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その裏側で  作者: やまとうみ
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6.双子

「婚約パーティー・・・?」



顔が蒼褪めたのは私だけじゃない。後ろにいるので見えないがハインリッヒの顔も引き攣っただろうなと見なくてもわかるのだ。

もっと単純なものだと思えば、そんなはずもない。そうでなければ私を捨てた父が私に縋るわけもないだろう。



「明日、婚約式が執り行われる。相手はレオナルド殿下だ」



まさかの王族。第一王子。

私、安請け合いしすぎたのでは。



「ティアナは社交界デビューする前から教会で慈善活動を行っており、貴族界隈の中でそれなりに名が売れていた。外見もさることながら内面まで慈愛に満ちており一部では聖女と讃えられ、いざ夜会へ赴けば醜い嫉妬に塗れた下級の令嬢たちからの嫌がらせにあおうとも微笑むだけでやり過ごし、その器の大きさから嫌がらせなどすぐさまなくなり寧ろ慕われるほどで」

「あ、兄上。ティアナがどのような人物なのかも大事ですが本題を」



止まらない父の娘自慢をお義父様が止める。

父と向かい合うように私とお義父様お義母様はソファへ腰掛け、何故か座りたくないといって私の背後にいるハインリッヒ。その隣にはシャンテがいる。

不安そうな両親と、無表情ながら苛立ちを隠せていない後ろの二人。

なぜ私が違った意味で緊張しているのか。



「ああ、すまない。つまり、それだけ品行方正なティアナにレオナルド殿下から声が掛かるのも可笑しい話ではなく、二人は婚約することとなった」

「それをお披露目されるのですか?」

「正確には婚約式を行い、その後祝いの席を設けるということだ。

どうやら国王陛下の体調が芳しくないらしく、すぐにでも二人の婚約を発表して国民を安心させたいようだ」

「国民・・・?なぜ国民へ向けて?婚約ですよね?結婚でなく」

「王家としては国王陛下の体調不良を出来るだけ公に晒したくない。二人の王子もまだ年若いし、皆が不安がるからな。それを王子の婚約発表という朗報で掻き消したいのだろう。

なんせ相手はティアナだ。教会で慈善活動も行っていたティアナは貧困民の中でも名は知られているし、国中が歓迎ムードとなるだろう」



まるで本の中の御伽噺を聞かされているよう。

つまりお姉様が国民にも慕われているTHE聖女で、王家に嫁ぐことを約束されるだけで国中がフィーバー?

なのに、肝心なお姉様が不在。その代わりを私がしろと?



「あのー・・・すみません。私なんかではどうしようもないのでは」

「見た目は一緒なんだ。ボロを出さなければなんとかなる」



絶対になんとかならない!!

そんなにご令嬢のフリって簡単なの!?そんなわけないわよね!?

意地悪令嬢ですら改心するほどの聖女っぷりなんですよね!?王子様ですら惚れさせる存在なのですよね!?遠目で見たら同じ姿に見えるかもしれないけど、私なんかでは中身が遠く及ばないので絶対に上手くいかないはず!!



「フィオナ、ダンスは踊れるのか?」

「踊れるわけありません!!」



だって必要ないもの!!私はお義父様と同じように医学の道に進みたいのです!!ダンスができなくても何も困らない世界で生きているのです!!



「時間がない。すぐ発つぞ」

「えええ!!」

「明日の婚約式さえ乗り越えられたらそれでいいんだ。今重要なのはティアナ不在の穴を埋め場を凌ぐこと。この婚約が頓挫してしまえば我々もティアナも先はない。わかるな」



父の言っている話は確かに理解できる。だからといってあまりにも無謀な賭けに出ている気がしてならない。

姿形が一緒とはいえ、私はお姉様と別人なのよ!?

つまり私が上手くお姉様に成り代わらないと最悪な事態に陥るということ。・・・あまりに責任重大すぎる。



でもここで引き下がるわけにはいかない。これは自分にとっての好機なのだと。



ずっと負い目を感じていた。引き取ってくれた両親にも、善くしていただいている公爵家にも。慈悲深い人たちに恵まれて私の幸せはある。

私は双子の片割れ。不吉の象徴。悪魔の化身。そんな自分を認めることができなくて、許すことができなくて、私なんか本当はここにいてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。



