なんでやねん
「一ラウンド四分四七秒負けか。早かったな」
詩織がなんか、しれっと言った。
一坂は特に気にせず、遠巻きにいる逆立ちする天丼を眺めていた。
「それにしても、まさか事件のエイリアンがミカンのことではないとはな」
彼女が言っているのは、今朝方にニュースで発表された例のエイリアン騒動の解決を報せた報道だ。
詳細は伏せられていたが、まず昨夜の路地裏での出来事で間違いないだろう。
「後は連合がいつこちらに接触してくるか、だな」
一坂たちの目的は変わった。
当初は〝ミカンを宇宙連合に引き渡す〟ことだった。
しかし、今は〝二人の親子関係を成立させる〟に更新された。
詩織もそれを念頭に置いた上で切り出したのだが、
「ああ……」
一坂の歯切れはなんとも悪い。
その曖昧な返事に、「まためんどくさいことで悩んでいるな」と、的確に読み解く詩織だったが、敢えて気付かない振りをし、
「一つ気がかりなことがある」
このめんどくさい男の意識を逸らすことにした。
「なにがだ?」
上手く誘導できた。
「お前が昨日会ったという連合の使者のことだ」
昨晩、一坂が遭遇したのはナマズ男とサイ男。
そして、名取の計三人。
「私にはどうも、その二組の差が気になる」
「差?」
頷いた詩織は意味深に片手を広げて見せ、
……スッ。
一坂が着ているジャージのポケットから、一枚の名刺を引っ張り出した。
「聞けば後に現れた名取という男は素性を名乗るだけに抑えたのに対し二人組の方はご丁寧にこんなものまで渡してきたのだろう?」
そのまま無表情で話し始めた。
「え? あれ‥‥‥‥え?」
「その二組が同じ組織から派遣されているのであれば、そんな差が生じるのはおかしいとは言わないまでも、違和感はある」
詩織は困惑する一坂を無視し、小さな長方形を見つめる。
「これまで極力このチキュー星に干渉してこなかった連合のやり方から鑑みるに、少数で秘密裏に動くのは納得できる。それなのにたかが名刺といえど物的に残る物を渡すのは、どうにも矛盾しているように思えてしまう」
詩織は考えを巡らせるように顎に指先を当てた。
一坂は「いつの間に俺はポケットに入れてたんだ?」と頭の上に?マークを浮かべ、
(……ま、どっかで無意識に入れてたんだろ)
そう納得することにした。
「すげーな詩織。そんな紙切れ一枚でよくそこまで頭が回るもんだ。将来は名探偵か?」
「その時はお前を助手として犬のようにこき使ってやる。今からオーバーリアクションで聞き役に徹する練習をしておけ」
「オーケーホームズ」
しかし、マジで侮れんなこの女。
もしかしたら商店街のツケが溜まっていることにも感づいてるかもしれん。どうしよう……ちゃんと証拠隠滅したよな?
「まあ、情報に乏しい現状では予想しかできないが、私はどちらかが偽物だと読んでいる。もしくはどちらも偽物か。なんにせよ慎重にならざるを得ないな」
詩織は軽くキョドる一坂を気に掛けた様子はなく、灰色の脳細胞を回転させている。ほ……。
「それでも俺はやるぜ」
一坂は言った。
それは恐らくここ最近で一番芯があった。
「俺はミカンを守る」
表情もいい。
何があっても、これだけはブレないという決意の表れだった。
そんな彼に、詩織もいつもの無表情に、フッと小さな笑みを浮かべた。
「ぷは~」
ムズカシー話の横で、ずーっとスポドリをちゅーちゅー吸っていたミカン。
「しほりちゃん」
「!」
不意打ちだった。
これまた珍しい。一坂が先行投資に失敗してしこたま借金をこさえて泣きついた時も、顔色一つ変えずに足蹴に突っぱねた鉄仮面女子が目を見開いていた。
「ありがと~」
きゅーん。
「あ、ああ……」
空のボトルを受け取った詩織は、さっと顔を背ける。
一坂には彼女の頭上に浮かぶメーターが、ギューンとゲージを上昇させたように見えた。
ミカンが詩織を名前で呼んだのはこれが初めてではあるが、なんたる一撃必殺。
いつもなら長い黒髪に横顔が隠れるが、今はポニーテールで後ろに纏めているので、その頬が上気しているのがわかった。
「ちゃ、ちゃんとお礼が言えてえらいな(声が裏返ってる)」
「えへへ~(どやえっへん)」
「なんや詩織はん、照れてるんかいな。案外ちょろいのぅ~」
「うるさい」
耳を千切られた。
「〝A〝A〝A〝A〝あ〝あ〝A〝A〝A〝a〝A〝Aっ〝A〝A〝a〝a――――っ!」
「少し走ってくるっ」
行ってしまった。ついでに耳くっつける接着剤買ってきて……。
「すやすや」
(こいつ、今の惨劇の中、昼寝……だと?)
ミカンの寝る、その速さたるや。
一秒以内で熟睡する世界記録保持者に迫る勢いである。
(…………ま、いいか)
見上げた木々の隙間から、もうすぐ頂点に昇ろうとする太陽の光がこぼれる。
涼風が体の熱を優しくさらい、葉が揺れる音とミカンの安らかな寝息が仲良く漂った。
(なんつーか、穏やかだな……)
慌ただしさに忙殺されたこの二日間。
そして今ここに流れるゆっくりとした時間。
一分一秒のが体に染み込み、自分が呼吸をしていることを思い出させてくれる。
月並みだが、幸せな時間だった。
(………馬鹿。もう決めたろ……)
一坂が木漏れ日の向こうにある眩しさに目を細めていると、
ギンッ!
ミカンの翠玉色のおっきなお目めが、あまり可愛くない感じで開いた。
どことなくアニメでロボットが起動するシーンを連想させた。
ふわっとゼログラビティで立ち上がる。
このマネっこ大好きさんは、またテレビの影響でしょうもない特技を身に着けたらしい。
「パパみてて」
「おん?」
「みーてーてー!」
大声で訴えてくる。
興味半分、不安半分で見守ることにした。
「ぅうぃっくし!」
わざとらしいくしゃみをした。
どの芸人さんに影響されたか一発でわかった。
「…………………?」
あれ? とお天道様を見上げる。
何も落ちてこないのが不思議で仕方ないらしい。
「ぅいっくし! …………?」
また見た。
いや、あれはテレビだからね?
「……しゃーねーな」
ここは手本を見せてやらねばと張り切る一坂。
「うぃーっきしゅ!」
ガンッ!
たらいが落ちてきた。
「きゃははははー!」
きっちり目を回して倒れた一坂にミカンは腹を抱えて爆笑。
「なんでやねん……」
芸人として王道のリアクション。
名探偵助手の道は遠い。
あからさまな扱いの差にちょっぴり納得がいかない一坂だった。
「一坂」
詩織が帰ってきた。
「しほりちゃん!」
ミカンは詩織に無邪気に抱き着いた。
キュンキュンメーターが上限をぶっちぎった。
思ったよりも戻りが早いが、何かあったのだろうか。
「昨日お前が言っていた男だが、それらしき人物が倒れていたぞ」
「はい?」
ぽかんとした一坂。
ミカンを詩織に任せて示された場所へ駆け足で行く。
「きゅう……」
純白の騎士、名取真守が道のど真ん中で目を回して倒れていた。
「なんでやねん!」
やっぱり芸人だった。
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おきな




