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婚約破棄の作法について淡々と語る令嬢のお話

「最近、妹のラーズナと仲良くしてくださっているそうですね」


 伯爵令嬢ヴェトリーナ・ヴォーリヤクは、自らの婚約者である公爵子息フェーネスタ・イジディーンにそう語りかけた。

 つややかな金の髪に切れ長の緑の瞳。ヴェトリーナは近隣の貴族の中でも指折りの美しい令嬢だ。

 フォーネスタは整えられたブロンドの髪に、凛とした蒼の瞳。スマートではあるが、よく鍛えられた引き締まった身体。誠実そうな青年だった。

 

 伯爵家の屋敷に設えられた屋外のテラス。二人で過ごす紅茶の時間。

 普段は穏やかに歓談する時間だった。

 しかし今日、フォーネスタはひどく暗い顔をして、なかなか語りだそうとしなかった。そこでヴェトリーナまずは身近な話題から切り出したのだ。

 妹のラーズナの名前を出した途端、フォーネスタはぶるぶると震えだした。

 

「どうされたのですか、フォーネスタ様?」

「もう、ダメだ……やはり僕は、自分の心には嘘をつけない。君を裏切り続けることにも耐えられない」


 フォーネスタは椅子から立ち上がると、苦しみに歪んだ顔で告げた。

 

「僕は……君の妹、ラーズナを愛してしまった。君との結婚を考え直させてくれないだろうか……?」


 その言葉に、ヴェトリーナはわずかに目を見開いた。

 そして、紅茶を一口飲んだあと、落ち着いた声で答えた。

 

「承知しました。婚約破棄か婚約解消をご希望ですね? それではそのように準備を進めましょう」


 淡々とした事務的な回答だった。

 フォーネスタは予想外の反応に驚きの顔で固まった。

 

「フォーネスタ様。いつまでも立っていないで、椅子にお座りください」

「あ、ああ……」


 ヴェトリーナに促されて席に着く。そして彼女は、何事もなかったかのように話を続けた。


「それでは、今後の手続きですが……」

「いや、ちょっと待ってほしい」

「なんでしょうか?」

「その、なんと言うか……君との婚約を無くそうとしているんだ。自分で言うのもおかしなことだけど、君が怒って当然のことだと思う。それなのに、どうしてそんなに落ち着いているんだ?」

「もっともな疑問ですね。それでは、ご説明いたしましょう」


 ヴェトリーナは人差し指を立てて説明を始めた。


「まず、今回の婚約は、我がヴォーリヤク伯爵家とフォーネスタ様のイジディーン公爵家とのつながりをつくることが目的です。だから、妹と婚約することになっても、伯爵家としては問題ないのです」

「は、伯爵家としてはそうかもしれない。でも、君の気持はどうなるんだ? 僕は君を裏切ったんだぞ!」

「そう言われましても……婚約して一年になりますが、実に清いおつきあいだったと思います。男女として深い仲になっていたら涙の一つもこぼれたかもしれませんが、そういうわけでもありませんでしたからね。まさか、口づけすらせず何度か抱きしめた程度で、ご自分のものになったと思っていたわけでもないでしょう?」


 ヴェトリーナの言葉に、フォーネスタはショックを受けた様子だった。

 彼としてはそれなりに深い仲となっていたつもりらしい。


「そう落ち込まないでください。あなたの素直でまっすぐなご気性は好ましいものでした。妹を安心して任せられると思うからこそ、私も平静でいられるのですよ?」

「そ、そうか……」


 褒められているようでもあり、突き放されているようでもある言葉だった。

 フォーネスタはどう受け止めていいかわからず、複雑そうな顔をした。

 

「それにしても……そのご様子では、フォーネスタ様は婚約破棄の作法についてあまりご存じないようですね」

「作法? 婚約破棄に作法なんてあるのか?」

「貴族のあらゆる行動に作法はつきもの。婚約破棄も例外ではありません。フォーネスタ様、婚約破棄はどこで宣言されるおつもりでしたか?」

「宣言も何も……いまこうして、君に話したじゃないか。君からご両親にお伝えして、それで両家の話し合いという形になるのでは……」


 ヴェトリーナは首を振った後、大きくため息をついた。


「全然違います。いいですかフォーネスタ様、婚約破棄は多くの人の前で宣言せねばならないのです。一般的には夜会か舞踏会、晩餐会ですね。フォーネスタ様なら、学園の夜会がいいでしょう。そこにラーズナを伴ってご入場ください。そして私を呼びつけて、堂々と婚約破棄を宣言なさってください」


