4.分岐
視点、ベルクです。
お祝いにと駆けつけた実家には苦虫を嚙み潰したように険しい顔をした兄がいた。
どうしてそんな顔をするんだ。子供を授かれずにいる自分にはとてもわからない。
「兄上、どうかされましたか?義姉上・・子供の体調がもしや・・?」
兄は何も言わなかった。けれど良くない事態が起きたことは想像に容易い。
急に寒気が走り、身体が小さく震えた。しかし遠くから赤ん坊の泣き声がする。子供は無事生まれているようだ。
「ベルク」
兄上がようやく声を出す。
「俺はどうすればいい」
兄が自分を縋ってきたのは初めての経験だった。
家の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。子供が生まれてきたことを喜んでいる様子は一つもない。
理由はわかっている。生まれた子供が双子だったからだ。
誰が言い出したかはわからないが、この国では“双子は不吉”とされていた。
本来は一つである魂をもう一つが奪った。その奪った方は悪魔の化身とされ忌み嫌われ、そして捨てられる。
人手の必要な平民はどちらか片方を捨てることはしないようだが、それ以上に酷い仕打ちを強いているらしい。
なぜだろう。なぜ双子として生まれただけで不吉と言われてしまうのだろう。
子を授かるとは奇跡的なことなんだぞ。我が家では子を授かれないのだ。そのことに妻のシェリーはどれだけ苦しんだと思っているんだ。
険しい顔をしたまま黙り続けている父と兄に、沸々と怒りが込み上がり始めていた。
「兄上・・、子を抱いてやらなくていいのですか?」
「そんな気分になれるはずもないだろう」
「子を抱けば考えも変わるかもしれません。まずは」
「黙れベルク。お前は子がおらんからわからんのだ」
父の言葉は冷たい鋭利のようなものだった。それは喉元に突きつけられた剣の切先のようで、一瞬にして喉がキュッと締まる。
「結論は決まっている。双子の内、片方を山に捨てる。誰かに拾われればそれで問題ない」
「そんな・・・!兄上はそれでいいのですか!?」
「・・・家の繁栄のためだ。止むを得ん」
「兄上・・・!」
父も兄も子供を捨てることは当然のように考えていた。悩んでいたのはそこではなく
「どちらを出すか・・・。悪魔の方を見定めなければ我が家が没落する可能性だって否めんぞ」
「あんな噂は迷信です!父上が、兄上が立派に務めを果たしていれば没落なんて」
「ベルク!爵位を断ったお前が私たちに何ができるというのだ!地位も金もないお前に、我が家が困窮したときに助けられる力があるとでも!?ないだろう!」
「父上も冷静になってください!まだ・・・まだ何も!」
「双子が生まれた!それだけで未来を暗示されておる!ここでの判断が後の辿る命運を分けるのだ!」
父は本気だった。
兄は双子が生まれた責任を感じてか殆んど口を開かず、私と父のやりとりを静かに聞くだけ。
私の言葉は届かないのだな。
医者となるために様々なものを棒に振った私に信用などないのだろう。早々に実家から立ち去ろう、そう思い部屋を出た。
けどせめて姪御の顔が見たい。そう思い義姉上の部屋の扉を叩いた。顔を出したのは母であり「ベルク、ありがとう。せめて貴方だけでも喜んであげて」と目に涙を浮かべながら言った。
「義姉上、お疲れ様です。体調はどうですか?」
「とても幸せな気分よ。可愛い娘の姿が見られて嬉しいわ。・・・・でも」
「いえ、今はお身体を大事に休まれてください。全ては神に委ねましょう」
「ベルク・・・、神様はときに残酷ね。この子たちになんの罪もないのに」
「ええ、罪深いのはいつだって大人たちです」
義姉上の頬に涙が伝った。「子を抱いてもよろしいですか?」そう尋ねると義姉上は嬉しそうに肯く。
母から受け取った子は一頻り泣いた後、安心して眠っているようだ。優しく大事に抱えなければ壊してしまいそうなほどか弱い存在に、胸から沸きあがる熱いものが涙として零れ落ちそうになる。
一人そしてもう一人抱くと、手離せなくなってつい言葉が零れてしまった。
「私に・・・くださいませんか」
「山に捨てるというのならどうか私に。必ず、同じだけの愛情を持って育てます」既に手離しがたいのだ。この子らが。安らかに眠るこの子らが。これからの行く末など知りもせず安心しきったこの顔を見ると何としてでも守ってやりたい。そう思うのだ。
「ベルク、貴方さえよければ私も嬉しいわ。でも・・・」
「義姉上、私は言い伝えなど信じません。いえ・・・、兄上と義姉上の子供がそんなはずはない。そう信じているのです」
