なんか、あったかい・・・
日曜日。ミカンが生まれて三日目である。
この日が過ぎれば世の多くの人は、再び五日間の労働監獄にぶち込まれ、社会の歯車として馬車馬のようにこき使われることになる。
そんな憂鬱を慰めるように、とある広場には多くの人が訪れていた。
飼い犬のレベル上げ目的に草むらを闊歩するドッグラン勢や、我が家の天使にビデオカメラを向けて「NO! NORE!」と叫び奇妙なダンスを踊るスーツ姿の父親。将来値段が爆上がりするとも知らず、地面に直置きでトレカ対戦するキッズ決闘者など、各々がお天道様の下、平和な休日をエンジョイしていた。
そこから少し離れた原っぱの隅に、一坂たちの姿もあった。
「おーそーとーいーくーのー」と地団太ステップを踏んだミカンの要望で、運動がてらにこの広場へとやってきた。
ミカンはNOHAでもよい子にしていたので、問題ないと詩織も判断した。
凶悪な尻尾が一坂のどてっぱらを狙ってもいた。
「ふんぬううううううううううううううううぅぅ~~~~~~~………ッ!!」
芋ジャージ姿で腕立て伏せする一坂の暑苦しいうなり声。
「プッシュアップってのは腕じゃなく胸筋で上げる感じでやるんだっ! 腕はあくまで体を支える程度おおおおおおおおおおッ! ふんっ! はあっ! アァイッ!」
白目を剥き、よだれを垂らしながらなんか言ってる。
控えめに言ってキモイ面だった。
「きゃははははー!」
ミカンは一坂の熱気ムンムンの背中に乗っかっていた。
Tシャツとスパッツという動きやすい服装の彼女は、腕立て伏せの上下運動がお馬さんごっこのようで実に楽しそうだ。紅いリボンがピョコピョコ。
「よし。終了だ」
近くの木陰で休んでいた詩織が合図した。
スポーツウェア姿でシートの上に腰を下ろし、持っていたストップウォッチを止める。
「筋トレはいいなあおい! 最近頭使ってばっかだったからスカッとするぜ!」
なぜか上着を脱いだ。
なぜか上半身裸になる。
「(ポーズを取る)見ろよこのカット(筋肉の切れ込み)! このバルク(筋肉量)!」
詩織は無視。
肉体自慢にタオルとスポーツドリンク入りのボトルを放った。
「なんでプロテインじゃねーんだよ! 筋トレ直後のたんぱく質補給が―――」
ビンタされた。
「ミーちゃんものむー」
ミカンは死んでる一坂の隣にぴょこんと座ってスポドリをちゅーちゅー飲む。
「おいミカン。今暑いからちょっと離れろよ」
膝の上に倒れ込んできた。
「ったく、こいつは……」
そんなことを言いつつまんざらでもない。
ぐで~とするミカンの頭に、ポンと手を置く。
嬉しそうに投げ出した足を犬の尻尾のようにパタパタさせた。
一坂とミカンの関係は非常に良好だった。
元々ミカンは彼にべったりだし、一坂も不慣れからくる気恥ずかしさはあっても普通に接するようになれば、まあ当たり前である。
「あいつはリバプールの風になったよ……」
一坂は遠い目で謎発言した。
しかし、仲が良いことは結構なことだが、別の問題も発生していた。
なんせ一坂は異性に飢えた健全な男子高校生という名の猛獣。
絵を描いたきっかけはエロ本を買う勇気がなく自分でエロ絵を描くしかなかった、と答えるくらいには普遍的な十七歳。
故に、昨夜は大変だった。
《過去回想》
「いっしょに……ねよ」
一坂の意識は銀河大宇宙意思と一つになった。
「おばけこわいー!」
泣きついてきた。
おそらくホラーな番組でも見たのだろう。
いい加減強酸慣れしてきた一坂だが、このままではお気楽に畳みのシミになってしまう。
「だめぇ?(うるうる)」
一坂はあっさり陥落した。
「パパ、あったかい~」
布団の中で全身を絡めてくる。
つやつやの髪からふわっと漂うシャンプーの香りと、マシュマロちゃん特有のやわらかさ、ほっこり体温が一坂の命を狙う。
だってこの子ときたら見た目はしっかりお年頃なのに、中身はありゃりゃに五才児がいいところなんだもの。
でもまあ、この温もりを求めて自分は奔走したのだ。
だから、こういうのも悪くな………
(………………。あんるぇ~?)
なんか布団の中があったかい。
いや、一緒に寝てるのだから当たり前なのだが、
(違う違う! そうじゃっ、そうじゃなあい!)
だって温度の伝わり方が、アレなのだ。
(こいつ寝しょんべんしてやがるるるうううぅぅッ!)
そういえばドリンクバーでしこたま飲んでいた。
「おいミカン、起きろっちゅーのッ!」
すーやすやりん(どや)
「ですよねー。起きませんよねー。そんな気はしてた!」
こうなったらせめて布団からの脱出を……
ガッチリ!
「うそーん動けないよー」
腕ひしぎ十字固めをガッチリ決められていた。
どこかのブラジリアン柔術家も目を見張る鮮やかな決め具合だった。
「まったく高〇との再戦が楽しみすぎるぜイダダダダダおれるおれる――――ッ!」
《過去回想 終了》




