見るだけ、と言いつつそうならないアレ
「パパー」
一坂はミカンに手を引かれながら人混みの中を行く。
るんるんスキップする彼女はさっき買った服をそのまま着ており、あまりのはしゃぎっぷりにサラサラの金髪と赤いリボンが元気にぴょんぴょん跳ねた。
詩織はショーまで別行動。買った他の衣服をロッカーに預けに行くついでに、生活必需品を揃えてくるらしい。
しかし、「茶葉が切れていたな」と彼女が入って行ったのは、なぜか手品アイテムが売っているショップだった。………?
それはさておき、今はミカンと二人っきりである。
(……ったく)
大衆の面前で手を繋ぐなんて恥ずかしいが、ミカンはちょっと目を離すと好奇心もりもりパワーでどこぞへとぶっ飛んで行くので渋々こうしている。
(それにしても、意外と大丈夫なんだな)
一坂はさりげなく周囲へ視線をやる。
今も警察(ヌンチャク装備)が横を通り過ぎたが、特にこちらを気にした様子はない。
気を隠すなら森の中。
「堂々と休日を満喫しろ」と釘を刺していった詩織の言葉は正しかったようだ。
「ぱぱ~あのU‐ZO(十万円)のバッグ欲しい~(娘?)」
「よぉしよしよし、パパが買ってあげるナリよ~(父?)」
「異常なしーであります!(警官)」
本当に大丈夫か? 別の意味で。
「って、どこいくんだっちゅーの」
一坂は笛を吹くおじさんの後をついていこうとするミカンの手を引き寄せて、それを阻止した。
「! えへ~」
顔をふにゃふにゃさせながら抱き着いてきた。
「……ったく」
そういうことじゃねぇんだけどな……。
心の中で嘆息しながら改めてちゃんと手を繋ぐ。
「パパ~」
握り返してくるその手は、あんな危険な能力を持っているエイリアンとは思えないほど華奢で、ひんやりとしていた。
そしてそこから、無防備な信頼が伝わってきて………
(………いや、だめだろやっぱ)
一坂は頭の中に浮かんできた甘い考えに首を振った。
間違っても自分がミカンの親だなんて、そんなことを思ってはいけない。
上塗りするように、そう硬く言い含める。
自分は何の力もない、ただの高校生だ。
一人暮らしでバイトもしているが、それでも未成年という立場である以上、生活費など様々な面で親を頼らざるを得ない。
自分で自分の面倒も満足に見れない。自立していない。
そんな子供に誰かの人生を背負うなんてことができるわけがないし、してはいけない。
だからミカンを生んだのが自分だとしても、親になるなんてもっての他。
人の親になるということが、おままごとじゃないことくらい一坂にだって理解できる。
準備もない。覚悟もない。
それなのに同情や成り行き、一時の熱で無責任にこの手を取ってはいけない。
だから〝金〟のため、だ。
今こうしているのは、金のためだと割り切る。
それなら、ただ自分がクズなだけで済む。
(………でも、もし―――)
思考が、もし、の先へ行こうとしたところで、繋いでいた手が引っ張られた。
途中で立ち止まっていたミカン。
エメラルドグリーンの瞳が、まるで夢の国を見ているかのようにキラキラしている。
「おもちゃ売り場か」
何を見ているのかと思えば。
おもちゃを知らない彼女も、ここに並べられている品々が宝物であることを、子供の本能が感じているのだろう。
ミカンは自分の服を買ってもらったことで、物欲が満たされることの味を知った。
具体的に何が欲しいとかはないのだろうが〝とにかく欲しい〟のだろう。
「ほら、いくぞ」
「やーあー!」
首と両手をぶんぶん振って拒否を示す。
「んなこと言ったって買わねーぞ」
「みーるーだーけー!」
あ、ウソついたな。と一坂は思った。
見るだけと言いつつ本人はその発言を秒で忘れ、目当ての物を掴んで放さない。
そんな見え透いた術は一打目でカットすべきなのだが、
「………見るだけだぞ」
「うん!」
一坂はウキウキのミカンに手を引かれ、やつらのフィールドに足を踏み入れた。
まあ、最初からなんでもダメっつーのはかわいそうだしな。
しかし案の定、
「買わねーつったろ!」
ミカンが幸薄そうなウサギのぬいぐるみ、さあびすちゃんを抱きしめてしまった。
「やーあー!」
むぎゅーっと抱きしめる。
頬がこけたウサギがさらに生きづらそうになった。
「かーうーのー!」
ミカンはバターンと床に倒れ、足をばたつかせて覚えたての我が儘を炸裂させる。
(うーん、ちっこいガキがやるんならまだしも、こいつの見た目でこうも全力で駄々をこねられると見てらんねーな……)
しかしこの光景にどこか既視感があるのはなぜだろう?
一坂は、つい最近誰かが同じようなことをやっていた気がしたが、どうしても思い出すことができず、この状況に頭を悩ませた。
予算的な話で言うなら、実はあの詩織から、
「お腹が空いたら何か食べさせてやれ」と、小遣いで一万円も貰ってしまったのだ。
(あの詩織が! 万券を!)
つい繰り返してしまった。
それはそうと、この困ったちゃんをどうしたものか。
この諭吉は腹ごしらえを考えると使うわけにはいかないし……
「うわああああああああほしいいいいいいいいいいいい――――――っっっ!!」
ミカンのものではないキンキン声の甲高いシャウト。
いつの間にかいた小さな女の子が、少し顔色の悪いウサギのぬいぐるみを抱きしめて床をぐるぐる回っていた。やり慣れた感があった。
「ほしーほしーほーしーいー!(ミカン)」
「ああああああああああかってかってかってえええええっっ!(やり馴れた幼女)」
二人してぐるぐる回り、床をピカピカにする。
どないせーっちゅーねんこの状況。
一先ず力づくで黙らせるか? でもこのご時世、力づくってのもまずい気が―――
「なにやってんだゴラあっっっ!!」
隕石のようにやってきた女性が、女の子の頭に容赦なく拳をボッコシやった。
「きゅう……」
女の子は目を×にしながら舌を出して気絶。
ガクガクブルブル………。
びびったミカンは、そっとさあびすちゃんを棚に戻した。
「周りに迷惑かけんなっていつも言ってんだろ! すいませんっ! お騒がせしてすいませんっ!」
母親と思われる女性が周りの人と店員にぺこぺこ頭を下げる。
「………ハッ! ほんっとすんませんしたあぁーっ!」
我に返った一坂も慌ててそれに習い、ドリフト気味のスライディング土下座を決めた。
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おきな




