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その裏側で  作者: やまとうみ
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7.幻影

家に到着したのは日も完全に沈んだころ。

父に連れられ屋敷の玄関をくぐると家中の者が並んで出迎え、私を見ては驚きと共に気味悪がられているのが伝わった。

それも仕方がない。

だって私は忌まわしき存在であり、ここにいてはいけない存在。



「皆の者、驚かないでくれ。彼女はフィオナだ」

「・・・やはりティアナは見つからなかったのですね」

「時間がないのだ。やむを得ん。誰か、フィオナを客間へ案内してくれ」



目の前にいる使用人と思える人物が三、四名いたがお互い顔を見合わせるだけで動こうとしない。

軽く溜め息を吐いた父が自ら動こうとしたが「結構です。私はこの家の敷居を跨ぐことも許されないのでしょう。町へ戻って宿を取ります」少し語気を強めて言っても周りは動こうとしなかった。



「シャンテ、行きましょう」

「はい」



私は踵を返し屋敷を去ろうとする。「フィオナ」父が呼ぼうとも足を止めなかった。

歓迎されないのはわかっている。父の本音だってそうなのだ。本来なら望んでいないこと。

一か八かの賭けに出たにすぎない。それはお姉様と家を守るため。私はただの“手段”でしかないのだから。



「フィオナ、待ちなさい。こんな些細なことでへそを曲げるんじゃない」

「違います。皆さんが恐れていらっしゃるのでお可哀相と思ったのでございます」

「驚くのも仕方ないだろう。ティアナは皆にとって自慢の存在。そこに瓜二つの別人が現れたのだから」

「そうです、私は別人です。だからこそ受け入れられない。そういうことでございましょう?なら尚更です」



シャンテがお義父様の馬を引いた。ずっと走りっぱなしで疲れているだろうに、ろくに休憩も取らせず再度走らせるのは可哀相である。

シャンテは機嫌を取るように何度も首元を撫でている。



「ご心配なさらずとも逃げたりしません」

「フィオナ!・・・・いや、ティアナ」

「・・・・。」

「フィオナとして受け入れられずにいるのなら、ティアナとして受け入れてもらうようにしよう」

「それこそ許されませんよ!?私はお姉様の魂を奪った悪魔とされていて・・・」

「だからこそだ。“フィオナ”でなく“ティアナ”に成り代わるしかない。私が言うのだ。家の者には従ってもらう」



父が私の腕を強く掴む。そして強制的に屋敷へ連れ戻すのだ。

今更抵抗なんてしないけれど、父の切羽詰まった様子がいかにこの縁談が重要なのかを物語っている。


そもそも父や家族のみんなはお姉様が行方不明になった原因をわかっているのだろうか?

もし、この縁談が嫌で家を出たのなら、私がお姉様のために時間を稼ごうとしていること自体間違いかもしれない。


父に腕を引かれながら屋敷へ入ると使用人に指示することなく父がそのまま部屋へと連れていく。客間へ通されるのかと思えば「ティアナの部屋だ」思いもしない所に連れてこられた。



「さすがにいけません。私は別に杜撰(ずさん)な対応でも何も文句など」

「そうじゃない。お前は一時的とはいえティアナに成り代わるのだ。この部屋を通してティアナを感じなさい。双子なのだ。通ずることもあるだろう」



こういう時ばかり双子だということを突きつけてくる。不吉の象徴である双子の片割れを否定していたのじゃないのだろうか。



「明日の朝、打ち合わせをする。それまでは自由にしなさい」



そう告げると父は部屋を出て行った。

私はやっと一息つけて大きく息を吐く。その様子を見たシャンテが椅子を差し出した。



「シャンテが座って。巻き込まれたのはシャンテの方なんだから」

「何を仰いますか。一番の被害者はフィオナ様でございましょう。お掛けください。使用人はフィオナ様が思う以上にタフなのですから」



シャンテは近くの鏡台にあった椅子をぐいぐい差し出すので「ありがとう」と甘えてしまった。

身体に重りがついたようにずっしりと床に向かって引っ張られるようで、身体が丸まってしまいそうになる。ダメだわ、こんなことぐらいで疲れていたら。お姉様のフリなんて到底できそうにない。