 フォーネスタは仰天した。

 

「な、何を言っているんだ君は!? 恋愛小説や舞台演劇でもあるまいし、婚約破棄なんて不名誉なこと、どうして公衆の面前でやらなければならないんだ!?」


 ヴェトリーナはやれやれと肩をすくめた。

 

「婚約破棄が不名誉なことだからこそ、人々の目が必要なのです」

「い、意味が分からない!」

「個人的な恋愛によって婚約を破棄するなんてこと、秘密裏にやったらどうなると思います? 人々は好き勝手に様々な憶測を立てるでしょう。噂に尾ひれがつき、フォーネスタ様の評価は地の底までも落ちることになります。

 だからこそ、夜会で宣言するのです。堂々と宣言することで後ろ暗さを感じさせない。大勢の前で発表することで、皆に共通の認識を作る。これは絶対に必要なことなのです」


 フォーネスタは片手で目を覆い、嘆息した。

 

「なんということだ! 夜会で婚約破棄なんて、物語の中だけのことだと思っていた! まさかそんな理由があり、作法となっていたなんて!」

「まあ表立っては話されることのない作法ですからね。フォーネスタ様がご存じないのも無理はありません。私が知っているのは貴族令嬢のたしなみ、と言ったところです」


 ヴェトリーナはそこで話を区切り、テーブルのクッキーを一つつまみ、紅茶を一口味わった。

 そして、フォーネスタが落ち着いたころを見計らい、話を続けた。


「ああそうそう。念のために確認しますが、『真実の愛』はありますよね?」

「なに? 『真実の愛』?」

「ええそうです、『真実の愛』です。婚約破棄には必需品です。私の妹との間に、ちゃんと『真実の愛』はありますよね?」


 ヴェトリーナの追求に対し、フォーネスタは真っ赤になりモジモジとしだした。

 

「なんですか? まさか無いんですか、『真実の愛』。妹とは遊びだったとでも言うつもりですか?」

「そ、そんなことはない! 僕はラーズナのことを愛している! だが、『真実の愛』とまで言われると……どうにも気恥ずかしいものがあって……」

「しっかりしてください。『真実の愛』が無いと、みなさん納得しませんよ。婚約破棄の宣言までに、ちゃんと準備しておいてくださいね」

「『真実の愛』って、言われて準備するようなものなのだろうか……?」


 気持ちを落ち着けようと、フォーネスタは紅茶を口にした。

 いつもは穏やかな気分をもたらしてくれるお気に入りの茶葉も、今は彼のことを癒すには力不足だった。


「婚約破棄には他にも用意するものがあるんですから、そっちも忘れないでくださいね」

「まだ何かあるのか……」

「ええ、とても大事なことです」

「わかった。何を用意すればいいんだ?」

「私の新しい縁談です」


 フォーネスタは紅茶を噴き出した。

 

「え、縁談!? それはご両親が用意するものだろう!? なぜ僕が用意しなくてはならないんだ!?」

「ああ、そうですね。フォーネスタ様は婚約破棄の作法をご存じないから、疑問に思うのも仕方ありません。順を追って説明しましょう」


 ヴェトリーナはハンカチを取り出し、フォーネスタの噴き出した紅茶を軽くふいた。テーブルクロスにしみこんだものは無理だが、見た目に見苦しくない程度には綺麗になった。

 あくまで落ち着いた態度のヴェトリーナに対し、フォーネスタは目を白黒させるばかりだった。

 ハンカチをしまうと、ヴェトリーナはふたたび語り始めた。


「婚約破棄された令嬢には新しい縁談が舞い込んできます。多くの場合、理解があって包容力のある男性に出会い、傷ついた心を癒してもらい、そしてしあわせになるのです。

 でも、現実的に考えてみてください。未婚かつ素敵な男性との縁談が、そう都合よく舞い込んでくるものでしょうか?」

「それは小説などの架空の話のことであって、現実にはそうそう起きることじゃないと思うが……」

「ええ、その通りです。なにもせずにそんな都合のいいことが起きるはずがありません。だから事前に準備をしておくのです。縁談の相手を探し、傷ついた令嬢を癒しうる方かどうか、しっかりと確認しておくのです。当然、時間を要します。だから婚約破棄の前にやらなければならないのです」

「なるほど、それなら現実的だ。でもなんでまた、僕がそこまで用意しなくてはならないんだ?」


 ヴェトリーナは深々とため息をついた。

 

「……ちょっと考えてみてください。婚約していた私を捨てて、妹と結婚するんですよ? それで何のフォローもしないなんて、どんな鬼畜の所業ですか。我が伯爵家の両親を始め、親類縁者みなさんが、フォーネスタ様のことを嫌います。ことあるごとにこのことを持ち出され、一生頭があがりませんよ? そんなの嫌でしょう?