それから双子の内、どちらかを私が引き取ることが決まった。
父はとても慎重になっていたので、どちらを残しどちらを手離すのか決められず、暫くは様子を見ることになったので、私は毎週・・・いや時間さえあれば実家に帰り二人の子供と過ごすようになった。
姉のティアナ、妹のフィオナと名を授かった二人は、姿はとても良く似ていて見分けがつかなかったが、日が経つにつれ二人の成長に差が出てくる。
はいはいも、掴まり立ちも、おしゃべりも全て姉であるティアナが先に始めた。
妹のフィオナは姉に比べると成長が遅く、そしてとても人見知りだった。
母以外から離れようとせず、私が抱くとすぐに泣いた。その姿は自分に起こるであろう出来事を察知しているようで胸が苦しくなる。母に甘えられるのは今だけなのだと。
だが次第に両親の愛情も偏りが見られ始める。成長が早く、誉め甲斐もあり、愛嬌のある姉ティアナを可愛がるのは当然とも言えた。
実際にティアナは愛らしく、仕草、振る舞いから周りを笑顔にさせる魅力があった。
それに比べて妹のフィオナはとても大人しく静かな子だった。
何をするにも反応が薄いので、何を考えているのかわからず気味悪がられる。・・・こっちが悪魔だ。次第にフィオナに近づこうとする人もいなくなっていた。
そんなフィオナに寄り添おうとするのはティアナであり、姉の気質というのだろうかティアナは色々とフィオナの手助けを幼いながらにしていた。
ああ、私はフィオナを引き取るのだな。
心のどこかでそう考える自分がいた。同じだけの愛情を持って育てると言ったくせに、実際にフィオナの姿を見ると自信がなくなってくる。
私が抱けば泣いた子だ。自分に懐かない子を私は正しく愛することができるのだろうか。そしてフィオナは私たちを親として受け入れてくれないんじゃないか。
「シェリー・・・、引き取る子供のことなんだが」
家に帰り夕飯を済ませ、片付けを終えたシェリーが紅茶を注ぎ始める。
「もしかして日取りが決まったの!?」
とても嬉しそうに顔を綻ばせるシェリーに思わず口を噤んでしまう。
たとえ養子であったとしても子供を授かれることを喜んでいるシェリーが、フィオナを見て“愛せない”となったらどうしよう。自分の子ならまだしも、悪魔と言われ捨てられる子だ。
「いや、日取りはまだ決まってないんだが、どちらを引き取るのかは概ね決まったよ」
「そうなのね!ねぇ、どんな子?」
「シェリー、実は・・・その子はとても人見知りで私にあまり懐いていないんだ」
「え?」
「フィオナといって、姉のティアナとは大分違う。なんていうか・・・感情があまり表に出ないんだ。とても、子供らしくなくて・・・」
歯切れの悪い私に「子供らしくないなんて親のエゴだわ」シェリーははっきり言う。
「驚いた。あなたは子供に理想を押し付けていたの?」
「え・・・そういうわけでは」
「どんな子であれ、子供は子供。それになんの運命だか私たちの家族になるっていうお導きがあった子よ?私たちが守ってあげて大事に育てなくちゃ。私、娘と一緒にやりたいこと沢山あるのよ?数えきれないわ!」
母親になるというのはこんなにも逞しくなるものなのか。
子供を授かれずに自分は女失格だとうつけになり、長いこと塞ぎこんでいたあのシェリーが、どんな困難も乗り越える、受けて立つと言わんばかりに目に力を宿し輝かせている。
そんな妻の姿を見て一気に肩の力が抜けた。何を気負っていたのだろう。
「シェリー、君が私の妻でよかった」
「今更何を言っているの?他人のことばかりで自分のことは何もできない、貴方の傍にいられるのは私くらいなのよ?」
もう、頭が上がらない限りである。
暫くして二人の3歳の誕生日を迎えた。その頃には完全にティアナとフィオナの格差は拡がっており、主役の席にフィオナの姿はなかった。
父上や兄上は気付いているのだろうか?貴方達が大事にすると決めたティアナが浮かない顔をしていることを。隣にフィオナがいない違和感を感じないはずがないだろうに。
それからすぐフィオナを引き取った。フィオナは未だに言葉が話せないのか、それとも黙ってるだけなのかわからなかったが、家族と別れる際も何も言わず何の反応もなかった。ただ静かに受け入れるのみ。
家に到着するとシェリーの喜びようは凄いものだった。かわいい、かわいい、なにをするにもかわいいを連呼していて、私の目ではシェリーにフィオナが、どうかわいく映っているのかわからない。笑わないんだぞ?じっとしてるばかりで動かないんだぞ?