「・・・素朴な部屋ね」

「そうですね」



お姉様の部屋は生活に必要な家具が配置されているだけで、女性らしく赤やピンクや白で飾り立てられているわけでもなく、花が活けられているだけで小物類が一切ない。

まるで眠るためだけに用意された部屋のようで温度を感じないのだ。



「まるで真逆ですね」

「え?」

「フィオナ様のお部屋は、シェリー様やクラウディア様からの贈り物で溢れて、色とりどりですから」

「本当に・・・身に余る光栄だわ」

「フィオナ様はそれだけ幸福をもたらしたのですよ」



子供を授かれなかったお義母様、娘への憧れがあったクラウディア様。悪魔として家を追い出された私が引き取られた先では幸福をもたらすなんて、世界っていうのはどう覆るのかわからないものである。



「ねぇ、シャンテ。お姉様はどうしていなくなってしまったのかしら」

「あくまで憶測でしかありませんが・・・婚約がお嫌だったのでは」

「そう思うわよね。でも、それこそ光栄なことなんじゃないのかしら?王族に輿入れるというのは」

「本人のお気持ちはご本人にしかわかりません。フィオナ様が色々考えて責任を負う必要はないと思いますよ」

「・・・そうかしら?」

「もし婚約から逃れたくて逃げてしまったのであれば、それは王家に対する不敬であり、その影響によりご実家がどういった処遇になるのかわからないはずがありません。その上で・・・というのならどちらにせよ良い結果にはなりません。それはフィオナ様のせいではありません」

「・・・そうかしら」

「そうです。むしろフィオナ様はお姉様の戻ってくる時間を与えるために身を挺しておられるのですよ?それだけでございます。この縁談をどう決断されるかはベイフォード家であってフィオナ様の意思は介入されないのですから」

「確かにそうね」



シャンテの言う通り私には何も関係ない話だ。私が良いと言っても悪いと言ってもどうなるわけではない。

実際にお義父様やハインリッヒは断ろうとしてくれたのだ。それを私が義理立てようとしただけ。お姉様の気持ちやベイフォード家の行く末など考えたところで私の意思とは別のところで事は動くのだから。



「でも、だからといって手を抜いていいってわけじゃないのよね。具体的に私はどうしたらいいのかしら?」

「正直に申し上げますと、私が一晩みっちり教えたところでどうやっても幼い頃から教育を受けているご令嬢のように振舞うことはできません」

「当然よね・・・。」

「ですが、長いこと公爵家と繋がりがありハインリッヒ様からのエスコートも受けておられるので、どうにもならないとは思いません。・・・・ダンスはどうにもなりませんが」

「ダンスって踊れなくてはいけないの?」

「ダンスは必須科目ですので」

「ハインも踊れる?」

「当然です」

「しまったぁ!ハインも連れて来ればよかったわ!!!」



そんなの無理だとはわかっているが意外にもシャンテが否定してこない。

「そんなの無理に決まってます!」とか「どこまでハインリッヒ様に甘えるんですか!」とか言われるだろうと思ったのにシャンテは何も言わない。



「・・・ごめんなさいシャンテ。あなたも疲れてるわよね。もう休みましょ」

「何を仰いますか。これからやることは沢山ございますよ」

「え?」

「まずお風呂に致しましょう」

「・・・でもこの家での勝手は」

「旦那様が自由にと仰っていたので許されるはずです。もし使用人が嫌がっても私が押し通します」

「・・・強いわね」

「それから座学を致しましょう。王宮への訪問は色々とルールが多いのです。基本は話しかけられたら答えるという形でこちらから話しかけることは禁じられています。話しかけられないのを祈りましょう。なので挨拶の仕方と・・・あぁ!一番大事な姿勢と歩き方はみっちり仕込みますよ」

「えええ!?今からなの!?もう夜よ!?」

「婚約式は明日なのですよ!到底間に合いません!」



「そもそもその為に私はハインリッヒ様に言い付けられたのですよ!?ダンスを仕込むことはできませんがそれ以外はきっちり、みっちり、後悔のないようにやりきりますよ!」と意気込むシャンテの顔が怖い。今まで何度も注意されてきたけど今日が一番怖い。笑っているのに怖いわ。