 だからあなたが縁談を用意するんです。それが殿方の甲斐性と言うものです」

「ううむ……言われてみればその通りではあるけれど……それでも、そこまでしなくてはならないものなのか……?」


 フォーネスタは腕を組んで考え込んでいる。

 ヴェトリーナはそんな彼を眺めながら、紅茶の香りを楽しんだ。

 

「さて、準備にいろいろと手間のかかる婚約破棄ですが、終わった後にも重要なイベントがあります」

「……まだ何かあるのか?」

「『ザマァ展開』です」

「『ザマァ展開』?」

「そうですね……今回のケースの場合、こんな感じになります」



 婚約破棄され、傷心の伯爵令嬢ヴェトリーナ。

 彼女は辺境の国の王との縁談に赴くことになる。

 王はヴェトリーナを温かく迎え、彼女の傷ついた心を少しずつ癒していった。そして王とヴェトリーナは深く愛し合うようになっていった。

 

 そんなある日、フォーネスタが辺境の国にやってきた。

 姉がいなくなったことで、彼はラーズナとの関係がギクシャクとしたものとなっていた。

 少しずつ心の離れていく日々。そんな中、彼は自分が本当に愛していたのはヴェトリーナだと気づく。

 ヴェトリーナに会いに行こう。なあに、かつての婚約者だ、自分がよりを戻すと言えば喜んで帰ってくるに違いない。

 そんな自信の元、フォーネスタはやってきたのだ。

 

 だが、フォーネスタに対するヴェトリーナの愛は既に失われていた。彼女の愛はすべて、王に向けられていたのだ。

 フォーネスタがいくら言葉を費やそうと、彼女は戻るそぶりすら見せない。

 怒りに燃えた彼は、腕ずくで彼女を連れて行こうとする。

 だが、王がそんな狼藉を許すはずもなかった。

 王は力強くフォーネスタを引きはがすと、一喝した。


「立ち去れ、痴れ者が!」


 すべての望みが断たれ、フォーネスタは泣きながら逃げ帰る。

 そんな哀れな彼の姿を見て、周りの人々は思うのだ。

 「ザマァ」と。




「……とまあ、ざっとこんな感じになります」

「なんだか僕がかわいそうすぎないかっ!?」


 フォーネスタは顔を青くして自らの身体を抱いた。

 

「え? なんで? なんでそんなことしなくちゃいけないんだ?」

「あなたの身の安全のためです」

「身の安全のため!?」

「新しい縁談を事前に用意したことで、親類縁者は婚約破棄のことを、まあ受け入れてくれます。しかしそれはあくまで身内のことであり、外から見れば婚約者を捨てたひどい男です。法律的に間違ったことをしたわけでもないので、罰せられることはないでしょう。でもむしろ、罰せられないというのが問題なんです。

 悪人が罰せられないことは、人々の不安を呼びます。公爵家の子息と言えど、要らぬ敵を作ることになるでしょう。正義の名のもとに、あなたに罰を与えようと暴走する人たちもいるかもしれません」

「そ……それは考え過ぎじゃないかなあ……?」

「ではちょっとした例で考えてみましょう。もし、飽きたと言って女性を捨てた方が身近にいたらどう思われますか?」

「それは……ちょっと嫌かもしれない」

「悪いことをしたんだから、ひどい目に遭えばいい……そんな風に考えたりはしませんか?」

「それは……考えてしまうかもしれない」

「そうです。誰もがそう思うのです。だから『ザマァ展開』で先手を打って、自分から罰を受けるのです。言わば(みそぎ)です。悪いことして、その結果ひどい目に遭う。そうすることで、貴族社会に真人間として戻ることができるのです」

「その言い方だと、今の僕は真人間ではないみたいじゃないだろうか……?」

「恋愛感情で貴族の婚約を破棄するような人は、貴族社会的に真人間とは言いづらいものがありますね」

「ぐはっ!」


 ヴェトリーナの容赦のない言葉に、フォーネスタは胸を押さえて顔を伏せた。

 自覚はあっても、はっきり言葉にされるとやはりショックなようだった。


「以上が、婚約破棄に関する作法です」


 ヴェトリーナはそう結んだ。

 フォーネスタはしばらくすると胸の痛みからは立ち直ったようだった。そして、腕を組んでうんうん唸りだした。何か言い返したいようだが、ヴェトリーナの自信に満ちた理路整然とした言葉の数々に対し、うまい言葉思いつかないようだった。

