ハズレ枠
「づ……づがれだ……」
息も絶え絶えの一坂は道の隅っこに落下気味に腰を下ろした。
なんとか撒けたが念のため自販機の影に身を隠すような位置取りである。
「……ったく、なんてこった」
家で待機するはずがこんなことになってしまった。
日頃の行いだということは置いておくとして、ミカンの正体が周囲にバレればポリスが一目散に駆けつけてくるだろう。
そうなれば一坂の銭ゲバ計画が水泡に帰してしまう。
(すぐに帰っても待ち伏せされてるかもしんねーしなー)
念のため時間を潰してから戻るのが賢明だろう。
「ま、とりあえず腹ごしらえだ」
一坂は目下の問題を一先ずどっかにやり、ここまでずっと死守してきた丼のラップを剥がした。
すっかり冷めてしまったが、しゃーない。
「お」
割り箸が綺麗に割れた。
特に注意したわけではなかったが、二本の棒はまるで双子のように瓜二つ。
「こいつは縁起が………」
一坂は出かけた言葉を呑み込んだ。
本日三つ目になるささやかな幸運。
これだけ重なれば宝くじでも(バラで)買いたいところだが、それら儚きものを踏み潰す暴力的不運に目下見舞われているので、やめることにする。
一坂は隣にいる不運の元凶を意識的に視界に入れないようにし、
「いっただきまーす」
のびまくった麺を口に持っていこうとする。
じー……。
一坂は口を開けた体勢のまま動きを止めた。
不運の星が、ひょこっと視界に入ってきたからだ。
クリッとしたエメラルドグリーンの瞳の上目遣いが、こっちを覗き込んできた。
じー…………。
めっちゃ見てる。
ぐうぐう。
めっちゃ腹鳴ってる。
「……………………………………………………………………………わーったよ」
一坂は観念し、持っていた丼をミカンに差し出した。
「?」
「……………ああ、そうか」
忘れていたが、ミカンはほんの数時間前に生まれたばかり。
だから一坂が普通に理解しているラーメンが何なのかわからないのだ。
(なんか、昔の俺みたいだな……)
過去の自分のことが頭に蘇るが、それは一瞬だけ。
「これはラーメンつって……、えと……」
いざ説明しようとすると言葉に詰まってしまう。
こういう時、詩織ならうまくやるのだろうが生憎一坂はその辺不器用である。
「こうするんだよっ」
言葉での説明を放棄した。
実演あるのみ。
一坂は勢いよく麺を啜ってみせた。
「ほら、やってみろ」
口元を手で拭って、再び丼を差し出した。
「え、う……」
ちょっとパ二くっている。
「…………悪かった。じゃあ……」
一坂はスパゲティの要領で箸先に麺をくるくる巻き付けた。
「これなら食えるだろ」
球状に巻き付いた麺を小さな口に持っていく。
ふと思ったことだが、赤ん坊同然の舌にラーメンは味が濃い気がするが、まあいいか。
「ほら、口開けろ。あーん」
「……あーん」
ミカンは少しおっかなびっくりながらも、促されるままに口を開いた。
パクン。もぐもぐ……
「どうだ? うまいか?」
冷めてるし麺もブヨブヨなのだが一坂的には全然問題ない。が……どうだろう?
暫しの緊張―――する間もなくミカンは笑顔満面になった。
「うまいー」
「そっか、うまいか。よかったよかった。ほらもっと食え」
バンザイして好感を示すミカンに一坂も次を差し出す。
そしてミカンはぺろっとラーメンを平らげた。
おなかをぽんぽんしながら一坂の隣に座り、ピトッと体を寄せてくる。
(ったく、やれやれ……)
一坂はスープだけ残った丼を傍らに置いた。
結局手本で見せた一口分しか食べられなかった。
中途半端に腹に入れたせいで空腹感がより増してくる。
………のだが、
「パパ~」
今のミカンを見ていると、不思議とそこまで気にならなかった。
(パパ、か……)
ミカンは一坂のことを父親と認識している。
そこについては認めていないが、少なくとも彼女が自分から生まれたということだけは、時間を置いたことで、まーそうなんだろうな、くらいには思えるようになっていた。
(お前も運がねぇな。なにも俺みたいな奴から生まれなくてもよかったのに……)
一体どういう経緯でこの体の中に卵が寄生したのかはわからないが、それにしたって自分という人間は宿主として〝ハズレ〟だろう。
さすがの一坂も、伝わってくる雰囲気などからミカンが危険な存在でないことはわかった。
彼女は危険な能力を持ってはいるが、映画に出てくる怪物のように、見境なく周囲へ危害を加えることはない。
見た目が十五、六歳の少女だが、中身はそこらにいる子供と変わりないのだ。
だったら高校生の男。
それも自分のようなはみ出し者から生まれるよりも、もっと普通の家庭で生まれればどれだけ幸福だったことか。
こんな冷たいラーメンよりあったかくて、おいしいものだって食べられただろうに。
(……ま、そんなこと考えても仕方ねーか)
どうせこんなことは長くは続かない。
時が来れば、ミカンとはそこでお別れなのだから。
そう結論づけた一坂が、二本のささやかな幸運を手で弄んでいると。
ブロロロロロ~~~~………………。
目の前を数台のバイクが通り過ぎて行った。
「んあっ!? あの銀色セクシーはっ!」
その内の一台。
シルバー塗装の二輪車に過剰反応した一坂は、握っていた箸をへし折った。
何を隠そう。
そのバイクこそ、昨日一坂が我慢できず茂みで野糞としゃれこんでいる間にパクられた愛車だったのだ。
しかし、同じ車種なんて幾らでもあるとお思いだろうが、
「じゃあ、あなたは愛した女と他の女を見間違えることがあると言うのですか?」
真顔で力説した。
メラメラ怒りの炎が燃え上がり、ミカンがそれにあったかそうに両手を翳した。
「うおおおおおおおぜったいにゆるせえええええええんんんんんっ!」
一坂は怒りのままにミカンを小脇に抱え、去っていくバイクをダッシュで追った。
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おきな




