腹で茶を沸かす
「ダメ―――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
ミカンの口から光線が放たれた
視界を埋め尽くす極太ビームは、重力やその他諸々の物理法則を一切無視。
天井をぶっ飛ばして、いつしか変わっていた茜色の空に青白い光の線を引いた。
圧倒的熱量。
異次元的エネルギー。
そして、何物も縛ることのできない自由奔放な破壊力。
その傍若無人に貫かれたあらゆるものが、まるで貪られるように光に消えていく。
飴細工のように焼き払われた工場の設備が支えを失い、バランスを崩して長年住み慣れた安住の地と共にガラガラと崩壊していく。
運よくそれらから免れていた一坂は、じりじりと肌を焼く高熱に晒されながら、あることに気がついた。
光線が、止まらない。
それどころかその威力は徐々に増しているようで。
なによりミカン自身が、この状況にパニックを起こしているようだった。
(こいつ、自分で制御できてないのかっ!?)
だとすれば事はさらに一大事。
この光線がどこまで伸びているかは知らないが、これだけの威力。
彼女がほんの少し顔を動かしただけで、射線上にあるあらゆるものが形を失くし、街の方へ傾けばその予想被害は計り知れない。
最悪街どころか、光線が届く範囲のすべての物がこの世から消滅するだろう。
それにこの能力は、彼女自身にもかなりの負担になっているように思えた。
このままではミカンの命に関わるかもしれない。
こうしている間にも光線は少しずつ大きく、彼女を飲み込むように膨れ上がっていく。
「………………………何やってんだよ、俺」
一坂は、思った。
これは不慮の事故だ。
それなら仕方のないことではないか、と。
「………………くっ」
踏み出そうとした足が目的を見失い、止まった。
(……仕方ねーよ)
頭の中で呟いた。
もともと自分の手に負えることじゃない。
それに自分もボロボロだ。
他人を気遣う余裕なんて、ない。
一坂は頭の中でその辺にあるものをかき集める。
必死にそれらしいものを組み立てる。
だけどそれは、すぐに崩れてしまって。
どうやっても、柱一本立ってくれなくて。
「パ……パ………」
ナニかが薄れていく声が、呼んだ。
「――――っ!? ………うるせえ」
「……パ……パ……」
「うるせえ……うるせえうるせえうるせえっ!!」
一坂はそれを振り払うように耳を塞いだ。
「イタ……イ……?」
塞いだ耳で、確かに聞いた。
(………………………だけど)
一坂は自分の顔面を思いっきり殴った。
〝でも〟や〝だけど〟などという、それらしい逃げ道へ繋げようとする思考の不純物。
そんなもんを頭から強引に、力ずくでぶっ飛ばした。
そうできたのは、もしかしたら。
この日、自分に舞い降りた、ささやかな幸運のおかげかもしれない。
割り箸はどこかに落としてしまった。
占いの内容も、正直よく覚えていない。
しかし、この腹の中には、きっとまだあるはずだ。
すっかりぬるくなっていた、あの液体が。
その緑色の水面で浮かび、まっすぐに立っていた一本の茶柱が。
そして今、一坂の胸に残った熱さが、おなかの中のぬるい茶を一瞬にして沸騰させた。
「ち―――ちくしょったれえええええええええええぇぇぇぇ――――――っ!!」
一坂は走り出した。
走って、ミカンを正面から抱きしめた。
彼女に到達できたのは本当にただの幸運で。
少しでも光線の軌道に入っていたら、間違いなく跡形もなく消えていた。
一坂はそんな命の危険の恐怖すら放棄し、
「勘違いすんなよ!」
叫んだ。
「別に俺はお前の親になるとか、そんなんを認めたんじゃねーからな!」
必死に叫んだ。
声が震えているのが自分でもわかった。
まるで電子レンジの中にいるような感覚に恐怖したのではない。
抱きしめた彼女の体が、思いのほか冷たかったから。
氷などの冷たさとは本質が違う。
その、吸いつくような失われる冷たさがとても、怖かった。
怖くて、怖くて、怖くて怖くて、怖くて………。
光の熱に肌を焼かれながら、一坂は必死に彼女を抱きしめた。
なんとかしてその冷たさを払いたかった。拒絶したかった。
一坂の頬を一筋の涙が伝う。
その、どこから溢れたかわからない透明の液体は、本人さえ気付くことなく熱と光の中に消えていった。
「パ……パ……」
声が聞こえた。
(ああ―――)
わかっている。
なぜ自分がこんな得体の知れない少女のために、ここまでしているのか。
放っておけないとか、良心の呵責に耐えられなくなったとか、そんな衝動的な薄っぺらい感情に掻き立てられたからではない。
そんなことではない。
そんなことではないのだが、その正体は不明で。
正確な説明なんてできなくて。
それでも間違いなく、確信できて。
一坂は、驚いていた。
自分が〝こんなにも冷静である〟ことに。
乱闘が始まった時点では我を忘れて完全に頭に血が昇っていた。
しかし、ミカンを人質にされた瞬間、その熱は一気に削ぎ落ち、あっさりと降参を選択した。
一言の挑発的な捨て台詞も吐かず、相手を刺激しないように負けを言葉と行動で示した。
それは決して当たり前ではない。
少しでも英雄的衝動に酔ってしまえば、一瞬の隙を突いて反撃に出ようなどという最悪の選択をしていたかもしれない。
あそこで一坂がわかりやすく無抵抗を示すことは、数ある選択肢の中でミカンを無傷で取り返す可能性が最も高い選択肢だった。
だから、そうなのだ。
この少女に何かあったら、きっと、自分は………
「大丈夫……大丈夫だ。俺が、ついててやるんだから」
一坂はミカンの耳元で囁いた。
もっと優しい言葉も、掛けるべき言葉もあっただろう。
せめて彼女を抱きしめる腕の力を緩めるとか、そういった気遣いが自然とできる方が男としては正解なのだろう。
しかし、幼い彼女が最も欲し、渇望しているのはそんなものではない。
そして、それは今間違いなく。
彼女を抱きしめるその腕から。
力強く。穏やかに伝わり、彼女を満たしていった。
「パパ……」
ミカンから光が薄れていく。
こんなものは奇跡でも何でもない。
パニックになった子供を落ち着かせた。
ただ、それだけのこと。
そしてそれは、世界中にいる〝とある条件下にある者〟が普遍的に。
日常的にやっている、なんでもない行為だった。
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おきな




