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その裏側で  作者: やまとうみ
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8.婚約

馬車には父と私とお姉様の侍女の三人。特に会話もなく窓から見える景色を眺めていた。

こんなに苦しいドレスを着て長時間馬車に揺られるなんて、それだけで貧血で目が眩みそう。

私は昨夜シャンテに教わったことを反芻し、なんとか今日という日を穏便に過ごせることを祈った。


馬車の窓から見える景色はずっと雑木林が続いている。警備の都合上、森の中の崖の上に城がありその裏に王宮があった。

国王陛下の体調が芳しくないので最近陛下は王宮から出ないらしい。この馬車は王宮へ向かっていた。


関所を越える回数が多くなるほど馬車の揺れも大人しくなってくる。

雑木林に邪魔されていた日の光が窓から差し込んでくると、景色がどんどん開けていき一気に見通しがよくなったところでついに王宮内に入ったのだなと察する。


大きな庭園は中央に三段構えの噴水が日の光を浴びてキラキラと輝き、噴水を囲むように栽培されている薔薇を筆頭に、王宮までの道のりを彩り豊かな花々が来訪者を歓迎している。

公爵家のお屋敷も大きいが、それとは比較できないほどの広さと豪華さ。見たこともない景色に手が震えてきた。


馬の闊歩より自分の鼓動が遥かに早くそして音が大きい。この緊張感最後まで耐えられるだろうか。


そんな心配をよそに馬車が止まるとすぐさまドアが開かれ、先に父が降りると私へ手を差し出した。その手に重ねるように自分の手を置き馬車から降りようと段差に足を掛ける。

少しよろけてしまったのを父は見逃してはいなかった。「少々足を挫いてしまいましてね」すぐフォローが入る。


まずい・・・。初級も初級のところでフォローが入った。もう、何から何までグダグダになる予感しかしない。


王宮に入ると衛兵が前後に配備され誘導される。大理石を埋められた床を鳴らす靴の音と、衛兵の鎧がガチャガチャとぶつかる音が乾いた空気によく響いた。


「こちらでお待ちください」と通された謁見の間。そこには既に二十名程おり一斉にこちらに視線を投げる。

全員が父よりも遥かに年上で、身に着けている衣装や値踏みするような目などにより、かなり高い身分の者なのだろうと察する。

いや、私が知らないだけで国を司る人たちなのでは・・・。


父がお辞儀をすると私もそれに倣う。相手からの反応は冷たいものだけど、唯一近寄ってきてくださったのは新聞などで拝見したこともある大司教様。



「ベイフォード伯爵。此度の婚約、心からお喜び申し上げます。ささ、こちらへ」



大司教様が私と父を部屋の中央へ促す。



「あんなに幼かったティアナ様がもうご婚約とは、時の流れというのは早いものですな」

「大司教様もご健在でなによりです。本日の立会人も大司教様であられてティアナも喜んでおります」

「神の御心に感謝ですな」



とても穏やかな顔をしている大司教様とお姉様は古くから親交があったようでとても嬉しそうである。

チクリと胸が傷んだ。・・・私は、大司教様だけでなくここにいる全員を騙している。


「陛下を呼んで参ります」誰かの声が耳に入り「では、こちらでお待ちください」と大司教様も持ち場へ戻って行く。私と父は玉座手前の階段を前に膝をつき頭を下げて国王陛下を待った。


ほんの数分だったと思うが、身じろぎ一つ許されないような張り詰めた緊張感に押しつぶされとても長い時間のように思えた。

ガチャと扉の開く音がすると更に深く頭を下げる。



「よくぞ参られた。ディラン・ベイフォード卿に、その娘ティアナ。面を上げなさい」



国王陛下のお言葉により私も父も顔を上げる。見上げた玉座に国王陛下と王妃殿下が座っており、階段を下りた脇の方に王子二人が並んでた。

その圧倒的威厳に喉がキュと締まる。呼吸を忘れてしまいそう。



「我が息子、レオナルドとの婚約嬉しく思うぞ」

「もったいなきお言葉にございます」

「レオナルドよ、ベイフォード卿に挨拶を」



第一王子であるレオナルド殿下が国王陛下に頭を下げると私たちへ近づく。

長身でスラリとした体躯に、長くて柔らかそうな金髪を結わえ、穏やかにこちらを見つめる目は魂を吸い取られそうなくらい人々を魅了する。



「レオナルドです。此度の婚約をお受けくださりありがとうございます」

「身に余る光栄にございます、殿下。さあティアナも挨拶なさい」

「・・・ティアナ・ベイフォードでございます。ご婚約いただき恐悦至極に存じます」



重たいドレスの裾を持ち上げてお辞儀する。するとレオナルド殿下も胸に手を当て小さく頭を下げた。そしてレオナルド殿下が手を差し出しエスコートする。私は殿下に引かれ国王陛下の元へ。

国王陛下、そして王妃殿下が並んでいる前に立つなんて今にも倒れてしまいそうなところを踏ん張る。先ほどレオナルド殿下にしたようにドレスの裾を持ち上げお辞儀する。



「ではこの時より、我が息子レオナルド・ヴァーグナーとティアナ・ベイフォードの婚約を正式に認める」



国王陛下の声に拍手が起こった。

私はもう一度お辞儀をすると、後ろを向いたまま階段を下りるという何とも恐ろしい試練に直面する。

シャンテに話を聞いたときから脳内シミレーションしていたが実際にやろうとするとそう簡単にできるわけもなく、ドレスは重たいしヒールの靴は履きなれていないし、後ろ向きで階段を下りるなんて日常であるわけないし、と自分に言い訳を並べる。

いつまでも下がろうとしない私に怪訝な顔をしている国王陛下並びに王妃殿下が目に入り慌てて足を後ろに引くと、ふわりと腰に手が回った。


・・・レオナルド殿下が支えてくださっている?


