高笑いを撒き散らし、賑やかに空の彼方へと消えた。
《――― 第三章 了 ―――》
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おきな
第三章はここで終わりです。
ここまで読んでくれて、あ、まことにありがとうございます!
第四章も近日投稿予定なので、そちらもよければ読んでくれると嬉しくって歌います。




