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お目覚めベイビーちゃん

「うぅおうわあああああああ――――っ!」


 一坂は絶叫した。


「かかってこいやおんだるあああああ――――っ!」


 跳ねるように布団から上半身を起こし、ファイティングポーズで体内に無賃滞在した不届きなクリーチャーを探す。

 しかし、畳張りの四畳半は狂気や異常さとは対照的な、のほほん風景。

 朝のぽかぽか陽気が窓から差し込み、壁に立てかけてあるちゃぶ台もゴミ箱の位置も寝る前と面白みがないくらい変わっていない。

 時計を確認すると六時四〇分。

 いつもの起床時間より二〇分も早かった。


「夢か………ん?」


 いや、変化はあった。

 傍らの床に、置いた覚えのないお盆があった。

 その上にはこれまたご丁寧に小銭が一枚。


「なんでこんなとこに? ま、いいや。もーらった」


 しかし、十円玉は一坂にネコババされる前にひょいと回収されてしまう。


「俺の金!」

「私のだ」


 抑揚のない女の声が頭上から降ってきた。

 一坂は白のソックスを履いたすらっとした長い足を経由し、命より大事な我が財産をかっさらっていった不届き者の顔を拝んだ。


「詩織、来てたのか」


 一坂が詩織と呼んだその少女。

 幼馴染の立花詩織たちばな しおりである。

 大人のような落ち着いた顔立ちと切り揃えた艶やかな長い黒髪。スレンダーな体系に高校指定のセーラー服をきっちり着こなし、派手な装飾はなく飾りっけはないが、その分育ちの良さが存分に窺える。


 詩織は無表情のまま指で挟んでいた銅貨を軽く振った。

 どことなく、その存在をアピールしているように思えた。


 ぐっ


 握り込んだ。

 再び手の平を広げた。

 十円玉が消えていた。


「………あれ?」

「相変わらず騒々しいやつだな」


 何事もなかったかのように話し出す。

 一坂は、金に執着しすぎてついに幻覚を見たか、と首を傾げた。

 あんな悪夢を見た後だからかもしれない。


「どうした?」

「なんでもない。やっぱ変わらぬ日常が一番だな。うむ」


 一坂はそう言って、あれがただの夢だったことを再確認をする。

 それはそうだ。

 あんな気味悪いクリーチャーが腹から出てくるなんてのは映画の話。

 妙にリアルな夢ではあった。

 腹の中で暴れる怪生物の感覚も、それに伴う激痛も鮮明に思い出せるほどに。

 しかし実際には体に異常はなく、おなかドバァした形跡はどこにもない


「そういえば随分うなされていたな。怖い夢でも見たか? ママがよしよししてやろうか?」


 詩織が表情を無に固定したまま平然と言ってくる。

 この鉄仮面女子はこういう女である。 


「あ、いや、別に……」


 何か面白い返しでも出来たらよかったのだが、生憎その通りなので一坂はしどろもどろになってしまう。

 詩織もこの目つきの悪いベイビーちゃんの様子を怪訝に思ったのか、


 じー……。


 切れ長の黒い瞳をジト目に変えて、顔を覗き込んできた。

 こうなってしまうと一坂は実に弱い。

 この女の機嫌を損なうと食事の献立に露骨に影響してくる。

 正直、高二にもなってこんなこと口にするのはこっぱずかしいのだが、


(……まあ、いいか)


 説明した。


「エイリアン、か」


 詩織は別段リアクションを取ることもなく、よしよしも無し(されても困るが)。表情を変化させないまま、ふむ、と顎に手を当てた。


「ひと昔前なら即刻精神科に放り込むところだが、今は宇宙連合なんていう宇宙人たちの巨大組織の存在も一般認知されている。だから我々〝チキュー星人〟の知らない、エイリアンのような未知の宇宙外生物が存在する可能性も十分にあるわけだ」


 冷静に淡々と言ってくる。

 なんかギャグの笑い所を説明されているみたいで体がムズムズした。


「そうだな。気にするな一坂。恥ずかしがることはないぞ」


 ぽわわ~んとエフェクト付きで、わざとらしく微笑んでくる。

 おもろそーに、よしよしの手を伸ばしてきた。


「……忘れてください。ほんと、お願いします」


 強い子の一坂は、大好きなママのよしよしを丁重にお断りした。

 そもそもあれが現実だったら一坂はチュッチュはおろか、びんびんハウスの住人にもなれずにあの世にグッバイである。


「そんなことより、さっさと布団から出ろ」


 ソッコーで興味を失くした詩織が、機械的に布団を引っぺがしにかかった。


「あ~んまだお布団が恋しいよママ~」

「キモい。〇ね」


 自分で言ったくせに……。

 一坂は辛辣な幼馴染の理不尽さに少々の不満を抱きながら、それでも普段通りのやり取りにちょっとだけホッとしていた。


「……………どした?」


 詩織が両手に布団を掴んだまま、固まっていた。

 もともと感情の起伏が少ない幼馴染みだが、なぜだか今は完全な無。

 光彩の消えた瞳が、一坂の下半身へ釘付けになっていた。


「おいおい、どうしったってんだそんなガチガチになって? まさか俺のがガチガチになってるってことへの暗喩として体張ってくれてんのか? やめとけよお前のキャラじゃねーよ。っつーか俺の持ちネタ取んなっつーの」


 いつもならここでシバかれるのだが、どうやらそれもないようで。

 さすがにいろいろ心配になったので、一坂も恐る恐る息子に視線をやった。


「ぎょぎょッ!?」


 おさかな愛溢れるびっくりリアクション。

 しかもノルウェーの美術館でやっても評価されるであろう見事な顔芸まで披露しているときたら、そのプロ意識も大したのものである。


 しかし、これは彼の持ちネタではなかった。

 その域をフルスピードでぶっ超え、ロケットエンジンで成層圏を突破するほどに素だった。


 これは、予想外過ぎた。

 だって彼の股の間には、


「すやすや……」


 見知らぬ幼女が真っ裸で気持ちよさそうに寝息を立てていたから。

 一坂はまだ悪夢の途中なのだと錯覚し、大好きなママによしよしして欲しくなった。





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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。

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                              おきな

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