そして領主であるエドガー様とクラウディア様からも子供に会わせろとお達しがあったのでお屋敷へ連れて行った。
クラウディア様はシェリーと同じように、かわいいを連呼する。・・・やはり私の目がおかしいのか?
あの日シェリーに言われた、子供に理想を押し付けている。正に自分はそうだったのかもしれない。
それと同時に、ティアナが親の理想とする子供でありすぎたのかもしれない。そう思えてきた。
そんなこんなでフィオナは、シェリーとクラウディア様から着せ替え人形のように着飾らされて、ハインリッヒ君からはお姫様のような扱いをされ、状況についていけず困惑しているフィオナがかわいく見えてきた頃、フィオナが「お義父様」と呼んでくれたときはそれはもう涙が出そうになった。いや、溢れて零れた。
あれから10年ちょっと。元王女であるクラウディア様の恩恵もあってか、フィオナは女性としてぐんぐん成長して、しがない医者の娘では収まりきれないくらいの気品を纏っていた。
元々の端整な顔立ちに美しく長いライトブラウンの髪が風に揺れると、日の光が反射して周りが輝いて見える。
身体つきはまだ子供のようだが、それが逆に清楚さを際立てさせた。
どれだけ貧乏な町娘の格好をさせたところで溢れ出る美しさは誤魔化せず、よく家を空ける私を心配して公爵家付きの使用人が我が家に派遣される。
シャンテは代々王家に仕える家系で、結婚を機に王宮を出たクラウディア様の侍女をそのまま継続しているいわば最高ランクの使用人だ。
当然給与を払えるはずもなく、あまりに恐れ多くて断ったのだが「いづれフィオナを嫁にもらう前払いだよ」なんて勝手なことを言うエドガー様に何の反論もできず、心のどこかでフィオナにとって公爵家に嫁ぐこと、そして相手がハインリッヒ君なら尚更幸せなんじゃないかなんて、そう考える自分がいたので断れなくなった。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
出張診療を終え家に帰ると玄関で出迎えてくれたのは一流使用人シャンテだ。
深いお辞儀をした後、荷物を預かろうとする。そこまでしなくていいと何度も言ったが「頂いている賃金分に見合う働きをさせてください」と言って引いてくれなかった。
そもそも王宮や公爵家で働いていたのだから、こんな小さくボロボロの家では今まで培ってきたスキルも生かせない。かなりフラストレーションを溜め込んでいるんじゃないかと心配だが、最近DIYに目覚めたらしく、安くで木材や布地を(自腹で)購入してはシェリーと共にリノベーションに勤しんでいるようだ。
「シェリーとフィオナは?」
「シェリー様は夕飯の準備をしておられます」
「追い出されたのかい?」
「はい。シェリー様は食事の準備だけはさせてくださいませんので」
「はは、すまないね。そこだけは妻として母として譲れないみたいなんだ」
「承知しております。・・・フィオナ様はハインリッヒ様と共に公爵家で勉強会のようです」
「そうか」
ハインリッヒ君も忙しいだろうによく付き合ってくれる。
彼は子供を手放したくなかったクラウディア様の要望で家に残り、騎士としてではなく学者の道を進んでいる聡明な方。
母であるクラウディア様から直々に教育を受け、とてつもなく女性に優しい紳士に出来上がってしまった。
社交場に出れば何人ものご令嬢から声を掛けられること必至であろうが、彼は未だにそういった社交場に出ることなくフィオナに付添ってくれている。
ありがたいような、申し訳ないような。
コンコン
家のドアノッカーが鳴る。
シャンテが出ようとするが「フィオナが帰ってきたかもしれない。ハインリッヒ君に挨拶もしたいから私が出るよ。シャンテはシェリーに帰りを伝えてくれ」と促すとシャンテは一礼し玄関を後にした。
さて、フィオナとハインリッヒ君の仲睦まじい姿を見て何と言おうか。フィオナが迷惑を掛けなかったかい?まだ中身は子供のままだから甘えてすまないね。
頭の中に様々な言葉を散りばめドアノブに手を掛ける。
何かの見間違いかと思った。だって、そんなはずないのだから。
「・・・・兄上」