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その裏側で  作者: やまとうみ
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5.役目

「日が暮れる前に帰らないと」



紳士であるハインリッヒはお日様が傾き始めたころにいつも私を送り届けた。

お義父様が家を空けることが多いので、お義母様を寂しくさせてはいけないとの配慮のようだ。さすがである。



しばらくするとゴトゴト小さく揺れていた馬車が止まった。家についたのだろう。

御者がコンコンとノックすると「ハインリッヒ様」と呼んだ。様子がいつもと違ったので「どうした?」ハインリッヒは小窓から顔を出して御者を見る。



「フィオナ様の家に見慣れぬ馬がおりまして・・・。」

「馬?」

「はい。この近辺では見たことがありません」



ハインリッヒは馬車を降り遠目に馬を確認する。「お義父様がお客様を連れてお戻りになられたのかしら?」私も馬車を降りようとするとすかさずハインリッヒは手を差し出した。



「でもお客人なんて珍しいな」

「うーん、そうね」

「だいぶ筋肉質な馬。いい暮らししてそう」

「そんなのわかるの?」

「まぁね」



ハインリッヒはすこし唸り「邪魔するのも良くないかもしれないし馬車は控えよう。歩ける?抱えようか?」まだ言ってる。

「歩けるわよ!」スカートの裾を持ち大股で歩くと「あー、やめてやめて。お客人には見せられない姿だよ」とハインリッヒは手を取ろうとする。こんな雑木林に囲まれた道の真ん中でエスコートされるのもおかしいわよ!と差し出された手を見ないふりをしていると



「ふざけないでくださいっ!!」



お義父様の聞きなれない怒号に私もハインリッヒも足を止める。

あの穏やかなお義父様がこんなにも声を荒げるなんて聞いたことがない。

私は思わず縋るようにハインリッヒを見てしまった。そんな情けない私を見たハインリッヒは私の肩を抱く。



「ご、ごめんなさいハイン。大丈夫」

「いや、どうみても大丈夫じゃない。ベルク先生があんな声を出すなんて」



その場に立ち止まり様子を窺っていると、お義父様の焦っているような怒っているような掠れた大声が聞こえてくる。



「あまりにも都合がよすぎます!!今更フィオナになにを!!」

「だからティアナが見つかるまでだと言っているだろう!!時間がないんだ!!フィオナはどこだ!!どこにいる!!」

「フィオナはおりません!!お引取りください!!」

「ベルク!!お前はベイフォード家がどうなってもよいと言うのか!!自分にはまるで関係ないとでも!!」

「そうではありません!!しかし!!フィオナには何の関係もないこと!!私はまた家の都合であの子が犠牲になることはできないと申しているのです!!」



騒動の原因は私のようだ。

どういうこと?なぜ、私のことで言い争っているの?お義父様と言い争っているあの人は誰?


私の肩を抱くハインリッヒの手に力が篭った。

「馬車に戻ろう」そう小さく呟くと、棒のように固まった私の足は上手く動かずザッと足音を鳴らしてしまう。

音で気付いたのか、こちら側を向いているお義父様の視界に偶然入ったのか、お義父様の視線がこちらに向いたとき言い争っていた見知らぬ男性もこちらを向いた。すると強張った顔を綻ばせ「ティアナ!!」と呼んだのだ。



「ティアナ!!・・・いやフィオナか!?驚いた・・・そっくりじゃないか!!」

「兄上!!」

「フィオナ、わかるか!?お前の父だ!!」



突然そんなことを言われたってわからない。

そもそも本当のお父様は私を家から追い出した人。私より優秀なお姉様を選んだ人。

どうしてそんなに嬉しそうな顔をするの。どうして喜んでいるの。

私はあなたを覚えてはいないのに。



近づいてくる父と名乗る男性から守るように、ハインリッヒが私の肩を引くと一歩前に出る。父はハインリッヒを睨みつけるけどハインリッヒはいつもの甘い顔ではない完全な無表情で冷たく父を見ていた。



「ハインリッヒ君、すまない。フィオナを連れて少し外してもらえないだろうか」

「フィオナ聞いてくれ。ティアナがいなくなったのだ。お前の大事な姉のティアナの行方がわからないんだ」

「兄上!!おやめください!!」

「お前の!姉がいなくなったんだ!!血を分けた双子の姉が!!お前にとっても大事な存在だろう!!お前も姉の為に役に立ちたいだろう!!」



叫ぶような声が鼓膜を突き破るようで痛みを感じる。何を言っているのか聞き取れない。いや、きっと脳が理解したがっていない。

私を“お前”と呼ぶ実父。姉のことばかりを聞かされる声。昔にも同じ事があったような、記憶の片隅に残っている気がする。

けど私が覚えている一番古い記憶は、握っては離そうとしないお姉様の手だけ。あの人じゃない。



「ベルク先生、この方は?」

「私の兄。・・・フィオナの実の父親だ」

「そうでしたか・・・。初めまして。私はハインリッヒ・オーズと申します。フィオナさんやベルク先生には昔からお世話になっております」

「そうか、見苦しいところを見せて申し訳ないが、これは家族間の問題なのでフィオナをこちらに寄越してもらえないだろうか」

「寄越す?」

「君には関係ないだろう?」

「確かに関係ないかもしれませんが、私も彼女とは家族のように過ごしてきました。そんな彼女に対し“お前”だとか“寄越せ”だとか仰る方に、家族間のことだから関係ないと言われるのは心外ですね」

