それはとても眩しくて
「アタシもそう思うよ。いやー親や周りの大人にはホント迷惑かけた」
伊緒は照れくさそうに、カッカッカと笑う。
「でもアタシが言うのもなんだが、ガキがそんなこと気にする必要ないと思うね。つか景にそんな気ぃ遣われるとか、親として情けなくてショックだわ」
「……………………」
少しだけ、胸がちくっとした。
「だから後輩。お前もあんま思い詰めんな」
「………え」
一坂はその言葉の意味をうまく咀嚼できなかった。
「なんかそんな気がしたんだよ。親に対する考え方がなんつーか、かてーなって」
「はあ……」
一坂の生返事に伊緒は、うっわこいつめんどくさ、と思った。
「ちっとばかしえらそーなこと言わせてもらうけどよ」
伊緒は憂いのようなものを感じさせながら、
「親だって結構テキトーだぞ?」
ぶっちゃけた。
「親だって人間だしな。少なくともアタシの周りには、お前みたいにしちメンドクサイことばっか考えて親やってる人はいねーよ」
「え、でも……」
一坂は腑に落ちない。
それくらいこの母親と自分の〝親〟に対する捉え方に差があったからだ。
「アタシ頭悪いからちゃんと伝えられるか自信ねーけど………周り見な?」
「?」
一坂は顎で促され、周囲を見回した。
店内はさほど込んでないが、それでも子供連れがちらほら見受けられた。窓の外の人混みにも多くの親子が通り過ぎていく。
「チラッと見ただけでこんだけの数がいるんだ。その全員が、お前が思ってるような責任とか使命感(?)のことばっか考えてると思うか?」
「それは……」
「考えてねーよ。お前、親に幻想抱き過ぎだアホか」
どんどん口調に遠慮が無くなっていく。
「確かに親の責任ってのはあるさ。でも、そんなもんばっか考えるなんてアタシはごめんだね」
けっ、と吐き捨てた伊緒の視線が、ドリンクバーでスイッチを押している景に注がれた。
その目がまるで眩しいものを見るように自然と細められ、横顔に融和な微笑みが浮かんでいた。
「そんなもんよりアタシは、今の景を見ていたいね。そうすりゃ自然と景のことを考えるようになって、景のこれからのことを考えるのが当たり前になる。親の責任だなんだのってーのは、ただ単にそれが言葉として置き換わってるだけ」
すると伊緒はうんざりしたように頭を掻きながら、あ~! と唸りだした。
「お前がメンドクセーことにうだうだ悩んでっから、こっちまで頭こんがらがってくんだろーが! こっちゃあそこまで考えて親なんてやってねーんだよ!」
明らかにイラついてる。
やべ。殴られる?
「大体責任だなんだっつーのも、蔑ろにしなきゃいーっつーだけのもんなんだ! んなもんにイチイチビビッてられっか!」
「せ、先輩……(ブルブル)」
「アタシは旦那と結婚したかったし子供も欲しかった! そんだけのことなんだよ! それ以外のことなんてどうにでもなるしどうにでもしてやらあ!」
この人強すぎる!
「おいコラ後輩コラ! 聞いてんのかコラ! ああんゴルアっ!?」
「ひいいいい! なんかすんません~~~!」
ガチもんのメンチギリに一坂はちびりそうになった。
「ただいま!」
景たちが帰った来た。
なにもボルテージが最高潮のこのタイミングで。
「はいこれ。ママの好きなやつ」
景は平然としていた。
こいつはこいつで強すぎんだろ。
「おう! ありがとな! えらいぞ!」
伊緒は我が子の頭をちょっとガサツにわしゃわしゃ撫でた。
景も嬉しそうにしている。
どうやらこれが日常らしい。
受け取ったジュースを一気に飲み干した伊緒が、ぷは! と豪快に息を吐く。
少し落ち着きを取り戻すと、そのまま一坂をまっすぐに見た。
「後輩。アタシは難しいことはよくわからんし、そこまで深く考えたこともねえ」
よいしょ、とその膝に我が子を乗せ、
「だけど、景はここにいるんだよ」
後ろから、ぎゅっと抱きしめた。
やはり少々乱暴にも見えるが、それでも大切そうに。
とても、愛おしそうに。
そして絶対に離さないという間違いないものが、伝わってきた。
一坂の目の前で、宝物を抱きしめるこの人は、言葉とか理屈とか。
そんなもんを一切超越した、紛れもなく景の〝母親〟だった。
「なんのはなしー?」
「んー? 景が野菜嫌いだから、悲しなーって話」
「えー、けーおやさいすきだよー」
「うそつけーこのー」
二人の親子は自然にじゃれ合う。
一坂にはその〝親子として当たり前のやり取り〟が、とても眩しく見えた。
「パパ」
呼ばれた。
ミカンだった。
手にはオレンジジュースの入ったコップが二つ。
「はい。これパパの」
一つを差し出してきた。
たったそれだけのことなのに、一坂の心の奥底に温かいナニかがじわっと湧いてきた。
「………ありがとな」
「えらい?」
「あ、ああ……えらいぞ」
「えへ~」
ミカンはくすぐったそうに頬を染めて無邪気に笑い。
笑いながら、ミカンは何かを求めていて。
そして一坂は、伊緒たち親子のやり取りを彼女が羨ましそうに眺めていたのを、自分でも気づかないうちに察知していたことに気が付いて。
そんなミカンの頭に一坂もそっと手を伸ばし、
―――アタシは旦那と結婚したかったし子供も欲しかった。
「……………」
―――だから親になった。
「…………………………」
「パパ?」
「あ……何でもない」
一坂は伸ばしかけた手を誤魔化すように、ミカンからコップを受け取った。
「………後輩よぉ」
伊緒が呆れたように何かを言おうとした時、
『お待たへいたしました。美少女闘士 セーラー・セイラショー。間もなく開演ですです』
館内放送が流れた。
ミカンの体が、ぴくんと反応する。
「もうそんな時間か」
思ったよりも話し込んでいたらしい。
「先輩すんません。俺たち行かなきゃ。金ここ置いときます」
「いいっていいって、そんくらい先輩に奢らせろ」
「でも……」
「いいから」
そこまで言われ、一坂も折れる。
「……じゃあご馳走になります。おいミカン。お前もお礼言え」
「?」
そういえばそうか。
こういうことも教えなくちゃいけないのか。
「今、景の母さんが俺たちにジュースご馳走してくれるって言ってくれてるんだ。オレンジジュースたくさん飲んだな?」
「のんだ!」
「そうだな。じゃあ、ちゃんとお礼言わないとな。……えーと、俺の真似してみな」
「うん!」
元気なお返事。
一坂は伊緒に向き直り、
「ありがとうございます」
少しの恥ずかしさが心をくすぐるが、ちゃんと手本になるように頭を下げた。
「ありがとざます!」
ミカンも元気に続いた。
「うん。ちゃんとお礼言えてえらいな」
伊緒もそれに笑って応えてくれた。
「……ったく、それができるってのに何を気にしてんだか……」
「へ?」
「なんでもねーよ。それよりほら」
「? あっおい、待てっちゅーの! そそそれじゃ先輩、失礼します!」
一坂は巻きで一礼し、ルンルンリルと走っていくミカンを慌ただしく追いかけた。
「あいつ、ほんとめんどくせーな」
まあでも、あれくらいが後輩としては可愛がり甲斐があるな、と伊緒は思った。
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おきな




