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誰もそんなことはいってない

 その男たちは河川敷にある廃工場を根城にしていた。

 トタン張りの箱状の建物の中、古びた大型機械の前でたむろする改造学ラン姿。

 一坂はそんなヤンキー文化の資料から出てきたような彼らを物陰から覗き見る。


「ぢぐじょ~、まさかあいつらだったとは~っ」


 見覚えがあるというだけだが、ちょくちょく絡んでくる他校の不良連中だった。

 さして相手にはしていなかったのだが、まさか盗みを働くとは。


(むかつくけど数が多すぎるな。ここは取り返すもんだけ取り返して、さっさととんずらすっか)


 さっきまでこめかみに青筋を立てていたが、さすがに多勢に無勢。

 十人以上いる不良連中を相手に単身でやり合うほど一坂もおバカさんではない。


「にしてもよぉ」


 男の一人がヘラヘラと話し出した。


「うちの親がお願いだから勉強してくれって毎日毎日うるせーんだよ」


 無駄に大きな声。

 それに比例した大袈裟なため息が、一坂の背中にも聞こえてくる。


「バカじゃねーの、やるわけねーじゃん」

「だよなー。俺のとこなんて機嫌取るためにお袋が大量のカレー作ってんだぜ? 好きだったよねとかガキじゃねーんだからよ。しかも不味いし。当然食わねーけど」

「くそ親父が誰に言ってんだっての。安月給の工場勤務のくせに」

「うっわ底辺じゃん。キツイ汚い臭いの3Kじゃん」

「マジでそうなんだよ。あーあ、あんな冴えない油まみれのおっさんの子供ってだけで人生終わってるっつーの。マジで金持ちの家に生まれたかったわー」


 男たちの間で、ドッと笑いが起こった。

 下品な笑い声が廃工場の埃臭い空間に膨らんでいった。


「おい」

「え?」


 次の瞬間、男が吹っ飛んでいた。

 最初に今の会話を始めた男だった。


「ぐぎゃっ!?」


 顔面に強打を受けた男は無様に地面を転がる。

 ワンテンポ遅れた男たちの目が、明らかに蹴りを放った体勢の一坂に集中した。


「秋山!? てめガアっ!」


 一坂は男の開いた口を塞ぐように、つま先を無理矢理突っ込んだ。


「黙れよ」


 短く、低い声。

 赤い前髪の向こうから瞳孔の開いた視線が落ちる。

 明らかに常軌を逸した迫力に男は口内の痛みも忘れ、額に冷たい汗が流れた。


「秋山!」

「ぶっ殺すぞてめぇ!」


 仲間がやられたことに、男たちの怒りが一瞬にして沸点に達した。

 口々に物騒なことを叫んで一斉に襲い掛かってくる。


「てめぇら、虫唾が走るんだよ……」


 吐き捨てた一坂は勢いをつけて飛び上がり、先頭で突っ込んできた男にドロップキックをかました。

 多勢に無勢でも一切怯むことなく、気迫で圧倒する。


「そこまでだ」


 五人目にパワーボムをかましたところで、振り返った。

 ミカンがロープで鉄の柱に縛られていた。


「おっと動くんじゃねぇ。この女がどうなってもいいのか?」


 男が手にしたナイフがミカンの眼前に晒される。


「まさか知らないとは言わねーよなあ?」


 ナイフの先端が、彼女が着ているジャージの上から胸の膨らみに軽く押し当てられる。

 ふよっと沈んだ箇所に『秋山一坂』と思いっきり刺繍されていた。

 人質本人はこの状況を理解していないらしく、怯えてもいないが抵抗する気もないらしい。


「…………わかった。俺の負けだ」


 一坂は両手を上げ、降参を示した。


「お利口さんで何よりだ。おい」


 合図で男たちが一坂を囲った。

 後ろから蹴り飛ばされ、倒れたところを無理矢理立たされ、羽交い絞めにされる。

 どうやらこれからボクシングの練習でも始まるらしい。


「さっきはよくもやってくれたな………」


 最初に一坂から不意打ちを受けた男が、指を鳴らしながら正面に立った。

 表情の険しさから読み取るに、やる気は十分。


「―――……………っ」


 男がサンドバックを強打した。

 ボディーの位置にめり込んだ拳が大切な練習道具に衝撃と激痛を与える。

 砂ではない液体が、硬い地面に赤いシミを作った。

 しかし、熱心な選手たちは多少の汚れは気にしない。

 日頃の鬱憤を晴らすように、容赦なく練習を続けた。


「パパ……?」


 ミカンの澄んだ翠玉色の瞳が、映り込んだ苦悶のしわに汚されていく。


「パパ……」


 ミカンの表情に変化が生まれた。


「パパ……ダメ……」


 その顔には、今までになかった〝怒り〟が込められていた。


 シュパンッ!


 刹那、地面に転がされた一坂は空気が切り裂かれる音を聞いた。

 ミカンから伸びた漆黒の尾が、自分を拘束していたロープごと鉄柱を切断したのだ。

 何かが弾けたような音。

 その音に、一坂が辛うじて繋ぎとめていた意識が完全に覚醒した。


「なんだよ、あれ………」


 見開いた眼が熱波に焼かれる。

 それでも見ずにはいられない、美しくも危うい光。

 その中心で佇むミカンの長い金髪が、さらなる濃密な青白い光を発しながら空間を揺らめいていた。


「パパ……イジメル……」


 ミカンは険しい表情でつぶやく。

 彼女の周囲に走った紫電が空気を鞭のようにバチバチ叩いた。


(……そういえば、テレビで………)


 一坂は茫然となりながら、呑気の思い出す。

 ミカンの能力には、まだ続きがあったことを。


 なんでも切り裂く凶悪な尻尾。

 なんでも溶かす強酸の涙。

 ―――あと一つ。


 テレビは詳細を語る前に逝ってしまったが、一坂はそれを頬の傷を一瞬で治した治癒能力だと思っていたし、事実正しいのだろう。


 しかし、―――


 誰が言ったのだ?


 彼女の持つ能力が、三つ〝だけ〟などと。


 そして、その〝四つ目の能力〟は。


 今まさに目の前で、さらに濃密になっていく青白い光と。

 無尽蔵に膨れ上がる爆発的なエネルギーを伴って、一気に解放されようとしていた。





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※数ある作品の中からこの作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。

 少しでもいいな、と思っていただけたなら、応援していただけるとものすごく励みになります!

                              おきな

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