 そんな彼を眺めながら、ヴェトリーナは紅茶と茶菓子を楽しんだ。

 しばらくすると、フォーネスタは疲れ切った顔でぐったりしてしまった。


「大丈夫ですか? フォーネスタ様?」

「とても……とても疲れた……婚約破棄がこんなにも大変なことだなんて思わなかった……」

「そうですね。がんばってくださいね」


 ヴェトリーナの励ましに、フォーネスタはガバリと顔を上げた。


「がんばってくださいね!? 『婚約破棄はこんなに大変なことだから、やめなさい』と諭されているのかと思っていたんだがっ……!」

「最初に申し上げたように、フォーネスタ様になら妹を任せられると思っています。あなたが己の信じることのために行動なさるのであれば、止めたりはいたしませんわ」

「……すこし、落ち着いて考え直してみる」


 フォーネスタは立ち上がり、よろよろとその場を去った。

 

 

 

 フォーネスタが完全に姿を消したところで、一人の令嬢が現れた。ヴェトリーナの妹、ラーズナだ。姉と同じくきらめくような金髪に、くりくりした緑の瞳のかわいらしい少女だ。

 ラーズナはうんざりした顔で姉に語りかけた。

 

「お姉さま……あんなデタラメばかりを、よくもまあ平気な顔して言えるものですね……」

「意外と楽しいものですよ」


 ヴェトリーナの語った婚約破棄の作法は、全てデタラメだった。

 人々の前で婚約破棄を堂々と宣言すれば、確かに後ろめたさがなさそうに見えるし、皆の共通の認識が得られるかもしれない。しかし婚約破棄などという不名誉なことを大勢の前で語るのは、やはり非常識だ。噂におひれが付くのを減らすことはできても、完全に無くせるわけではない。秘密裏に婚約破棄するのとどちらがマシかは微妙なところだ。

 婚約破棄した相手の縁談を自分で用意するというのも、およそありえない話だ。そこまで相手のことを気遣える者なら、そもそも一方的な婚約破棄などしないだろう。

 『ザマァ展開』もまったくのデタラメだ。もちろん、そういう展開自体はある。だが、失敗する前提で前の婚約者のもとに行く者などまずいない。そして失敗した男の末路はただ悲惨なだけだ。そこに救いはない。

 

 ヴェトリーナは物事の利点や必要性のみ強調し、欠点を意図的に話さないことで、フォーネスタの錯誤を誘発したのだ。


「あなたの方こそ、フォーネスタ様とずいぶん楽しんでいたようじゃないですか」

「フォーネスタ様ってわたしの言うことを何でも信じてしまうから、つい悪ノリしてしまいました。人間としては好ましい人ですよ、本当に。あんな素直な方が、我がヴォーリヤク伯爵家とつながりを持ってしまうのは、やっぱりどうかと思ってしまいますね」

「それを計るための今回の(はかりごと)。やはり、実行する価値はありましたね」


 ヴォーリヤク伯爵家は王国の裏の世界で力を持つ貴族だった。世論を都合のいいように誘導する、意図して貴族間の不和を生じさせる、不祥事を捏造し政敵を失墜させるなどなど……主に情報操作を得意とする謀略の家系だった。

 だが、ヴォーリヤク伯爵家にはここ数代、傑物と呼ばるほどの才気にあふれる人物は現れなかった。そのため、徐々にその力を落としつつあった。

 この難局を乗り切るには、新たな血が必要だった。そこで、名家であるイジディーン公爵家との婚約を取りつけたのだ。

 

 だが、フォーネスタはあまりに素直でまっすぐな性根の青年だった。ヴォーリヤク伯爵家の実態を知った時、どう動くかわからなかった。

 そこで、ヴェトリーナとラーズナは、フォーネスタの器の大きさを計るべく、謀略を仕掛けたのだ。

 

 ヴェトリーナと婚約したフォーネスタ。そこに、まずラーズナが近づき、篭絡する。次にヴェトリーナは婚約破棄を否定せず、デタラメを吹き込む。

 フォーネスタがそのことにより動いて醜態をさらしたところで、全ては嘘だったと明かすのだ。


 それでフォーネスタが心折れるなら、縁を持つべきではないだろう。

 怒り糾弾してくるのなら、ヴォーリヤク伯爵家の敵になりうる人物だ。イジディーン公爵家の力を削ることも検討しなくてはならない。

 だが、もし、嘘と知って、それを受け入れられるような器の大きい人物なら……それはヴォーリヤク伯爵家の姉妹にとって、一生を捧げるに足る人物と言うことになる。

 