「なんだと」

「兄上おやめください!!彼は公爵家のご令息です!!」



父の顔が一瞬で引き攣った。

一歩二歩下がり胸に手を当て「も、申し訳ございません。ご無礼をお許しください」腰を深く曲げた。



「兄上、お願いです。お引取りください。今はティアナの行方を捜す方が大事ではないのですか」

「捜しても見つからんからここへ来たのだ。フィオナに縋るなんて最終手段に決まっているだろう」



私の肩を抱く手に更に力を込めるハインリッヒ。父の発言がさっきから気に入らないのだろう。

少なからずハインリッヒは私の事情を知っている。どうしてベルク叔父様の養女となったのか。それを踏まえると実父が私をぞんざいに扱うような言い方になるのはやむを得ない気もする。

けれど元王女の教育を受け紳士然となったハインリッヒにとって、相手を尊重しない言い方は聞くに堪えないのかもしれない。



「ハイン、巻き込んでしまってごめんなさい」

「フィオが謝ることなんてどこにもない。謝らないで。ベルク先生の言う通り少しここを離れよう」

「でも」

「・・・・。」

「でもお姉様が」



お姉様がどんな人だったのか、それすらも覚えてはいない。

けれど、確かに、お姉様は私と離れたがらなかった。

私たちは双子。魂を分かち合った存在。私はお姉様の魂を奪った悪魔とされている。私は・・・お姉様の為なら・・・。



「フィオはまた“お姉様の為に”犠牲になるの?」

「え?」

「俺にはそれが正しいこととは思えない。フィオは自分の置かれた立場から後ろめたくなっているだけだ。大人の都合で犠牲になっただけなのに、それを自分の使命と考えちゃいけない」

「ハイン・・・。」



確かに私は、自分が悪魔の化身だとされ捨てられたという事実から、自分自身の存在を許してほしくて犠牲的な考えをしがちだ。

今、実の父が私のことを利用しようとしているだけかもしれないけれど、それも仕方がないと思っている。

だって最初からそうだから。双子としてその運命を背負わされたから。


けれど引き取ってくれた家族や善くしてくださる公爵家、そしてハインリッヒは違う。

私を“双子の片割れ”としてではなく、一人の“フィオナ”という人間として見てくれているのに、いつまでも因習に囚われて自分自身を認められないでいるのは私だけだった。


だけど・・・だからこそ・・・自分の心を支配する“悪魔”という枷を外すのは自分じゃないとダメなのかもしれない。



「ハイン、ありがとう。でも私は犠牲になるんじゃないわ。・・・恩を返すの」

「恩?」

「私は捨てられたからここにいる。そして今の私は誰よりも幸せなの。この幸せに・・・甘えるだけではいけないと思う。

私を生んでくれた本当のお父様とお母様に感謝を。そして私の手を離そうとせず握ってくれたお姉様に安心を返したい。そうでなければ私は実の家族にとって“悪魔”のまま」

「そんなの気にする必要ない。向こうが見誤っただけだ。フィオはここで幸せであればいい」

「それでいいと思ってた。私の大切な人たちを私なりに大切にできれば。

でもその大切な人にはお姉様もいる。私の手を離そうとしなかったお姉様も大切なの。

・・・今、本当の家族を助けられるのは私だけなのかもしれない。それってきっと捨てられた私にもちゃんと役目があったんだよ。それが今は嬉しい」



それは本当。初めて自分の存在意義が見つかった気がしている。

私はハインリッヒの手を取った。あの日、差し出されたこの手からどれだけ多くのものを得ただろう。



「いつも私の手を引いてくれてありがとう。沢山励ましてくれて嬉しかった。ハインがいてくれたから私は自分に素直になれた。今の私が前向きでいられるのはハインのおかげ。

だから私の我儘を許してほしい。やっと見つけた私の役目を果たしたい。もっと前に進めるように」



あの日、初めてエスコートされたとき私は貴方のその手を取らなかった。自分が怖くて、人と関わるのが怖くて。だって私は不吉な子として生を受けた。存在を悪魔とされた。運命に翻弄されていつか大切な人たちを苦しめないかという恐怖を拭えないでいた。

でも、そうじゃないんだよね。そうじゃない方向にハインリッヒたちは私の手を引いて導いてくれてたんだよね。


だからこそ今度は自分の意思で立ち向かう。お姉様の魂を奪った悪魔と言われた私がお姉様の為になれたなら、きっと私はようやく自分を許すことができる。



「嫌なんですけど」

「え」

「実家に帰すために俺はフィオの手を引いてたんじゃない。行かないでほしいって言ってるんだけど」



ハインリッヒが怒ってるの初めて見た。あの紳士が・・!貴重だわ!!なんて思う余裕もなく「え・・と、でも・・・」声を震わせながらハインリッヒを見上げる。



「でも行きたいんでしょ。フィオは求められると弱いし」

「そ、そうじゃなくて!!私は・・・私の為に行きたいの。・・・私の中で区切りをつけたい」

「・・・・・・はぁ。そう言われるとダメって言えない」

「ごめんね。ハインもお義父様も私のことを思って言ってるってことはわかってるんだけど・・・でも、このままじゃ私が」

「フィオにとって大事だって言うのなら仕方がない。・・・今回は譲るけど、次はもう遠慮しないから。覚えときなよ」



ハインリッヒが私の手を取り甲にキスを落とす。そして「必ず俺の元に帰ってくること、お姉様じゃないよ。フィオは求められると弱いんだから」2度も言う。


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