桑の実を食む
親不孝者に育ちました。
先立つ不孝をお許しください。
何度この言葉を聞いただろうか。
子は親を選べない。
その逆も然り。
だのに何故私の耳には、親への罪悪感を表す言葉しか残っていないのか。
私自身が、罪悪感を持っているから?
だとしたら私はまだ普通の感性を持っているのだろうか。
傍から見れば異常でしかないことでも、自分にとっては通常だから。
自分では何も問題は無い。
しかし。
私は異常者であるという自覚を持っている。
だから正常である親に不快感を抱いた。
だから親を責めるしかなかったのだ。
自分が正しいなどと露ほどにも思わない。
私に限って言えば、私の親が悪であるなど、絶対に有り得ない。
私をこの年まで育ててくれた。
私の悪を叱り、諭し、正そうとしてくれた。
私の歪みを理解しようとしてくれた。
私を、最後の最後まで愛そうとしてくれた。
そんな親が、悪であるなど絶対に有り得ない。
強いて言うならば。
私のような人間の成り損ないを生んでしまったことだろうか。
それだけが、親の唯一の罪、だろう。
満天の星空を見上げて、一筋の息を吐く。
白く変化した息が、星空の中を漂い消えていく。
吸い込んだ空気が喉を凍らせる。
痛みと渇きに喉が鳴った。
唾を飲み込み湿らせるが、焼け石に水でどうにもならない。
「寒いね」
返答が返ってくることは無いけれど。自己満足で話しかける。
同じように空を見上げ、口を開ける愛しい人。
滅多に話すことのない寡黙な彼が、私へ話しかけることは無い。
それでも私は満足だった。
彼と同じ空間にいることが、何よりも幸せだった。
彼と同じ景色の下にいることが、何よりも幸福だった。
何も返さない彼に笑いかけ、また空を見上げる。
きらきらと煌めく星々が、自分たちを嘲っているような気がする。
確かに自分たちは星に比べれば矮小で、取るに足りない存在だ。
だけど、お前たちは知らないだろう。
今私が感じている溢れるほどの絶頂感を。絶対零度の中でも感じる幸福の熱さを。
お前たちは、知らないだろう。
「幸せだ」
言葉を包む息が凍る空気に散っていく。
「私、最高に、幸せ」
冷たい彼の手を握りしめ、星空を眺め続ける。
今までの人生で、間違いなく、最高に幸せなひと時だ。
「親は子を選べない」
甘美な時も、いつかは終わる。何事にも終わりは必要。
少し寂しいけれど幕引きは自分でしなければ。
「残す不幸、先立つ不幸をお許しください」
両親はこんな親不孝な私を、地中の底まで探してくれるだろうか。