「フォーネスタ様は、どこまでもまっすぐな方ですからね。今は悩んでいても、一度決めたらどこまでも突き進みますよ。これからの行動は要注意です」

「あら、この妹ときたら。さすが殿方の愛を勝ち取った令嬢は、言うことが違いますね」

「からかわないでください。あくまで勘ですが……なにか大きなことをやらかしそうに思うんです」

「そうですね。あの方は、私のデタラメを頭ごなしに否定せず、きちんと聞いてくださいました。そのせいでついつい熱が入り、当初の予定よりいろいろ語ってしまいました。

 そもそも、人を利用することばかり考えるヴォーリヤク伯爵家の娘二人が、そろって好ましく思い、家に関わらせないように考えること自体、実のところおかしなことです」

「……言われてみれば、不思議なことですね」

「あの方の素直さは、それだけでひとつのカリスマなのかもしれませんね。あなたの言う通り、なにか大きなことをやってもおかしくないと思います。それが我がヴォーリヤク家にとって利となるか害となるか……しっかりと見極めねばなりませんね」


 二人の姉妹はうなずき合った。

 裏から糸を引いて操る。それがヴォーリヤク伯爵家であり、その娘たちなのだった。




「まさかこんなことになるなんて思いませんでした……」


 婚約破棄の作法というデタラメをフォーネスタに吹き込んでから二か月が過ぎた。

 その日の夜会の出席を前に、ヴェトリーナは思わずそう口にしていた。

 

 フォーネスタの行動は注視していた。だが、彼の行動はあまりに唐突かつ予想外だった。

 フォーネスタはある日突然、辺境の国に旅立った。あわててラーズナは後を追った。しかし、彼女が到着した時、既にフォーネスタは辺境の国の王族に取り入っていた。辺境の王は彼のまっすぐな気性をたいそう気に入ったらしい。

 

 そして縁談を持って帰ってきた。

 誰のどんな縁談か?

 それは『婚約破棄されるかわいそうなヴェトリーナのための縁談』だった。フォーネスタは婚約破棄のデタラメを信じ込み、一体どうやって辺境の王を口説き落としたのか、本当に縁談を持ってきてしまったのである。

 

 この異常事態に対し、ヴォーリヤク伯爵家は大混乱に見舞われた。様々な議論が尽くされたが、結局のところ、この縁談を受けるしかなかった。

 最近力をつけ始めた辺境の王国に対して、まさか「嘘でした」とは言えなかった。また、辺境の王国と関係を持つことも、力を落としつつあったヴォーリヤク伯爵家にとって、大きな利益となることだった。

 

 ラーズナはフォーネスタに心底ほれ込んだ。なにしろたった一人でこれほどの偉業をなしとげたのだ。二人は相思相愛となった。フォーネスタは図らずも、「真実の愛」すら手に入れたのである。

 

 ヴェトリーナとしてはしてやられた気分だった。フォーネスタはそれなりの器をもつ人物だとは思っていた。だがまさか、これほどのことをなしとげる傑物だとは、想像すらしていなかったのだ。

 

「やれやれ。何ですかこの敗北感は。傷つけられたこの心は、辺境の王様にたっぷり癒してもらうとしましょうかね」


 そして、ヴェトリーナは夜会に向かう。

 彼女の騙った、婚約破棄に最後までつきあうために。

 

「僕はこのラーズナとの間に、『真実の愛』を見つけた! 伯爵令嬢ヴェトリーナ! 君との婚約は破棄させてもらう!」



終わり

伯爵令嬢ヴェトリーナは、婚約者である公爵子息フォーネスタから

婚約をとりやめにしたいという相談を受ける。

彼はヴェトリーナの妹、ラーズナに恋をしてしまったのだ。


ところがヴェトリーナは怒りもせずに受け入れて、

淡々と婚約破棄に関する「作法」を語り始めた。


「婚約破棄は夜会で宣言してください」

「なぜ公衆の面前でやらなければならないんだ!?」

「私の新しい縁談を用意してください」

「なぜ僕が用意しなくてはならないんだ!?」


はたして、フォーネスタは無事、婚約破棄ができるのか!?

ヴェトリーナの秘めた意図とは!?


そんな感じのメタなコメディです。


※2023/8/18 細かな誤字の修正と、ラストの「作法」についての解説を書き加えました。

 物語の筋自体は変えていません。


2024/7/1 誤字指摘ありがとうございました! 修正しました!

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