弛緩
壮絶な昼食が終わり、四畳半にまったりとした空気が流れ始めた。
「本当に美味な食事でした」
大満足の名取は食後の茶で一服中。ミカンはバスケットボールくらいに膨らんだおなかをぽんぽんしながらテレビの前に陣取り、落語家が披露する時そばに目を輝かせていた。
「なかなか難しいかもしれんがいつでも来たらいい。その時はまたご馳走しよう」
洗い物を終えた詩織が、名取の前に腰を下ろす。
そして、隣の一坂へ目配せ。
その意味を理解している一坂は、すこし緊張した面持ちで頷く。
「名取、少しいいだろうか?」
名取も空気の変化に気付いたのだろう。
湯飲みを置き、背筋を正して聞く体勢を取った。
詩織は彼が着ているTシャツの文字へちらりと視線をやった後、改めて正面の男に目線を合わせた。
不意打ちや突然という印象を与えない。相手のペースに合わせる。
そんな間合いを図るような気配が漂っている。
「私たちは一つ、お前に重大な隠し事をしている」
敢えてそう切り出した。
直球すぎではないかと一坂は思ったが、詩織としては、ミカンの命の恩人を謀るようなことはすべきではない、というのが見解だった。
明らかに素行の悪そうな相手なら、その限りではないが。
「それで、その重大な隠し事とは?」
名取は自然体だった。
無理に内容を引き出そうとするような作り笑いもしない。
誠実に。目の前の少年少女に圧力をかけるようなこともなく、言葉を待った。
「……すまない。詳細についてはまだ話せない」
詩織は軽く頭を下げ、
「ただこれは〝エイリアンの保護というお前の仕事〟に関係することで、それ故に私たちは非常に慎重になっている。できるなら穏便に、かついい具合に事を収めたいからだ」
詩織の視線がテレビに夢中のミカンへ流れ、追うように名取の目も動く。
しばしの沈黙。
狭い四畳半に四人もいるというのに、窓の外の鳩の鳴き声や台所の蛇口から水が滴る音がいやに響いた。あとミカンの蕎麦をすするマネの音も。
ちなみに一坂は口を挟まず敢えて空気に徹している。
重ねて言うが、敢えてである。
決して役立たずだからでなない。
「……なるほど」
名取は張った空気を緩めるように、そっと息を吐き、
「この件については、私からまだ明確な言葉にするのはやめておきましょう」
踏み込みすぎない配慮の籠った返答を送った。
「そうしてくれると助かる」
詩織も無表情ながら、どことなくホッとした雰囲気。
(なんかいい感じに進んだらしいな)
よかったよかったと、と鼻水を垂らすアホの一坂。
「ですがこれだけは覚えておいてください」
対照的に名取は真面目な表情を崩していない。
変わらず真剣。
不当を感じさせる圧力も依然としてない。
「宇宙連合は宇宙の平和を守る組織です」
ただ、背後に纏う気配が違った。
「我々はあらゆる悪を法の下に裁き、保護下にある惑星に住まう人々と文明を、惑星外の脅威から守護する役割を担っています。今回私が動いたのもその一環」
名取は正面の少女と、その隣にいる少年を見やり、
「ですのであなた方の持つ〝隠し事〟がこのチキュー星に害を成す。あるいは我々の法に触れる場合、私は立場上それを無視はできません」
まっすぐに、正々堂々断言した。
自分は必ずしも味方にはなりえない、と。
それは責任ある立場からすれば当然であり、至極真っ当だった。
使命や責務に私情は挟まない。
それでも名取は最大限に譲歩した範囲で、こうして〝教えてくれた〟のだ。
一坂たちの隠し事は〝うまくやれば〟合法の下に認められることだと。
でなければ彼は法と使命の下、とっくに行動を起こしてただろう。
これは一坂たちにとってかなりの収穫と言えた。
「やはり名取に打ち明けたのは正解だったな」
相変わらず感情は読めないが、詩織は静かに目を閉じて湯呑を手に茶をすすった。
「そう言って頂けて光栄です。その隠し事の詳細はわかりませんが、所定の手続きさえ踏めば悪いようにはならないでしょう。如何によっては微力ながら私も力添えします」
「すまないな」
名取はミルクティー色の髪をサラサラ揺らし、首を振った。
「あなた方は行き倒れた私にとてもに親切にして下さった。ですからそのご恩に報いるのは宇宙の騎士として当然です。それでも、くれぐれも慎重に」
「名取さん、ありがとう」
一坂も名取の手厚い忠告に、素直に礼を述べた。
これでようやく第一歩を踏み出せた。
それもかなりいい方向で。
「それとこれは別件なのだが……」
詩織がそう切り出した時だった。
ピンポーン。
玄関から呼び鈴が鳴った。
「俺出てくる」
役立たずらしく雑務に行ずる一坂は、せっせと立ち上がる。
腰に抱き着くミカンを引きずって玄関に向かった。
(まさか商店街の連中がツケを取り立てに乗り込んできたのか? だとすると詩織がいるこの状況はかなりやばいんだけど……)
しょうもない懸念を抱く呑気な一坂は、まだ気付いていない。
この一件が未だ予断を許さない。
ギリギリの綱渡り状態にあることを。
ほんの少しバランスを崩すだけで足をすくわれ、全てがひっくり返ってしまうことに。
そして、そんな不穏分子を招き入れてしまったのは皮肉にも一坂本人だった。
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おきな