それからというもの、一分一秒を惜しんで事を進めていく。

近くにいたお姉様の侍女を捕まえ浴室へ連行し「一緒にお風呂に入るなんてとんでもない!」との私の発言は却下され、シャンテと侍女の二人係りで私の身体中を磨き上げた。

ゆっくりする暇もなく明日着る予定のドレスを着させられ、歩き方やお辞儀の仕方、謁見の際の注意点などなど猛スピードで仕込まれる。

頭に入れたと思ったら出ていってしまうので何度も何度も同じことを繰り返し、疲れと興奮がピークに達した私は全く寝付けず朝を迎えることになった。



「ティアナ、よく眠れたか?」



いいえ全く。と答えたいのをぐっと飲み込む。翌朝の朝食は私の記憶上初めて家族で囲む食卓だが重苦しい空気で溢れていた。

それにしても、ティアナと呼び続けるのね。致し方ないことだけど違和感がありすぎて受け入れにくい。隣の母の顔を見て。怒った表情をしているわ。



「興奮して中々寝付けませんでしたが大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「王宮までは距離がある。昼前には出るぞ。国王陛下への謁見と披露宴のエスコートは私が行う。レオナルド殿下がいらしたらお前は殿下のエスコートを受けなさい」

「承知しました」

「あとダンスの件だが、ティアナは“今日という日を待ち遠しく思いダンスのレッスンに励んでいたが、足を挫いてしまい踊れなくなったことを残念に思っている”という設定でいくからな」

「へ?」



え?お姉様がそんな間抜けな設定で大丈夫なの?

聖女だとか何とか言っていた気がするけど、そんな天真爛漫キャラな設定で納得がいくの?



「ダンス云々の前にお前はとにかく姿勢と歩き方がなっていない。足を庇っているからそうなっているという言い訳でもあるんだ。変な顔をするな」



父なりに考え抜いた結果なのだろう。それで上手くいくのなら私としても大いに助かる。

昨夜着用したドレスは、今まで軽装で過ごしていた私にはとんでもない重さで歩くことも、お辞儀をすることも困難だった。

胸がなさすぎるといくつもいくつもパッドを詰められ、ウエストはキリキリに締め上げられると呼吸するのも困難になり、スカートの下はパニエやらなんやらを幾重にも重ねられ、遠い昔お義母様とクラウディア様の着せ替え人形になっていたあの頃を思い出した。



「食事は取るな。最も品性が出るところだ。飲み物も断りなさい」

「承知しました」



あれだけ窮屈な衣装なのだから食事が喉を通るとはとても思えない。むしろありがたい。



「ねぇ、あなた。本当に大丈夫なの?延期していただいた方が・・・。」

「こちらの都合で変更できるわけないだろう」

「でも・・・心配だわ」

「とにかく失礼のないように細心の注意を払うつもりだ。まずは今日を乗り切る。それから本当のティアナを探しにまた出るさ」



まるで私が偽物のティアナと言っているかのよう。いや、偽物なんだけど。偽物なんだけど、私は“フィオナ”だわ。ティアナじゃないだけ。フィオナなのよ。

母は私の顔を見ようともしない。手塩にかけて育てた娘にそっくりなもう一人の娘。追い出したはずなのに、何の因果か戻ってきてしまったことに怯えているようにも感じる。


空気の悪いこの食堂から早く立ち去りたかった。けれど出された食事を残すわけにもいかず全て平らげる。父や母に倣いできるだけ音を出さずに食べたつもりだけど、母の顔つきが不満そうなのできっと気に障る食べ方だったのだろう。


食事を終えお姉様の部屋へ戻るとシャンテが出発の準備をしていた。「フィオナ様、ちゃんとお食事を取られましたか?本日は長い日になりそうですので、しっかり食べて体力をつけなければなりませんね」シャンテは元々表情が少ないが、いつもより優しい気がする。それよりも



「ありがとうシャンテ。フィオナと呼んでくれて」

「フィオナ様はフィオナ様じゃありませんか」

「今日の私はティアナお姉様に成り代わる。・・・ここにフィオナは存在しないんだわ」

「フィオナ様・・・。」



これから起こるであろう出来事に緊張し身体が冷えていく感じがする。私はティアナ、伯爵家令嬢にして王太子殿下の婚約者、それ相応に振舞わなければならない。


小さく俯いた私に「心配なさらなくても私たちはフィオナ様を覚えていますよ。そしてフィオナ様のお戻りをお待ちしております」抱きしめるように首の後ろに手を回し、あの真っ白なスカーフを巻いてくれた。微かにハインリッヒの匂いがする。



「出発までまだ時間があります。少し休みましょう」



シャンテが私の手を引きソファへ座るように促すと膝にブランケットを被せてくれた。私はそのままソファに横になり重たい瞼を閉じる。

頭を撫でるシャンテの手が気持ちいい。スカーフを口元に当てると気分が落ち着き、あっという間に意識を手放した。


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