想定外の出来事だけど、さっさと下がれよと暗示されているようにも思えて、私は心では急ぎながらも実際にはゆっくり慎重に階段を下りる。

どれだけバックで進めばいいのだろうか。もつれそうになる足に神経を集中し、レオナルド殿下に促されるまま歩を進め、ようやく止まった殿下が振り返るように誘導すると、同席されていた全員に向かって二人揃ってお辞儀をした。



「大司教よ、すまないがそのまま式に移ってもらえるか」

「はい。国王陛下並びに王妃殿下はそのままで・・・」

「何を言うか。主役はこの二人なのだぞ。アルバート、肩を」



玉座よりすぐ近くにいたもう一人の王子、アルバート殿下が国王陛下を支えるように肩を貸し、立ち上がるための補助をする。話に聞いているとおり国王陛下の体調は芳しくないようだ。

レオナルド殿下も手伝おうと動いたが国王陛下はそれを手で制す。



「レオナルド殿下とティアナ様はこちらへ」



大司教様に促され示されたところに二人並ぶと「国王陛下の体調を考慮して、聖堂でなくこちらで式を執り行います」と説明された。

思わずえ?え?と挙動不審になりそうになる。さっきから思っていたのと違うなと思ったのはこういうことだったのね!


ご挨拶のために国王陛下の謁見の後、教会へ移動して婚約式だと思っていたけれど、謁見の間に錚々たる顔ぶれと大司教様がいらっしゃるのでどうしたことかと思ったが納得である。

それを父が知ってか知らずか、もし知っていたのなら教えてほしかった。いや、教えられていたとしても何もできないんだけど、知らないよりはずっといい。息つく暇もなく新たなる試練が来ようとは。



「さあ、レオナルド殿下、ティアナ様。神に祈りを捧げましょう」



大司教様がお祈りを始める。周りの皆も同じように祈り始めた。私だってお祈りはできる。・・・・でも、ずっと、ずっと後ろめたい。


本来ならここには私ではなくティアナお姉様がいるべきところだ。

皆、レオナルド殿下とティアナお姉様の婚約を喜んでおり、そして今、二人の幸福を祈っている。

でもここにいるのは私だ。

・・・・私は、神に背いているのでは。



「神はあなたたちを赦します。レオナルド・ヴァーグナーよ。あなたはティアナ・ベイフォードを病めるときも健やかなるときも愛し続けると誓いますか?」

「誓います」

「ティアナ・ベイフォードよ。あなたはレオナルド・ヴァーグナーを病めるときも健やかなるときも愛し続けると誓いますか?」

「・・・・。」

「ティアナ・ベイフォード」



大司教様が呼んでいる。言わなきゃ。誓いますって。

それなのにどうしよう。大司教様の前で・・・、国王陛下の前で・・・、私は、嘘を。


場内がざわめきだした。言わなきゃって思ってるのに、はいって言うだけだってわかってるのに。大司教様の前で・・・・言葉が出ない。



「・・・・大司教様、申し訳ありません。私はまだティアナにプロポーズもしていないんでした」

「ああ、そうだったのですね。確認もせず申し訳ございません」

「いえ、私が不甲斐ないばかりにすみません」



レオナルド殿下は片膝をつきガチガチに固まった私の手を取る。柔らかく笑うその姿は、あの日怯えた私をエスコートするハインリッヒを彷彿させた。



「ティアナ、不安にさせて悪かった。君のその心は正しいよ。だからそんな顔をしないで」

「殿下、申し訳ありません。私は、殿下が嫌なんてことは決して」

「私の方こそ謝らせてくれ。君のことを何も知らずに口先だけで愛を誓った私は愚かだ。すまない」

「殿下!違います!」

「だからこそ気づけた。形だけでは意味を成さない。心を持たずしてどうして愛を誓えようか。だからティアナ、君にもっと私のことを知ってほしい。そして私は君をもっと知りたい」

「殿下・・・」

「私は君に相応しい男ではないかもしれない。どうかその純粋な心で、瞳で私を判断してほしい。そして改めてまた答えを聞かせてほしい。・・・・それまで、私を君の傍に置いてくれないか」



レオナルド殿下は私の目を真っ直ぐに見つめてくる。何て美しい目をしておられるのだろう。

私は知っている。瞳の奥にある温かさは、心の温かさそのものだ。実家を追い出された私を心から受け入れ喜んでくれた家族と同じ目をしている。公爵家のみんなと同じ目をしている。

本当の母は私を見ようともしなかった。使用人とは目が合うこともなかった。

だけどレオナルド殿下は違う。



「殿下、私なんかでよろしいのですか」

「ああ、君がいい」



レオナルド殿下が手の甲にキスを落とす。また私を見上げ「私の婚約者になってくれないか」そう告げられると、何の躊躇いもなく「はい」と口から零れ出た。



「今ここに二人の愛を確認しました。神よ、彼らに大いなる祝福を」



大司教様の言葉に拍手が鳴り響いた。

その音ではっ!と我に返る。私、とんでもない失態を犯してしまったのではないか!?

誓いの言葉は言えず、殿下を跪かせプロポーズさせるなんてどの立場がさせているのだ!?



「ティアナ」



レオナルド殿下が甘い声で呼ぶ。

口付けた手を離さず、殿下は顔が蕩けそうなくらい嬉しそうに微笑んでいた。


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