でもわかってる。そう思ってるのは私だけ。だからといって甘えたくなかった。私は私で役目を見つけたかった。

多くの人に善くしていただいた。こんな私でも人の役に立てると自信を持ちたい。私なんかに愛情をくれた人たちに応えられるように。

逃げたくない。守られるだけで終わりたくない。



「お義父様!お義母様!心配なさらないでください!どうにかします!」

「フィオナ・・・・、どうにかって」

「大丈夫です!!なんとかなります!!」

「全く根拠ないな・・・」



小さく呟いたハインリッヒは「シャンテ、ついてって」思わぬ提案をした。



「フィオナは王宮がどういったところかわかってない。無礼を働けば投獄打ち首。最低限のマナーくらい教えてやって」

「・・・・難題でございますが・・・・承知しました」

「え!?そんなのダメよ!!シャンテに悪いわ!!」

「これは俺の命令。フィオに断る権限ないよ」



こういうときだけ公爵家の権力使うんだから!!・・・今まで使われたことないけど!!

でも公爵家に仕える、しかもクラウディア様にずっと侍ていた最高ランク使用人のシャンテ。先生としては完璧すぎる。

私だって失敗して死にたくない。こればっかりは・・・甘えようか。



「フィオナ、兄上にどう言われようがフィオナはフィオナなんだ。ティアナに成り代わるなんて無理を承知で言っているんだから気負いすぎたらいけないよ」

「お義父様・・・、ありがとうございます」

「ああ、嫌だわフィオナ。私の・・・私たちの大事な娘が連れて行かれるなんて」

「お義母様、必ず帰って来ます。ご心配なさらないで。フィオナはいつまでもお義母様の娘です」



お義母様を抱き締めると、泣きじゃくっているお義母様が力強く抱き締め返す。母の温もり。どうにも手離しがたい。

でも、行かなくちゃ。お姉様のために。なにより自分自身のために。



お姉様に何があったのかはわからないけれど、私はお姉様を安心させたかった。引き取られる直前までずっと手を繋いでは離そうとしなかったお姉様を。

だから今度は私がお姉様の手を引かなくちゃ。お姉様を連れ戻さなくちゃ。


お義母様から身体を離し、お義父様ともハグをする。「すまない、フィオナ」謝らないでください、お義父様。私は首を左右に振った。

「私が決めたのです」そう私が決めた。お義父様もハインリッヒも私を庇おうとしてくれたのに、私が義理を果たそうとしている。私の我儘なのだからそんなに自分を責めないで。



「フィオナ、これを」



ハインリッヒがネクタイ代わりに巻いていたスカーフを私に渡す。「持ってて。御守り」この領地の名産であるシルクで出来たスカーフは、私がさっきまで身に着けていたドレスと同じように白の布地に白の刺繍が施されている。



「知ってた?母上が繕った刺繍だよ?」

「えええ!?」

「だから持ってて。それはオーズ家としての証だ。フィオもその一員であること忘れないで」



「くれぐれも!殿下に絆されないように!!」突き出した人差し指で私のおでこを突く。

「大丈夫よ!!私はお姉様じゃないんだから。立場は弁えてるわ!!」そう言い返すもハインリッヒの表情は変わらない。わかってないな、とでも言っているよう。



「お義母様、このスカーフで髪を結わえてくださいませ。下ろしたままでは馬に乗れません」



腰まである長い髪を一つに纏めスカーフで縛ると、スカーフが落ちてしまわないように髪と一緒に編みこむ。

「ありがとうございます、お義母様」そう微笑めばまたお義母様は目に涙いっぱい浮かべてしまう。



「もう!!永遠の別れみたいな演出はよしてください!!必ず戻りますからね!!」



このまましんみりしていては決意も鈍ってしまいそう。

玄関を開けると既に馬に跨っている父が私を促す。私は父の後ろに乗り、シャンテはお義父様の馬を借りることになった。


「いってきまーす!!」心配させまいといつも以上に笑顔で手を振った。笑ってほしいのに、お義父様とお義母様が泣いてくれていることが不謹慎だけど嬉しかった。

そしてハイン。私は、必ず貴方のところに戻ってくるわ。今度こそ貴方が差し出した手を受け取れるように。可哀相な私でなく、本当の私を受け入れてほしい。そのために私は忌まわしい過去の自分に決着をつけてくる。



「・・・・お前は愛されているんだな」



父が呟く。



「愛してやれなくてすまない、フィオナ」



風を切る馬の上では、言葉も風や馬の足音で掻き消されてしまう。聞き間違いかもしれない。でも



「お父様がお姉様を愛しているのなら私はそれだけで十分です」



馬から落ちないように父の腰に回した私の手。そこに父が自分の手を重ねた。

私が初めて知るお父様の愛情だった。


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