一方その頃宇宙では
* *
どこかの宇宙空間で宇宙船が漂っていた。
その部屋は暗い。
およそ灯りと呼べるものはなく、入り口の隙間から差し込んだ僅かな光のおかげで辛うじて中の様子がわかる程度だ。
そして何より、狭い。
ただでさえ窮屈なスペースにはゴミが散乱し、壁際に寄せられた食べ残しから異臭が放たれている。
唯一空いているのは三つの椅子のある場所くらいで、その三人組は各々決まったポジションにスッポリ収まっていた。
「あーあ、なんで私はこんな風になっちゃったんだろうねぇ」
闇の中に小さな火種が浮かんだ。
後方の椅子でだらけていた女が煙草を吹かし、ただでさえ淀んだ空気をケミカルにする。
「憧れのあの人のような宇宙海賊を目指したはずなのに、なーんでこんなとこで下働きしなくちゃいけないんだろうねぇ」
「仕方ないでガッツよマジェンダ様。元気出して一緒にトレーニングするでガッツ」
薄暗い部屋の中で男の筋骨隆々のシルエットが窮屈そうに動き、無気力な様を晒す女上司に五〇キロはあろうかというダンベルを片手で差し出した。
「私はそういう汗くさいのはパース。だいたい私が筋肉だるまになったら、せっかくの美しいボディが台無しだよ。だからそういうのはあんたに任せるよジアング」
「でも体型維持には日々のトレーニングは必須でガッツ」
「だーからいいってば。しっし」
マジェンダと呼ばれた女は部下のジアングからの提案を羽虫のように払うと、手にした一枚の手配書を眺め、熱の籠ったため息を吐いた。
部屋の汚さとは対照的に、綺麗に保存されたその手配書。
彼女はこれを相当大事にしてるらしく、少ない貯金をはたいて常に最高の状態を保つように特殊な加工を施していた。おかげで汚れはおろか、しわのひとつもない。
「ああ、麗しの〝紅の君〟! 貴方様は一体どこに行ってしまったのですか!? マージェは貴方様に憧れて宇宙海賊になったというのに……」
感極まった風に言う。
部屋は依然として真っ暗なのだが、彼女の脳裏には手配書の写真から内容までしっかり焼き付いているので問題ない。
ちなみに彼女が吸っている煙草はこの手配書の男が口に咥えているものと同じ銘柄だったりする。ファンアイテムというやつだ。
「でもマジェンダ様。その男は何年も前に死んだって話でガッツ」
「おだまり!」
脳みそまで筋肉な部下に冷静にツッコまれ、マジェンタはヒステリーを起こす。
「紅の君……この宇宙における最高の宇宙海賊。連合から最も危険視され、その賞金額は未だ超える者のいない100億レダ。情熱のように紅い長髪。宇宙に二人といない流星の輝きを内包した黄金の瞳……ああっ! もうっ!」
手配書を力いっぱい抱きしめ、悶える。
そのせいで手配書がクシャクシャになるが、超高性能加工のおかげですぐに元通りになるのだ。
「見つけたノーネ!」
マジェンダが手配書にチュッチュしていると、ジアングの隣からしゃがれた声が上がる。
「ウェイロー、どうしたでガッツ?」
「どうしたもこうしたも、見つけたノーネ」
マッシブなジアングとは対照的にガリガリの男、ウェイローは自作の情報収集アプリを入れた改造スマホ(スペース・マホ)の画面を上司と同僚に見せる。
「宇宙連合の怪しい動きをキャッチしたノーネ。この反応はアタチらの宿敵の警察機構。その中でも選りすぐりの精鋭部隊〝ロージェス〟なノーネ」
『それは本当か』
狭い部屋に重苦しい男の声が響いた。
同時に、パッと灯りが点き、狭くて汚い部屋とマジェンダたち三人組の姿が光の下に晒され、次いで正面のモニターが映像を映し出した。
そこでやたら豪勢な椅子にふんぞり返る男こそ、声の主にしてマジェンダたちが所属する宇宙海賊〝トライタンパーティ〟の船長、ワッチワンだった。
「「「はは~ワッチワン様~」」」
三人は瞬時に椅子の上に正座し直し、マジェンダがいの一番にへりくだる。
本人が自称するだけあって少々厚化粧ではあるものの、グラマラスなボディと相まって十分美女として通用する美貌である。
上司に続いてナマズ型宇宙人のウェイローと、サイ型宇宙人のジアングも同時に腰を折る。
『顔を上げろ』
「「「はは~」」」
許しが出たことで、三人は顔を上げた。
ワッチワンのいる場所は、この宇宙船のメインデッキ。
周囲には精鋭達が各セクションに着きながら優雅にトロピカルジュースを吸い、マリトッツォで口の中を甘くしていた。
マジェンダ達の待遇とは雲泥の差である。
『それで、今の話は本当か?』
そう言いつつ、ワッチワンはあまり関心はなさそうだったが、ウェイローはナマズ然とした一本髭を撫でながら自信満々に答える。
「本当なノーネ。行き先は〝チキュー星〟。六年前に発見された辺境の惑星なノーネ」
『だが、そんな情報はこちらには来ていないぞ?』
「それはアタチが開発したアプリが優秀なだけなノーネ」
ウェイローはドヤ顔で胸を張る。
『なるほど。ならばその任はお前たちに任せるとしよう』
マジェンダは内心でほくそ笑みながらも、複雑な心境だった。
任せるといえば聞こえはいいが、要するに信用されていないのだ。
それが悔しくてたまらないマジェンダは、普段の冷遇も相まって不満が表情に出そうになるが、何とかそれを愛想笑いの下に隠した。
映像が切れ、三人はさっそく準備にかかる。
「ウェイロー! ジアング! 今度こそあいつに私たちの実力を教えてやるんだよ!」
「お任せくださいマジェンダ様。この天才科学者ウェイローが貴方様をこの船のボスにしてみせます」
「オデも頑張るでガッツ!」
「ああんもう、二人とも頼りにしてるよ! んーまっ」
張り切る部下に投げキッスを送るマジェンダ。
「さあーて、私たちの栄光の未来に向かってグンバチングでレッツらゴー!」
「「イエイイエーイっ!」」
三人のやる気は最高潮に達し、その熱気が狭い部屋の温度を三度ほど上げた。
*
任務遂行に燃える三人組をモニター越しに眺めるワッチワン。
向こうは気付いていないだろうが、彼らの動向は常にこちらに筒ぬけだった。
といってもそれに大した意味はなく、自分に対する影口を言われようがアホの戯言だと気にも留めない。
せいぜい退屈しのぎに映画を眺めているようなものだ。
しかし、いつもならとっくにチャンネル替えしてるのだが、
「…………チキュー星」
頭の中で、何かが引っかかった。
具体的なことはわからない。
ただ、―――
ヤツによって塞がってしまった、右目の傷が疼いた。
《――― 第一章 了 ―――》
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おきな
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第一章はここで終了でございます。
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